山本 康夫(やまもと やすお)さん

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COREZO(コレゾ)「絶滅寸前の木桶職人復活プロジェクトを成功させ、ホンモノの醤油を醸造用の木桶から造れる、世界で唯一の蔵元」賞

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山本 康夫(やまもと やすお)さん

プロフィール

香川県小豆島町

ヤマロク醤油株式会社 代表取締役

経歴・実績

1972年 香川県小豆島生まれ

1995年 大学卒業後、小豆島に戻りたくて島の佃煮メーカーに就職

営業職で大阪に赴任後、東京に転勤

2002年 小豆島に戻り、家業のヤマロク醤油を継ぐ

ジャンル

醸造

伝統の醤油づくり、仕込木桶づくり

受賞者のご紹介

醤の郷 小豆島

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何気なくTVをつけると、小豆島を紹介する番組が放送されていて、2008年に知り合った律ちゃんこと、立花律子(たちばなりつこ)さんが案内役をされていた。

とても興味深い醤油屋さんが紹介されていて、直感的に「これは行ってみなければ」と思い、丁度、その翌日から岡山で所用があったので、立花律子さんに電話を入れると、「今日でもいいですよ。」とのご返事。

新岡山港からフェリーに乗り、30年以上ぶりの小豆島へ。土庄港で律ちゃんが車で出迎えて下さった。近況を伺いながら、国道から横道に入り、風情のある土塀が並ぶ小道を抜けると、大きな杉の仕込桶が目印のヤマロク醤油に到着。何日か前のTV放送の影響か、観光客らしき人たちが、ウロウロしていた。

「コレゾ賞のWebサイトはご覧頂けましたか?」と尋ねると、「ううん、忙しくて見てる間なかった。」と律ちゃん。で、いきなり、山本康夫さんをご紹介頂き、早速、醤油蔵をご案内頂いた。

「ご案内する前に、身体全体の埃を一通り払って下さい。」と、ハンディーモップのようなブラシを渡され、汚れきった心身を払い清めた。

山本「入り口狭いでしょ?中の桶の方が大きいんですよ。入らないから、多分、中で組み立てたのではないかと思います。」

蔵の中に入ると、醤油のいい香りが漂って来た。

百数十種類の菌が棲みつく仕込蔵と木桶

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「この入り口に一番近い桶が、一番古いといわれています。桶を製作している方によると、150年以上は経っているのではないかとのことです。実は、この蔵が築後何年経っているかもわからないんですよ。代々、大雑把な家系なのか、いつから醤油造りをはじめただとか、何の記録も残っていないんです。私の祖母が、祖母の祖父が醤油を造っていたというのを覚えていたので、私は最低でも五代目だろうということで、五代目を名乗っています。」

蔵の柱、梁、天井、壁と菌がびっしり、特に古い桶は朽ちているようにも見える程、何層にも菌に覆われている。苔むした老木のような風格なのである。あまりにフカフカそうに見えるので、指先でちょっと触れようとしたところ、

「あーっ、触っちゃダメ、ダメ、樽に悪玉菌が付いちゃいますから…。」と、注意されて、慌てて手を引っ込めたが、確実に悪玉菌は付いたと思う。

「ウチの蔵には百数十種類程の菌が棲んでいます。日の当たり具合や、色々な条件で、蔵の場所、桶によっても住んでいる菌の種類も数も違います。数百年かけてこの蔵と一緒に育んできたもので、ウチにしかないものです。醤油をつくるのは私たちではなく菌たちなのです。この桶と蔵と菌で発酵した醤油づくりは代々受け継いで来たもので、今でも醤油をつくることができるのは、ご先祖さまがいい桶を造って、この製法を頑なに守ってきてくれたからなので、次の世代に引き継ぐことが私の仕事です。」

その時、ご子息が蔵に勢い良く飛び込んで来られたので、「大きくなったら何になるの?」と尋ねると、「けいさつかーん。」とのこと。

実に頼もしい跡継ぎさんである。

「この階段から上に上がって、桶の中の発酵状況をご覧下さい。」とおっしゃるので、桶の上から中身を見せてもらった。

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ブクブクと発酵しているのがわかる。

「これは今シーズン仕込んだ桶で、あっちは仕込んで3年目の桶です。色が全然違うでしょ?」

確かに先に仕込んだ樽の方が色が濃い。

「ちょっと味見して下さい。」と、今年のもろみを掬って下さった。香ばしくて美味しい。

「ね、いけるでしょ?これがあればお酒が進みますよ。この蔵は土間なので、今日のように雨の日は湿気が地面から上がって床も階段も滑り易くなります。蔵が生きている証拠です。気をつけて下さい。桶に落ちたら大変ですよ。もし落ちたら、手を開いて、助けるまで沈まないようにして下さい。」

