
目次
COREZOコレゾ「米一升、みりん一升、他で置き換えることはできない、お米本来の自然の甘さとおいしさを頑に醸造という伝承の技で引き出す、ホンモノのみりんづくりを先代から引継ぎ、守り続ける 四代目姉妹」賞
出口 文子 (でぐち あやこ)さん

プロフィール
愛知県碧南市出身
株式会社角谷文治郎商店 代表取締役
三角 治子(みすみ はるこ)さん

プロフィール
愛知県碧南市出身
株式会社角谷文治郎商店 代表取締役
ジャンル
食づくり
伝統文化
ホンモノのみりん
角谷文治郎商店 沿革
明治43年 1910 初代文治郎、現在地(碧南市西浜町)を創業の地と定める。酒類(みりん、焼酎乙類)の製造免許を請ける。
昭和14年 1939 二代目文治郎、事業を相続する。
昭和54年 1979 角谷洋、事業を相続する。
昭和57年 1982 (株)角谷文治郎商店を設立、酒類免許を申請。
昭和58年 1983 法人に酒類(みりん、焼酎乙類)の製造免許を受け、営業を引き継ぐ。
昭和59年 1984 精米、焼酎蔵用地を取得(碧南市港本町)。
昭和60年 1985 酒類(リキュール類)試験免許を請ける。角谷利夫、事業を相続する。
平成10年 1998 FOODEXに初めての単独出展。
平成12年 2000 オーガニック認証(JONA、OCIA)を取得。
平成15年 2003 リキュール類製造免許を請ける。
平成16年 2004 本社事務所棟竣工(へきなん都市デザイン文化賞受賞)。
平成24年 2012 FOOD ACTION NIPPONアワード2010「製造・流通・システム部門」優秀賞受賞。
愛知県食品輸出研究会に加入。マドンナのパーソナルシェフを務めた西邨マユミ氏とレシピ本「三河みりんで味わう プチマクロ料理」を出版。
平成27年 2015 三番蔵(保管倉庫)竣工。
平成28年 2016 伊勢志摩サミットにて前菜、炊き合わせに三州三河みりんが使われる。
平成30年 2018 パリのSALON DU CHICOLATに、辻口博啓氏が三州三河みりんを使ったショコラを出品。
令和1年 2019 北の蔵、キッチンスタジオ竣工。
令和3年 2021 三重県の複合商業リゾート施設VISONに「みりん蔵」オープン。
2025年 代表取締役に出口 文子 と三角 治子が就任。
動画 COREZOコレゾチャンネル
角谷 利夫 (すみや としお)さん/三州三河みりん・角谷文治郎商店(その1)「本格三河みりんの歴史とつくり方」
角谷 利夫 (すみや としお)さん/三州三河みりん・角谷文治郎商店(その2)「米1.5升から1升の本格三河みりん」
角谷 利夫 (すみや としお)さん/三州三河みりん・角谷文治郎商店(その3)「本みりん、その他のみりんとは?」
角谷 利夫 (すみや としお)さん/三州三河みりん・角谷文治郎商店(その4)「ホンモノのみりんは、飲んで美味しい甘口の高級酒」
角谷文子さん/角谷文治郎商店・みりんワークショップ(その1)「本来のみりんとその歴史」
角谷文子さん/角谷文治郎商店・みりんワークショップ(その2)「三州三河みりん、有機三州味醂、三州梅酒」
角谷文子さん/角谷文治郎商店・みりんワークショップ(その3)「三州三河みりんの製造工程とこぼれ梅」
角谷文子さん/角谷文治郎商店・みりんワークショップ(その4)「三州三河みりんのおいしい飲み方、使い方」
受賞者のご紹介
2025年1月、先代の角谷 利夫 (すみや としお)さんが急逝され、同年3月、長女の出口 文子 (でぐち あやこ)さんと次女の三角 治子(みすみ はるこ)さんが代表取締役に就任された。
文子さんの入社まで
文子さんは、国際協力活動に興味があり、外国語大学に進学して、スペイン語を学び、卒業後、語学力を活かして、半導体商社に就職し、3年弱、海外の取引先と英語でのやり取りもする仕入れ先担当の営業職として勤務後、NPOの事務局に転職し、6年弱勤務された。
人に伝える広報の仕事に興味を持つようになり、NPOの事務局では、学びながら広報業務もしておられたのだが、お父さまの前社長から、家業でも広告や広報の仕事はあるので、できるよ、と云う話があり、2011年、株式会社角谷文治郎商店に入社された。
日東醸造の蜷川社長によると、当時、角谷前社長は、「次女に続いて、長女も家業に入ってくれた。」と、とても喜んでおられたそうだ。
文子さんの入社後
碧南生まれ、碧南育ちだが、大学は京都、卒業後は横浜、そして、愛知に戻ってきて、自分で料理をするようになると、実家のみりんや地元の調味料の素晴らしさに気づいた。
子供の頃から、両親が働く姿を見て育ち、特に、356日、みりんづくりに専念する父のようにできるのか、と云う不安はあったが、家業に入社した翌日、自社が取材を受けた生産者を取り上げるTV番組が放送された直後だったので、自社のネット販売Webサイトに山のような注文が入っていて、その対応に追われたのをよく覚えている。
先に入社した妹と仕事が重なる部分もあったが、2011年の秋、父に香港で開催される商談会の話をしたところ、丁度、その年の3月から香港の高級スーパーとの取引が始まり、販売されている現場を見たいと云う父の意向もあって、参加することになり、同行した。商談会では、父の奥ゆかしいきれいな日本語の表現を上手く通訳するのは難しく、シンプルに訳して伝えた。
それ以降は、海外での商談会に同行したり、輸出の仕事を中心に、妹と一緒に広報の仕事や母と一緒に総務関係の仕事を学びながら覚えていった。
高校卒業後、実家から離れて、約13年ぶりに戻ってみると、高校時代には、親戚や身内の社員が多かったのが、事業の拡大とともに一般社員さんの方が多くなっていたり、2013年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、その前後で輸出の話も多くなっていた。
今では、10カ国以上に輸出していて、一番多いのがフランスで、調味料としてよりもお米のリキュール、チョコレートやお菓子の原材料としての需要が大きい、と文子さん。
治子さんの入社まで
治子さんは、元々、食に興味があり、食品のことを学べる大学に進学し、食品メーカーに商品開発をする技術職として就職して、約5年勤務後、2009年、株式会社角谷文治郎商店に入社された。
治子さんの入社後
少人数で運営している会社なので、父が現場の仕事をはじめ、営業から何から何まで会社全体の仕事をみており、まずは、父に付いて仕事を覚えた。
例えば、出張先に同行して、お客様と話していることをメモに取りながら、自社のみりんのことを学び、展示会に同行してお客様の声を伺い、広報も父の隣でどのように伝えていくのかを見て覚え、品質管理は、担当者から教えてもらい、製造以外の仕事は、一通り経験して、少しづつできる仕事を増やしていった。
子供の頃は、みりんづくりの蔵に入って遊んでいたが、中高生になると、それもしなくなって、入社直後は、どんな設備でどんな作業をしているか全くわからず、日々、学ぶことが新鮮だった。入社した1年目だけでも、老若男女を問わず、多くの方々が、日本全国から見学に来てくださるのを自分の目で見て、人とのつながりや広がりまで生み出す、みりんと云う調味料が持つ魅力を再認識した、と治子さん。
角谷文治郎商店のみりん
元々、みりんは甘いお酒として飲まれてきた500年の歴史があり、戦国時代の頃は、皇族や貴族など、位の高い人しか飲めない高級なお酒だったが、江戸時代中期になって、調味料として使われるようになり、うなぎの蒲焼のタレ、蕎麦つゆ、蕎麦のかえし、照り焼き、煮物などで重宝され、甘味とコクを出す調味料として定着したと云われている。
戦前までは、みりんはお米だけでつくるのが当たり前でそれしかなかったが、戦中、戦後には、お米も含めて物資不足で、酒税が高く設定されていたこともあり、今でいうところのみりん風調味料(アルコールをほとんど含まず、糖類やうま味成分を加えてみりんの代わりとして使えるようにつくられた調味料)の原形が世の中に出てきた。
弊社は、1910(明治43)年創業以来、そのまま飲んでもおいしい、「米1升、みりん1升」、米1升(1.8ℓ)からみりん1升(1.8ℓ)をつくる製法を守り続けている。
飲めるということを意識してつくっているわけではないが、国内指定産地の特別栽培米(国の基準に基づいて農薬と化学肥料の使用を通常より大幅に減らして栽培されたお米)や有機米(「有機JAS認証」という国の厳しい基準に適合した、農薬や化学肥料を一切使わずに、自然の力を活かして育てられたお米)を使って、伝統製法で醸造したみりんは、お料理に甘さ、うまさを加えるだけでなく、お酒としてもおいしく飲んでいただけるので、お客様には、是非、一口飲んでから、お料理等にご利用ください、とお伝えしている、と文子さん。
みりんを調味料としてお利用いただく場合でも、一口味見をしてからご利用いただくと、このみりんの味をお料理に加えることでどのようにおいしく変化するか、を確かめていただけ、また、お醤油やお味噌も、まず、そのまま味見をして、お好みのものを選び、調理する方の好みの味に仕上げるのがお料理の醍醐味でもあると思うので、皆さんのMY調味料の中に私どものみりんも加えていただけると嬉しい、と治子さん。
みりんづくりの現状
今までにないぐらいお米の価格が大きく変動し、このまま高騰が続くと、米を原料とする生産者には大きな負担になるが、お米本来の自然の甘さとおいしさを醸造という伝承の技で引き出すみりんをつくっているので、何より、上質のおいしいお米を使うことが商品の品質に直結する。
生産者さまには、お米をつくり続けていただき、私どもは、つくり続けていただける価格で購入し続けることで、お客様に良い商品をお届けできている。これを続けていくには、誰かが無理をすると続かない。これまで通りの品質を守って角谷文治郎商店のみりんをお届けするには、お客様には申し訳ないが、価格の改訂をせざるを得ない状況になっている、と治子さん。
「三州三河みりん」は、特別栽培米、「有機三州味醂」は、有機米を使っているので、元々、原材料費は高いのだが、主食となるうるち米が高騰すると、うるち米に転作する農家さんが増え、みりんの原料となるもち米や日本酒の原料となる酒米は、それ以上に値上がりし、量の確保も厳しくなる、と文子さん。
VISONの「みりん蔵」
2021年、三重県の複合商業リゾート施設VISONに「みりん蔵」をオープンして今年(2025年)で4年、店舗と醸造所を併設し、仕込み〜熟成など、みりんの製造工程をいつでも店舗からガラス越しに「見える」ようになっている。また、定期的に「みりん蔵ツアー」が実施されていて、蔵の内部を見学したり、試飲もでき、アルコールが飲めない人向けに、アルコール分を飛ばした「煮切りみりん」も用意している。店舗では、多気町産のお米を使って造られた「美醂(びりん)」という名前のみりんを販売している。この施設は、みりんの魅力を伝える広報の役割も担っており、リピーターの方やふるさと納税の返礼品としてご注文くださるお客様も増えているそうだ。
角谷文治郎商店の今後
文子さんの抱負
みりんは日常的に使う調味料であると同時に、愛知の特産品でもあり、この三河には、白しょうゆ、お酢、味噌他、醸造文化が根付いているので、自社のみりんだけでなく、昔ながらの製法を守ってつくられている、品質の高い醸造製品を発信していきたい。
みりんの魅力は、お酒であり、調味料であること。塩味、しょうゆ味、みそ味はあっても、みりん味はないが、みりんを小さじ一杯入れることでおいしくなる魔法の調味料ということを多くに人たちに伝えていきたい。