「五代目は落ちたことはあるのですか?」の問いには、ニヤリとされただけでノーコメントだった。

戦後、初めて新桶を誂えた醤油蔵

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次に、戦後、初めて造られた醤油仕込みの新桶を見せてもらった。

ヤマロクさんが新桶をつくられた話は、他所の醤油造り職人さんからも聞いたことがあるので、業界では有名な話らしい。小豆島は約400年前から醤油醸造で栄え、最盛期には、桶造りの鎚の音が至る所で響いていたそうだが、今では樽造り職人は島内にはいないばかりか、仕込桶を造れる職人は全国でも数名しか残っていないそうだ。この職人さんたちも高齢で、後継者もおらず、この方々が仕事を辞めた時に、仕込桶づくりも消滅することになる。

平成になって造られたうちの9桶はその職人さんたちに造ってもらったとのこと。仕込み樽は直径約2.3m、高さ約2mあり、職人が3人1組でないと造れないそうだ。五代目は先祖伝来の伝統的な醤油造りを途絶えさせる訳にはいかないと、仲間の大工さん2人にも頼んで、現役の仕込桶職人さんに3人で弟子入りした。少しでも早く技術を習得できるようにと、古くなって使っていない桶を解体し、その構造や接合面の仕口を研究した上で、桶づくりを習い、3桶を自分たちの手で製作された。

「ご覧のように新桶を据えるのに蔵も新しく増築したので、先程、見てもらった昔からの蔵と樽で生きている菌とは種類も数も比べモノにはなりませんが、ご先祖さまが何代も引き継いで育てて来たように、この桶と蔵がどのように育っていくか見守っていく楽しみがあります。まぁ、その成果をわかってもらえるのは自分から何代も先の話ですけどね。」

先代から地獄も譲られた醤油蔵五代目

ー 五代目が醤油づくりを継がれたのは?

「生まれ故郷の小豆島が大好きだったので、大学卒業後、小豆島に本社がある佃煮メーカーに就職したのですが、営業に配属され、最初の赴任先は大阪で、その後、東京に転勤しました。」

「ところが、いざ食の業界に身を置いてみると、ほんとうに良いものが評価されず、品質よりも、とにかく安さが求められる時代である現実に直面しました。かつては高級調味料であった醤油も買い叩かれて、製造を合理化するために調味料やアルコール、また日持ちするように保存料を加えて、水より安く売られていることにも納得がいきませんでした。」

「次第に『食』に対する問題意識が高まり、強い憤りも感じるようになっていました。島に帰省して、我が家の醤油を改めて味わった時に、これなら、価格ではなく味で勝負できる、と確信し、家業を継ぐ決心をしました。」

「継いだのはよかったのですが、父親から決算書を見せられ、愕然としました。これでは飯食えん・・・、だから、継がんでええってゆうたやろ。まあ、せっかく帰って来たんやから、地獄も全部譲ったろ、と言われました。」

「そんな厳しい現実の中、父に云われた地獄の意味もわからないまま、醤油造り修行が始まりました。修行と言っても、1年目は、先代について、仕込み、もろみ混ぜ、・・・一通りの作業を手伝いました。父親は多くを語らず、その背中を見て必死で覚えました。」

「冬に仕込んだもろみは春から夏にかけて急激に発酵が進みます。その発酵熱で蔵の内部は40℃を超え、桶の上から全て人力で混ぜる作業を『地獄のもろみまぜ』と先代は呼んでいました。そして、冬は寒霞渓からの吹き下しで凍てつく中での作業。天然蔵は真に地獄の蔵でした。」

「2年目には、桶毎に、『よう混ぜ』、『あんまり混ぜんでええ』、『ぼちぼち混ぜ』と指示されました。その桶の発酵状態を目だけでなく、五感を総動員して身体で覚えました。」

「3年目になると、『好きに混ぜ』と任され、混ぜ方の指示もされなくなって、4年目に先代が菌のアレルギーを発症してしまい、蔵に入れなくなって、完全に代替わりしました。

醤油をつくるのは仕込蔵と木桶に棲みついた菌たち

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ー 3年で醤油づくりをマスターされたのですか?