日本では高齢化、人口減少が進む中、海外ではヘルシーな日本食の人気が高まっており、みりんを調味料としてはもちろん、お米のリキュールとしても広めていきたい。
みりんは和食の基礎調味料だが、フランス料理、イタリア料理、中華料理、スイーツやベーカリーにも使え、みりんを使うことでより一層おいしくなるし、食卓が楽しく、豊かになるので、ご家庭でも、飲食店さんでも、みりんを使うことで、より幸せになれる、より明るい食生活の未来が描けると思っていただけるようにしていきたい。
お米の価格、働き方改革や人材不足などさまざまな厳しい状況、課題がある中で、ひとりひとりの社員の皆さんが、このみりんをつくっていることに誇りを持てる、働きやすい会社にして、品質の高いみりんをつくり続けていきたい。また、社内に来られたお客様や社外で起こっていることを情報共有して、ひとりひとりの社員の皆さんが営業マンとなってお客様にもピーアールできるようにすることで、みりんの魅力をより多くの皆さんにお伝えし、みりんがつなぐご縁を広げていきたい。
私の座右の銘が「足もとに種子を蒔き続ける」なので、父の遺志を引き継いで、社員の皆さん、妹、それぞれの夫と一緒に、種を蒔き続けながら、芽を出し、花を咲かせて、実を成らせていきたい、と文子さん。
治子さんの抱負
常日頃から父は、「お米のおいしさを伝承の醸造技術で十分に引き出したものがみりん。お米のおいしさを伝えたい。」と申していた。昨今のお米の価格高騰はともかく、せっかく農家さんがつくって下さったおいしいお米を私どもがおいしく加工できなければ、存在する意味がないので、おいしいお米をよりおいしいみりんに仕上げて、お客様にお届けすることをもっと極めていきたい。
みりんは和食の調味料であるが、お米のおいしさをおいしいみりんに仕上げることによって、お料理やスイーツのジャンルを問わず、このみりんを使うとおいしい、と云っていただけるみりんをつくり続けていきたい。
今まで通り、伝統製法を守って、高い品質のみりんづくりを続けることはもちろん、それをつくっている社員の皆さんは、お客様の声を聞く機会が少ないので、お客様にどう評価されているのか実感できて、誇りや喜びを持てるような社内環境とお客様からはこの会社がつくるみりんならおいしいよね、と思っていただけるような良好な信頼関係をつくっていきたい、
先代が選択と集中と云うことで、商品ラインナップを絞り、少数精鋭で生産できる体制を整えたが、今の蔵の規模では自ずと生産量には限界がある。限られた生産量の中でも、できることはたくさんあるので、より品質の高い商品をつくり続けて行くことに重きを置いて、お客様のご期待にお応えしていきたい、と治子さん。
まとめ
日本でただ一人のイタリアのスローフード大賞、審査員特別大賞受賞者であり、葦農法を確立し、古代米を復活して、いのちを支え続けた農業家である、故武富 勝彦(たけとみ かつひこ)さんは、食通でもあり、料理もプロ級の腕前で、ご自宅に招いていただき、ご自身が打ったそばをご馳走になったことがある。
その手打ちそばはもちろん、「かえし」があまりにおいしく、出汁がきいているようだったので、尋ねると、武富さんがつくられた醤油と角谷文治郎商店さんの「有機三州味醂」しか使っていないと伺って驚き、砂糖の甘さが苦手な筆者は、それ以来、角谷文治郎商店のみりんのファンになった。
2013年、その角谷文治郎商店の前社長、角谷 利夫 (すみや としお)さんにお目に掛かって、みりんづくり一筋の熱い想いを伺うことができ、ますます大ファンになった。その年の第2回から、COREZO賞を受賞してくださり、角谷さんの地元、愛知県碧南市でこれまで5回開催した表彰式では、実行委員長を引き受け、活動を支え続けてくださった。
そんなご縁もあり、碧南に行く都度、角谷前社長にご挨拶に伺っていたので、文子さんと治子さんともよくお目に掛かり、みりん蔵見学やみりんワークショップ他ではお世話になっていたのだが、「角谷文治郎商店」=「角谷前社長」と云うカリスマ社長だったので、ほとんど会話する機会もなく、今回、初めてお話を伺うことができた。
推察した通り、角谷前社長の強いご意向で、おふたりのお嬢さんには、「角谷文治郎商店」初代、文治郎さんから名前をいただいたそうだ。
COREZO賞授賞式でのスピーチはもちろんのこと、その前後や祝賀懇親会でも、角谷文治郎商店でお目に掛かった際も、「『米一升、みりん一升』、他で置き換えることはできない、お米本来の自然の甘さとおいしさを頑に醸造という伝承の技で引き出した『みりん』」以外のお話をほとんど伺ったことがない角谷前社長とお母様の背中をご覧になって育ち、DNAも受け継いでおられる文子さんと治子さんが代表取締役に就任されて、ご姉妹が協力し合い、大きな存在だったお父さまを喪った悲しみを乗り越え、そのご遺志を引き継いで「みりんづくり」を続けていかれるのはもちろんのこと、今の時代に則した会社経営をしていかれることだろう。
COREZOコレゾ「米一升、みりん一升、他で置き換えることはできない、お米本来の自然の甘さとおいしさを頑に醸造という伝承の技で引き出す、ホンモノのみりんづくりを先代から引継ぎ、守り続ける 四代目姉妹」である。
取材;2025年9月
初稿;2025年9月
文責;平野龍平
以下は、先代、角谷 利夫 (すみや としお)さんのご紹介記事
COREZOコレゾ「米一升、みりん一升、他で置き換えることはできない、お米本来の自然の甘さとおいしさを頑に醸造という伝承の技で引き出す、ホンモノのみりんづくり」賞
角谷 利夫 (すみや としお)さん
プロフィール
愛知県碧南市出
株式会社角谷文治郎商店 前代表取締役(2025年1月ご逝去)
ジャンル
食づくり
伝統文化
ホンモノのみりん
角谷文治郎商店・三州三河みりん
そこら辺で売っている「みりん」のようなもの?とは全く別もんのうまさ
2013年7月、以前より、角谷文治郎商店さんの三州三河みりんの大ファンで、日東醸造社長の蜷川洋一さんが角谷社長と懇意にしておられると伺い、是非とも、ということでお連れ頂いた。
あの、三州三河みりんをつくっておられるところにピッタリのイメージの工場と木造の社屋だった。
物心がついた頃から、口の中に残る砂糖の直接的な甘さが大キライで、ウチには砂糖や甘味料の類いは一切ないのだが、角谷文治郎商店さんの三州三河みりんだけは別なのである。
そこら辺で売っているみりん?みたいなものとは全く別もんのうまさで、ええ醤油(例えば、ヤマロクさん製の鶴醤)とあわせて、かえし(砂糖は使わない)をつくると、出汁が入っているのかと思う程のうまさである。子供の頃から、甘い油揚げの入ったきつねうどんが大嫌いだったが、三州三河みりんで作ったのは別格なのである。
工場の方から社屋に戻って来られた作業着姿の角谷利夫社長に、ご挨拶をして、角谷文治郎商店さんの三州三河みりんのファンであることをお伝えし、お話を伺った。
三州三河みりんのおいしさのヒミツとは?
ー 角谷文治郎商店さんの三州三河みりんのあのおいしさのヒミツを教えて頂けますか?
「秘密?特別なことは何もしていません。『むろ』で醗酵させてつくる米こうじと米焼酎も自社でつくっています。ただ、吟味したよい原材料を使い、『醸造』という日本古来の伝統的な技を生かして、もち米のうまさを引き出した本物のみりんを消費者の皆さんにお伝えしているだけです。」
「ごはんを口に含んで、噛めば噛むほどに、『甘さ』と『旨さ』が増し、おいしさが伝わってきますね?しかし、この時に感じ取る旨みは、お米のおいしさのほんの一部に過ぎません。 お腹に入って2〜3時間後には、米のデンプンはブドウ糖に、米のタンパクは、アミノ酸に消化、分解されて初めて、栄養として体に吸収されます。」
「この隠れたお米のおいしさも『醸造』という日本の伝統的な技のみで引き出したのが、本格みりんです。もち米のおいしさを『米こうじ』の力を借り、一年以上の醸造期間をかけて丸ごと表に引き出しています。だから、みりんには、私たちが意識していなかったお米の味わい・おいしさもあるのです。」
みりんの歴史
ー みりんの歴史を教えて頂けますか?
「みりんそのものの起源には諸説あり、日本に古くから存在していた白酒の腐敗防止のために、約500年前に、室町時代末期に伝来した焼酎を加えたという日本発生説や、中国で実際存在した密淋(ミイリン)という甘い酒が、戦国時代の頃、伝来したという中国伝来説があります。その当時、既に行われていた酒の中に『もち米』を更に仕込み、甘くて濃い『酒』を作る方法から、焼酎の製法を取り入れ、焼酎の中に『もち米』と『米こうじ』を仕込み、それ以前にも増して『甘くて濃い酒を』を作る新しい技術として発展してきました。」
甘口の高級なお酒だった江戸時代
「江戸時代になると、みりんは、女性でも楽しんで飲むことのできる甘口の高級なお酒として人々に受け入れられました。しかし、当時のみりんは甘みが薄かったようです。焼酎の蒸溜技術が未熟であったことと、みりんの甘さは、米のでんぷん質を糖に変えるこうじによって造り出されますが、こうじを作る技術が発達していなかったため、濃厚な甘みを実現できなかったのです。」
砂糖よりも入手しやすい甘味料として用いられるように
「お酒として庶民に浸透していったみりんは、やがて、料理のコクやうま味を引き出す調味料として使われるようになります。調味料として使われた歴史も古く、戦国時代からとか、江戸時代からとか、こちらも諸説あるのですが、当時は、砂糖よりも入手しやすい甘味料として用いられました。 甘味料としての製法が確立したみりんは、さらに発展を遂げ、焼酎歩合の少ない『本みりん』と焼酎歩合の多い『本直し』とに分けられるようになりました。」
清酒造りの傍ら、兼業でみりん造り
「みりんは、『焼酎』の中に、『もち米』、『米こうじ』を仕込むという、酒造りと異なる独立した製法です。焼酎原料には清酒粕や米を使い、かけ米にもち米を使うという違いはありますが、精米、蒸し、こうじ作り、搾り、とほとんど同じ道具を使いますので、清酒造りの傍ら、兼業でみりんを造る蔵が多く、明治時代には3千に近い免許場がありました。」
「そして、社会が安定してきた明治・大正時代には、西洋の技術が導入されて、蒸溜技術が発達し、全国的に滋養飲料や割烹調味料として、みりんの消費が増加しました。時代を経る毎に、甘みや旨みの濃いものが求められるようになり、 大正末期から昭和初期にかけて、今日のようなエキス分が50%に近い、濃厚なみりんが造られるようになりました。」
みりんは『贅沢品』だった
「戦前の古き良き時代の『米1升、みりん1升』という仕込み方法も、戦争の影響から米不足の世相を反映して、昭和12〜3年には、製造実績による配給制となり、昭和18年からの8年間は、製造が禁止されていました。その後、生産が再開されるのですが、食糧事情は厳しく、米不足の中、一部の高級割烹やうなぎ料理店等だけで使われていたみりんは、『贅沢品』として、大変高い酒税が課されました。昭和30年(1955年)頃には、米1升100円の時代に、みりん1升の売値が1,000円の内、762円が酒税でした。」
「それに、戦後は、物価統制令が布かれ、みりんは、お酒と同様に、丸公とも呼ばれた統一の公定価格が決められていたのです。品質が高く、おいしい酒から売れて、入手困難になったので、そこから『まぼろしの酒』という言葉が生まれました。原料のお米だけで100円かかる訳ですから、残りの138円の中から、その他の原材料費、人件費等、製造、販売、流通コストを差し引いて、利益を捻出しなければならないという厳しい経営環境に置かれました。そのため、全国のみりん業者が免許を返上して、転廃業が相次いだのです。」
『新みりん』と『塩みりん』とは?