「先代からもいつも云われていましたが、醤油をつくるのは職人ではありません。ウチの醤油は蔵と桶の菌がつくっています。私たちは菌に任せる他はなく、善い菌がバランスよく生育している環境を守って、現場で発酵状態とその変化を見極め、正しく対処して、菌が醤油を造る手助けをするのが私たちの一番の仕事です。」

「大学で、化学を学んだ訳ではなかったので、醤油づくりを始めるにあたって、一通りの醗酵学の本を読み、勉強しましたが、ほとんど書いてある通りにはならないことがよくわかりました。学問の醗酵と現場の醗酵は違うのです。五感を働かせて菌と接し、どうすればどうなるかを知る、毎日が勝負です。だから、思い通りの結果が出たときは喜びもひとしおですよ。まぁ、子供の頃から醤油蔵で遊んでいましたし、代々受け継がれて来た山本家の醤油造りのDNAも多少良い方向に作用しているのではないかと思っています。」

小豆島にも醤油の低価格競争、近代化の波が押し寄せ、最盛期には400軒あった蔵は20軒足らずに激減した。そんな中でもヤマロク醤油は杉桶で造ることを頑なに守ってこられた。

「タンクを買うお金がなかっただけです、といつも言ってますが、もしお金があってもそうはしなかったのではないかと思います。伝統を途絶えさせることは簡単にできますが、続けることは実に難しい。途絶えた伝統を復活するには、更にそれ以上の時間と労力が要ることを代々わかっていたんでしょうね。」

再仕込醤油「鶴醤」と丹波黒豆醤油「菊醤」

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醤油は年間約100万kLが国内生産され、約20万kLが海外生産されるそうだ。そのうち、杉桶で仕込まれるのは国内生産の1%にも満たない。ちなみにヤマロク醤油は年間7万L。スーパーで醤油のようなもの(食品ナントカ法上の醤油)1ℓが時には98円で売られている時代に、ヤマロクの再仕込醤油「鶴醤」、丹波黒豆醤油「菊醤」はどちらも500mLで、1,080円である。

個人的な感想だが、再仕込醤油の「鶴醤」は濃厚で、旨味が強い。「菊醤」は香りが高く、ほんのりと甘い。どちらも安価な醤油とは別次元の自然な甘さと旨さで、市販されている添加物だらけのだし醤油など要らなくなる。一般的なタンク醸造の醤油は約3ヶ月で出荷できるらしいが、再仕込醤油である「鶴醤」は4〜5年かかるそうだ。それだけの時間と労力がかかっている。

飲食店や旅館等で、なみなみと注がれた刺身用醤油、食べ残し、賞味期限切れ等、醤油は約50%が廃棄されているという。捨てても惜しくない価格だからだろう。それらは環境汚染にもつながっている。真っ当につくられた真っ当な価格の醤油ならそんな粗末には扱わないだろう。ちなみに、我が家では、もったいなくて、味が変わらないよう冷蔵庫で保存し、使う分だけ出している。

※再仕込醤油「鶴醤」と丹波黒豆醤油「菊醤」のネット通販は下記

COREZO.netストアYahoo!店

COREZO.netストアbase店

醤油の種類

日本農林規格(JAS)では、「しょうゆ」と表記され、その製造方法、原料、特徴等から「こいくち」、「うすくち」、「たまり」、「さいしこみ」、「しろ」の5種類に分類されているそうだ。

「たまり」豆味噌を絞って抽出した液体。小麦は使わないかごく少量。「こいくち」たまり醤油の原料に小麦を配合して改良したもの。「うすくち」こいくちより麦を浅く煎り、仕込み時に麹の量を少なく、塩水の比率を高くし、酒を加えるのが特徴。「さいしこみ」仕込み時に塩水の代りに生醤油や醤油を用いる。「しろ」小麦が中心で大豆は少量、またはほとんど使用しない醤油らしい(日本醤油協会とかwiki他調べ)。

大豆と小麦と塩だけでつくるのが本来の醤油

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「本来、大豆と小麦と塩だけでつくるのが醤油です。これだけで『旨い醤油』を造るのが私の目標です。工場ですぐに造れるものではなく、再仕込は4〜5年かかるので、自分が生きている間に、あと何回造れるのかという長いスパンの世界で、毎回がこれっきりの勝負なのです。」

「そんな自分の姿を見て子供たちが引き継いでくれると嬉しいですし、引き継げるように自分のできることはできる限りやっています。この蔵と桶があることで、日本全国からお客様が尋ねて下さるようになり、ファンの方も徐々にですが、増えていて、購入して下さった方の約6割がリピーターになって下さっています。私どもの醤油づくりを通じて、お客様と生産者の双方向の顔の見える良い関係が育ちつつあります。有難いし、嬉しいですね。」