「このような高い酒税負担から逃れるために生まれたのが、『新みりん』と『塩みりん』でした。『新みりん』は、雑穀を原料に糖化した液に化学調味料と添加剤を加えたもので、アルコール分を含まないので、別名、『煮切みりん』とも呼ばれ、『塩みりん』は、塩水の中でアルコール発酵させた清酒のような調味液をつくった後に、甘みを加えたもので、こちらはアルコール分を含みますが、塩分があるので、飲用にはなりません。これらは、『みりん』の3文字を使いながら、酒税法の外で、製造・販売が開始されました。」
「昭和31、34、37(1962)年と3回に渡って、大幅な減税がなされて、酒税は121円まで下がり、高級調味料だったみりんが、家庭用調味料として使われるようになりました。大正時代に10万石(1石=10斗=100升≒180L)だった生産量は、戦後、激減しましたが、酒税減税の結果、昭和40(1965)年代初めに回復して、60万石を超えるようになりました。」
酒類販売免許を持たないスーパーには、『新みりん』と『塩みりん』が並び、急成長
「その頃、政治的な米価の引き上げがあったのですが、みりんの販売拡大を優先するがために、原材料の上昇分を価格に転嫁することができず、糖類、アルコール類の増量というつじつま合わせが行なわれました。そして、第2次高度成長期には、全国に大型スーパーができ、酒販店の御用聞きが販売していた味噌・醤油の調味料は配達商品から、スーパーでの買い回り商品に変わり、酒類販売免許を持たないスーパーには、酒類の『みりん』ではない、『新みりん』と『塩みりん』が並び、急成長しました。」
『みりん風調味料』とは?
「そのような紛らわしい表示で販売されたため、みりん生産者、流通、消費者に混乱を招き、昭和50(1975)年、公取委より、内容の伴わない名称表示であると、排除命令が出され、本みりん以外の商品は『みりん風調味料』に統一されました。しかし、スーパーの売上拡大と共に増え続け、今や、ホンモノの『みりん』をはるかに超える生産量になっています。」
みりんの伝統的製法
ー みりんのつくり方を教えて頂けますか?
「現在では、みりんには、伝統的製法と工業的製法の2種類の製法がありますが、ウチの『本格仕込み三州三河みりん』は、もちろん、伝統的製法でつくっています。本来の『みりん』の原料は、もち米、米麹、本格米焼酎(乙類)のみです。」
「後で工場をご案内しますが、まず、基本のもち米をといで浸水し、蒸して冷まします。うるち米も、といで浸水し、蒸した後、1日寝かせて米こうじにします。さらに、焼酎用のうるち米を清酒仕込みにし、圧縮・蒸留します。次に、それらをいっしょに仕込んで2〜3ヵ月置きます。これが、『みりんもろみ』の状態で、はじめのうちは、水分はほとんどありませんが、ゆっくりと糖化し、米が溶けて液化していきます。このときに、焼酎が醗酵を抑え、じっくりとうまみがでてくるのです。これを袋に入れて搾った後、約1年間の醸造熟成期間を経て、みりんになります。」
みりんと酒の仕込みの違いとは?
「みりんの約50%が、糖分やうまみ成分のエキス分で、アルコール分が約14%、残りが水分です。みりんは搾ってから、寝かせますが、日本酒は、寝かせてから最後に搾ります。」
「また、日本酒は、『寒仕込み』といって、冬場に仕込みますね?あれは、冬の寒さで、醗酵の調整をしているのです。それに対して、私どものみりんの仕込みには、『花が咲く頃』を選んでいます。梅と桜が咲く『春仕込み』と菊が満開の頃の『秋仕込み』の2回です。この時期に仕込むと、デンプン質を糖分に、タンパク質をうまみ成分に分解するもろみの期間を短くできるので、香りと味わいが引き立ちます。新年には焼酎を仕込みます。」
こうじって何?醗酵とは?
「ここで、少し、こうじと醗酵の話をしておきましょう。」
「こうじは、米や麦等の穀物にカビ菌の一種であるこうじ菌を混ぜ合わせて、繁殖させたものです。酵素を出して、デンプン質を糖に、タンパク質をアミノ酸に分解します。醗酵は酵母菌や乳酸菌等の働きで、分解された有機物をアルコール等に再合成します。」
「お粥にしたご飯と米こうじを50℃前後の高温で仕込むと、1日でデンプン質が糖化し、甘みに変わったのが甘酒です。」
赤味噌と白味噌の違いとは?
「味噌には、米味噌、麦味噌、豆味噌とそれらを合わせた調合味噌がありますが、赤味噌と白味噌の違いは、その熟成期間の違いです。白味噌は、熟成期間が数ヶ月と短く、塩分濃度が低いのですが、赤味噌は1年以上熟成し、塩分濃度が高く、味噌は、塩分濃度で醗酵の調整をし、大豆のタンパク質は分解されて、アミノ酸等のうまみ成分に変わります。また、大豆やこうじのタンパク質(アミノ酸)と糖分が、メーラード反応とも呼ばれるアミノカルボニール反応が進行し、褐色に変化するので、熟成期間が長い程、色が濃くなります。みりんもこの反応によって琥珀色になります。」
西京味噌が甘いのは?
「西京味噌が甘いのは、白味噌の中でも米味噌で、原料の大豆の他に米も多く使います。米の80%はでんぷん質なので、米こうじで糖化するからです。糖化すると、液化もし易くなります。八丁味噌は、100%豆味噌なので、うまみ成分が多く、約2年間、長期熟成するので、塩分濃度も高く、赤味噌でも色が濃くなり、糖分が少ないので液化し難いのです。また、まるや八丁さんでご覧になられたと思いますが、仕込んだ上に石積みをして、重しを載せるのは、味噌をつくるこうじ菌は嫌気性のため、空気を押し出すためです。逆に、醤油をつくるこうじ菌は好気性のため、仕込みの初期段階では撹拌を繰り返します。」
みりんにもち米を使うワケ
「次は、どうしてみりんにもち米を使うのか、お米の話です。」
アミロースとアミロペクチン
「デンプンはその構造によって、アミロースとアミロペクチンの2つに分けられますが、もち米は強い粘り成分であるアミロペクチンがほぼ100%であるのに対して、一般に食べられている『うるち米』には、アミロースが約20%含まれています。かつて人気のあった日本晴というお米の品種のアミロース含有率が約20%に対して、17〜8%とより粘り(もちもち感)が強い、コシヒカリに好みが移ってきました。」
αでんぷんとβでんぷん
「米を炊くと、ふっくらと粘りのある状態になりますね?あれは、米の主成分であるでんぷんの構造が、水と熱の作用でほどけて膨張し、粘性の強い糊になるためです。この状態を糊化または、α化といい、α化する前のでんぷんをβでんぷん、α化したものをαでんぷんと呼びます。βでんぷんは水に溶けず消化しにくいのですが、αでんぷんになると消化がよくなります。αでんぷんは冷めるとまたβでんぷんに戻ってしまいますが、再加熱により再びαでんぷんになります。コシヒカリは、冷めてもおいしいと言われたり、もち米を蒸したおこわは冷めても、もっちりしているのは、アミロース含量率の低いデンプンほど、デンプンの老化であるβ化し難いからです。」
もち米を使うことで分解されて出てくる糖が多く、他のお酒よりも甘くなる
「みりんにもち米を使う理由はこの2種類のデンプンのうち、アミロペクチンの方が冷めてもβ化し難くく、糖に分解され易いからです。つまり、みりんはもち米を使うので、分解されて出てくる糖が多く、他のお酒よりも甘くなります。みりん造りのもう一つの特徴が、醗酵の調整に焼酎を使うことですが、その甘みを残すため、せっかく出来た糖を酵母がアルコールに変えないように、焼酎を入れて酵母の働きを抑えているのです。」
伝統的製法と工業的製法の違いとは?
ー 伝統的製法と工業的製法はどう違うのですか?
伝統的製法では、米1.5升で、みりん1升
「伝統的製法では、実際には、米1升、みりん1升ではなく、焼酎にも米を使いますので、米1.5升ぐらい使って、みりん1升とみりん粕ができます。みりん粕はそのままでもおいしく召し上がれますが、お菓子や守口漬等の漬け物にも使われて人気があります。」
工業的製法では、米1升から5〜6升の本みりん
「これに対して、戦後から行われるようになった工業的製法では、米1升から5〜6升の本みりんをつくるようです。足らない分は、といっても米の2.5倍量ぐらいになりますが、ブドウ糖で増量します。使うブドウ糖というのは、水あめです。コーンスターチ等のデンプンにシュウ酸を加え、加水分解してつくります。」
「本みりん」は伝統製法でつくられたホンモノのみりんではない⁉︎
「本みりんは、みりん風調味料と区別するために、メーカーが使い始めた言葉です。」
「米を常温で糖化するには2〜3ヵ月掛かりますので、高温糖化法という、酒造りにも使われますが、米を蒸す代わりに高熱によってデンプン質をα化し、これに麹と酵母を加えて醗酵させて造る方法が考え出されました。この方法を使うと、数週間で糖化できます。」
「この他にも、麹菌がつくる『酵素』を補うため等に、麹菌由来ではない『酵素剤』を使用したり、加圧蒸煮などの処理を施して、原料のデンプンやタンパクの利用効率を上げ、乙類焼酎ではなく、ホワイトリカーなどの甲類焼酎を用います。こうして、醸造・熟成期間は、40日から60日ほどに短縮され、効率的に、かつ大量に生産されています。」
甲類焼酎と乙類焼酎の違い
酒税法上、甲類焼酎は「連続式蒸留しょうちゅう」、乙類焼酎は「単式蒸留しょうちゅう」が正式な名称で、甲類焼酎と乙類焼酎の違いは「蒸留法」の違い。
連続式蒸留は、一度の蒸留で連続して何度も蒸留を繰り返すため、高純度のエチルアルコールが抽出でき、加水してアルコール度数を36%未満に調整する。低コストでの安く大量生産に適するが、味の個性は薄い。
単式蒸留は、基本的に1回のみの蒸留のため、原料本来の風味やうまみが生かされた焼酎で、アルコール度数は45%以下。プレミアムが付く焼酎はこちらの乙類。
国産もち米の生産量は米全体の3〜5%程度