ご自宅で使われている醤油の原材料表示をご覧頂きたい。一体、何が入っていますか?醤油は大豆と小麦と塩だけでつくられてきた醗酵調味料ですよ。

別の醤油工場の工場長さんから伺った話だが、

「本来、菌で発酵してつくっているのだから、カビが生えるのは当たり前なんだけどね。おかしな世の中に成ったね。入れたくはないけど、上から言われれば、仕方がないよ。ウチのように自社工場で醸造しているところはまだ良心的だよ。今は、ウチみたいな小規模な工場は、自前で作っても割に合わないので、大手から原料用醤油を買って、味付けだけして、レッテル貼って売ってるところも多いからね。」とのこと。

何と、醤油も日本酒の桶買いと同じシステムに成っていたのだ。

タンクで大量生産している醤油工場では3ヶ月程で醤油ができる。人間の味覚は口に含んで一番先に甘みが来ると、本能的に「旨い」と感じるそうだが、短期間で、単一、または数種類の菌だけで醸造するため、複雑な旨味が生まれないので、砂糖やうまみ調味料、切れ味と香りを出すのにアルコールを加え、カビが生えたとクレームが出れば、全品回収で、その上、悪評判が立つと商売ができなくなるので、保存料も添加するそうだ。

木桶仕込の醤油づくりも仕込桶づくり絶滅寸前

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杉桶仕込の醤油づくりも仕込桶づくり絶滅寸前である。ホンモノのよさを理解して、買い支える消費者がいないと存続できないのである。実直な醤油蔵さんのことももっと多くの人々に知って頂きたい。

「というような訳で、律ちゃんからは何も聞いておられないとは思いますが、名誉なし、権威なし、賞金なしの三なしコレゾ賞を受賞して頂けませんか?」と、コレゾ財団・賞の趣旨をご説明し、受賞のお願いをしたところ、

「おもしろい取り組みですね。うーん、表彰式の日程は、お歳暮シーズン真っ最中ですが、なんとか都合を付けて出席したいと思います。ドレスコードは自分らしい服装ですか?それなら、かぶりものでもいいですか?」と承諾して下さった。

ー 受賞者の中にはかぶりもの道を極めようという方もいらっしゃるので、心しておいて下さい。

「それは手強いですが、楽しみですね。ハハハハ。」

COREZO(コレゾ)「絶滅寸前の杉の仕込み樽も造ってしまうゾ、小豆島伝統の醤油造り」である。

だったのだが…。

追記、後日談

木桶職人復活プロジェクト

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2013年9月、山本さんが、仲間と新桶をつくるという話を聞き、日東醸造の蜷川社長とご一緒に小豆島に再訪した。

今や、木桶で醸造される醤油は全生産量の1%以下で、その仕込桶をつくれる業者は、大阪府堺市の藤井製桶所1社を残すのみ。実際に、藤井製桶所で醤油屋が新桶をつくったのは、戦後、ヤマロク醤油さんだけだそうだ。

今ある木桶を補修して漏れ止めしたり、組み直して使っても、木桶の寿命が多少延びるだけで、このままでは50年~100年後に木桶でつくるホンモノの醤油が、この世から消えて無くなってしまうのである。

そんな危機感を持ち、今、自分たちが美味しい醤油を木桶で醸し、お客様の食卓にお届けできるのは、100年以上前のご先祖様が木桶を作ってくれたおかげで、自分たちも新しい木桶を作り、子や孫の世代に本物の木桶仕込みの醤油を残したいと願い、2013年、山本さんは、『木桶職人復活プロジェクト』を立ち上げられた。

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昨年(2012年)、藤井製桶所での短期間の修行で制作過程を学んだそうだが、今回は自分たちの手で、仲間の皆さんの協力、桶師の師匠である藤井製桶所の上芝 雄史(うえしば たけし)さんのアドバイスも受けながら、9月には、小豆島で新桶を組み上げ、見事、完成された。

師匠からもお褒めの言葉をもらったそうだ。

心からの拍手を送りたい。

COREZO(コレゾ)「絶滅寸前の木桶職人復活プロジェクトを成功させ、ホンモノの醤油を醸造用の木桶から造れる、世界で唯一の蔵元」となった。

山本 康夫(やまもと やすお)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

受賞者がつくるホンモノの醤油のネット通販

140423ヤマロク鶴醤

COREZO.netストアYahoo!店

COREZO.netストアbase店

COREZO(コレゾ)賞 事務局

2013.09.21最終取材

2012.10.初稿

2015.02.05.更新

文責 平野龍平

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