「今では、もち米の生産量は米全体の3〜5%程度しかありません。高価なので、規格外のくず米やうるち米、米粉も使われていました。しかし、世間を騒がせた平成5(1993)年の米の大凶作では、国産のもち米も不足しましたが、海外の米を安く入手できるところで仕込み、輸入したもろみがみりんの代替え原料として使われるようになりました。」
確かに、スーパーに行って、「本みりん」の原材料を見ると、もち米(タイ産)とか、表記されているものもある。
酒税法上のみりんの規定
気になったので調べてみると、 みりんとは、次に掲げる酒類でアルコール分が15度未満のもの(エキス分が40度以上のものその他酒税法施行令第5条第1項に規定するものに限る。)をいう
イ. 米及び米こうじにしようちゆう又はアルコールを加えて、こしたもの
ロ. 米、米こうじ及びしようちゆう、アルコール又はみりんにその他水のほか、①とうもろこし、ぶどう糖、水あめ、たんぱく質物分解物、有機酸、アミノ酸塩、清酒かす又はみりんかす又は②米又は米こうじに清酒、しようちゆう、みりん若しくはアルコールを加え、又はこれにさらに水を加えて、すりつぶしたものを加えて、こしたもの
ハ. みりんにしようちゆう又はアルコールを加えたもの
ニ. みりんにみりんかすを加えて、こしたもの
以上のように酒税法に規定されている。
これを見る限り、もち米でなくても、米ならなんでもよく、1粒でも原料として使っていれば、みりんと称してよいと解釈できるし、焼酎も使わなくてOKだし、結構、いろんなもんを入れてつくってもOKと言う訳だ。ちなみに、現在の税率は1kl当たり、20,000円なので、1.8l当たり36円のようだ。
『本格仕込み三州三河みりん』の保存方法とは
ー ウチはいつも『本格仕込み三州三河みりん』を1升(1.8L)で買うのですが、どのように保存するのがいいですか?
「アルコール度数が、14度前後ありますので、常温で保存ができます。エキス分の糖分が結晶化して白くなることがありますが、品質には何の問題もありません。温めると元に戻ります。アルコール分が1%以下のみりん風調味料は、開栓後に外部から酸素や雑菌が混入し、酸化・腐敗しやすくなるので、糖度を上げていますが、冷暗所に保管し、なるべく早く使い切る必要がありますね。保存料を添加しているものもあります。」
みりん風調味料とは?
「先ほどもお話しした、酒税が高かった時代に、みりんの代用品としてつくり出されたもので、水あめやブドウ糖またはデンプン質の糖化液にグルタミンソーダを中心とする化学調味料やアミノ酸液、香料等を混合して造ります。 塩水中でアルコール発酵させて造った調味原液に糖液などを加えて調整したもの(かつての塩みりん)と、米のかわりに雑穀で造った糖液にアミノ酸、酸味料を添加したもの(かつての新みりん・煮切りみりん)などが販売されていますが、こちらは、アルコール分をほとんど含みません。」
砂糖の代用品としての合成甘味料
「砂糖の代用品として、甘さが蔗糖の数百倍あり、圧倒的に安価だった合成甘味料のサッカリンやズルチン(中毒事故が多発し、1969年食品への添加禁止)が使われていた時代もありましたが、これらは熱に弱いという欠点があり、次に、砂糖に近い上質な甘みで、安定したチクロが使われました。これも発がん性が疑われ、1969年には使用禁止になりましたね。合成殺菌・防腐剤として使われていたAF2(フリルフルマイド)も安全性に疑いがあり、1974年から使用禁止になりました。」
砂糖の製法とは?廃糖蜜って何?
「砂糖は、製糖工場で、原料のサトウキビを搾り、不純物を石灰等で沈殿させて、取除き、煮詰めて、遠心分離機で結晶化し、粗糖(固体)と糖蜜(液体)に分けます。粗糖はまだアクが強いので、さらに精製して純度を高めたものが蔗糖です。精製した後に残った黒褐色でドロドロのタール状の液体が廃糖蜜ですが、まだ糖分が含まれているので、そのまま甘味料にしたり、うまみ調味料や醸造アルコールの原料になって、残さず使われています。」
ホンモノのみりんには何種類もの糖類が…
「砂糖は蔗糖の1種類の甘みしかありませんが、もち米を丁寧に醸造して造ったみりんは、こうじの力で、ブドウ糖の他、希少なコージビオース、ニゲロース、イソマルトース等の二糖類、三糖類、オリゴ糖他、何種類もの糖類がつくり出されていて、砂糖にはない上品でまろやかな深い甘さが特長です。しかも、甘さが舌に残りません。」
おいしく飲めるみりんこそが、調味料にも最適なホンモノのみりん
「また、みりんは、含まれるアルコールの働きにより、こく・うまみを引き出し、臭みを消して香りを引き立て、煮くずれを防ぐというさまざまな効果が得られるほか、みそ、しょう油、酢などほかの醸造調味料と相性が良く、照り・つやを出し、作り立てのおいしさを長持ちさせます。お米のおいしさは他では置き換えることはできません。飲んでおいしいみりんこそが、調味料にも最適な本物のみりんです。」
ー 大量生産、大量販売をして、経済効率、利益を重視する今の世の中で、なかなかできないことでは?
「私どもは、規模が小さく、手工業です。その大量生産、大量販売をする、経済効率、利益重視の今の世の中では、負け組なんですよ。大手のメーカーさんと同じ土俵に上がれば、どうやっても対抗できません。そういう意味では、負け組でいいんです。私たちは、伝統として受け継がれ、歴史に磨かれた技と味を大切にして、私たちができることをするだけです。」
本当にいいもの、ホンモノを消費者ご自身が選ぶ目を持って頂きたい
ー えっ?角谷文次郎商店さんは勝ち組でしょ?
「ハハハハ、負け組でもやり続けていると、世間が後追いしてくれることもあるんですね。いつの間にか時代のニーズに合って来たんです。」
「有名なブランドや売れているものがいいものとは限りません。自分と自分の家族の安全は自分で守らなければならない時代です。知名度の高さや規模の大小で判断するのではなく、消費者の皆さんにも、本当の意味で、いいもの、ホンモノをご自身で選ぶ目を持って頂きたいと願っています。」
「ここ、愛知県東部の三河地方は、きれいな伏流水や、おだやかな気候に恵まれ、三河平野では、米、麦、大豆が豊富に収穫されて、江戸時代から醸造が盛んに行われていました。江戸の徳川家にこの地で育まれた清酒、味醂、醤油などが廻船問屋により運ばれていきました。」
「昭和30年代頃から、TVの普及に伴い、みりんや今のみりん風調味料の業界も、大手メーカーがお金を掛けて広告宣伝費をするようになって、みりんの業界も寡占化が進みました。明治の頃には、この辺りで、みりんを製造していた会社が50社もありましたが、今では、7社となってしまいました。それでも、現在も、みりん業者数全国一を誇るみりん造りの本場で、当店は、明治43年に創業して以来、三代に亘り、みりん醸造一筋に専念してきました。」
と、熱く、熱く語って下さった角谷社長にCOREZO(コレゾ)賞の受賞をお願いしたところ、快く、承諾して下さった。
その後、酒蔵とは異なる甘く芳醇なみりんの香りが漂う工場をご案内頂き、ものづくりは、ひとであることを強く再認識すると共に、角谷さんのお人柄、生き様、その人物そのものが、「三州三河みりん」であり、「本みりん」や「みりん風調味料」が、「みりん」という三文字が使われているだけの、全く別モノであることがよくわかった。
みりんだけでつくるぜんざいとは?
お嬢さまの治子さんから「美味しい」と伺って、気になっていることが2つある。みりん粕と砂糖を使わず、みりんだけでつくったぜんざいである。ぜんざいも苦手だが、一度、是非食べてみたい。
また、角谷文治郎商店さんでは、本格仕込み「有機三州味醂」も醸造しておられて、みりんは、酒税法の適用を受けているため、酒類はJAS法の適用除外(監督官庁の壁?)とされ、有機加工食品には含まれず、有機JASマークは付かないが、日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会(JONA)より、有機農産物加工食品の認定証明を受けておられるそうだ。
日本のお米を原料にみりんづくりをすることを通じて、日本の緑の確保、環境保全に貢献したい
角谷さんは、
「お米は、日本の気候・風土に最適な穀物であり、南から北の果てまで栽培されている自給穀物で、食料としてだけでなく、毎年、繰り返し再生される田園風景から、私たちは四季の移り変わりを感じ、生活に潤いや安らぎを提供されている。日本の農業を守るためにも、その果たしている環境効果を積極的に評価し、食料費に環境貢献費用を加算して、購入すべきである。将来に向けて、安全な生活環境を確保する手段として、化学肥料や農薬を使わず、自然の営みの中で農作物を育てる有機農業の実現に積極的に参加し、日本のお米を原料にみりん造りをすることを通じて、日本の緑の確保、環境保全に貢献していきたい(要約)。」
とおっしゃっている。
そういう心のある商品が、世の中からどんどん無くなっている。角谷さんにお目に掛かって以来、我が家のみりんを使う度に、角谷さんの笑顔を思い浮かべてしまうのである。
皆さんも、安いからといって、わっけのわからんもんを買って、安物買いの◯◯失いだけでなく、もっと大切なものを失わないように・・・。
COREZO コレゾ「米一升、みりん一升、他で置き換えることはできない、お米本来の自然の甘さとおいしさを頑に醸造という伝承の技で引き出す、ホンモノのみりんづくり」である。
後日談1.第2回2013年度COREZO(コレゾ)賞表彰式
「ホンモノのみりんとは」と題して熱く語ってくださった
都築麗子さんの新そばを有機本格みりんと鶴醤だけでつくったかえしで頂くというなんと贅沢なコラボ
あっという間になくなった
後日談2.第3回2014年度COREZO(コレゾ)賞表彰式
「ホンモノを守り、育て、伝える人たち」トーク・セッション
2014年度もご登壇頂いた
追悼;角谷 利夫(すみや としお)さん を偲んで
2025年1月19日、株式会社角谷文治郎商店 元代表取締役 角谷 利夫(すみや としお)さんが急逝、永眠されました。
2024年12月7日、徳島県三好市大歩危で開催した第15回COREZO賞表彰式にご出席、みりんづくりには、とても厳格な姿勢で臨んでおられたそうですが、いつもの柔和な笑顔で受賞スピーチをしてくださいました。翌日、宿泊先の「峡谷の湯宿 大歩危峡まんなか」さんで朝食をご一緒し、本年の和歌山県龍神温泉での開催日程をご相談したのが最後になりました。
2013年の第2回よりCOREZO賞をご受賞、ご賛同いただき、角谷さんの地元、愛知県碧南市でこれまで5回開催した表彰式では、実行委員長を引き受け、活動を支え続けてくださいました。
2024年12月7日の表彰式での角谷さんの様子が撮れており、見返すと本年の表彰式でもお目に掛かれそうな気がします。
生前のCOREZO賞へのご協力、ご支援に心より感謝申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。
COREZO (コレゾ)賞 事務局
初稿;2013.08.28.
最終取材;2024.12.
最終更新;2025.04.25.
文責;平野龍平
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