澤田 薫(さわだ かおる)さん

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COREZO(コレゾ)「五代目が一徹に守ってきた昔ながらの甑、和釜、麹蓋による伝統的な酒づくりを引き継ぎ、そこに薫風を吹き込む、ママ蔵元」賞

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澤田 薫(さわだ かおる)さん

プロフィール

愛知県常滑市

清酒白老醸造元 澤田酒造株式会社 社長

受賞者のご紹介

澤田 薫(さわだ かおる)さんは、愛知県常滑にある澤田酒造の社長。2015年10月、お父さまの研一さんから引き継がれた。

この会社を次の世代に残していくための役割を果たしたい

―ずっと家業を?

いいえ、大学を卒業してから、「食」に関する仕事がしたかったので、こだわり商品を取り扱っている地元のスーパーマーケットに3年半、勤めて、菓子やチーズの担当を経て、販促の部署でチラシや広告をつくっていました。

―社長を引き継がれて如何ですか?

まだまだ、父には遠く足元にも及びませんが、両親も健在ですし、夫にも助けてもらって、周りの皆んなの力総動員ですが、この会社を次の世代に残していくための役割を果たしたい、と思い、社長業を継ぐことにしました。今年、創業168年ですが、まずは、節目の創業200年を目標に、精一杯頑張りたいと思っています。

―元々、お継ぎになるおつもりだったのですか?

そうですね、両親は何も言いませんでしたが、私は、一人っ子だったし、お酒もお酒の文化も好きだったので、自分が継ごうとは思っていました。9年前に家に戻り、たまたま、ご縁があって、夫と出会い、君が家業を継いで社長になるなら、自分が全力でサポートをする、と云ってくれて、結婚しました。

両親が健在なうちに社長を引き継いでおいた方が良い、というアドバイスもあって、昨年(2015年)、引き継ぎました。

近年、日本酒を取り巻く状況は厳しく、当社もその中にあり、決して順調とは言えませんが、2年前から業績が回復し、石高も売り上げも徐々に増えています。

より分かり易く伝えられる商品開発や情報発信への取り組み

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―どういうことに取り組まれたのですか?

これまでの白老の伝統は守りつつ、今の若い世代の消費者にも手に取って飲んでいただくにはどうすれば良いかを考え、より分かり易く伝えられる商品開発や情報発信に取り組みました。

この純米大吟醸もこの2~3年で発売した新商品の一つなんですが、今まで、酒米では最高峰である兵庫県の山田錦の中でも、一番いいと云われている地域のものを使ってきました。でも、それをどこにも表示していませんでした。それは、隠れた美学といえるかもかもしれませんが、一方で、打ち出し方が上手くなかったとも云えます。

私どもの商品には、味を重視したブレンド酒が多く、わかる人にはわかるのですが、今の若い世代には、それよりも「今年つくった高品質のお酒」と云った方が、響いて下さるんですよ。

お酒のシングルモルトともいえる個性のあるお酒

なので、ウィスキーもシングルモルトとブレンドがありますが、まず、単一のお米でお酒のシングルモルトともいえる個性のあるお酒を開発しました。

また、古酒の在庫も多かったので、主にブレンド用に使って在庫をなくし、商品の回転を速くして、新しく仕入れたお米で仕込んだお酒をどんどん販売できるようにしました。

実は、酒蔵は、仕込むお米を前払いで買うので、その年に仕込んだお酒を早く販売する方が、資金繰りも良くなる仕組みにもなっています。

経営理念や経営方針の作成に着手

伝統を守ると云っても、今の杜氏さんと昔の杜氏さんでは、つくるお酒も違っていて、杜氏が替わると、同じ製法でつくっても、味は微妙に変わります。この2~3年、多少無理をしたのですが、品質の安定化と生産の効率化を図ると共に、もっと人の手を掛けたいところに手を掛けられるよう、設備投資もしました。

また、今までは父のセンスを頼りに経営してきたのですが、経営理念や経営方針がなかったので、若い従業員にも分かり易いようにそれらの作成にも着手しています。

ブレンドによってより安定して、より美味しいお酒にするのも酒造りの大切な技術

―数多い商品群は、ブレンドでつくっておられたのですか?

大吟醸でも、今は、精米率40%のお酒だけに絞ったのですが、かつては、50%のお酒も造っていて、1ランク下の商品には40%に50%のものをブレンドしていたんです。それは、50%の味をよくするために40%を混ぜていたんですが、そうすると、50%としか、表示できないんですよ。お客様にその真意が伝わっていないうえに、2種類をつくるのは負担も大きいので、より味も品質も高い方を残しました。

でも、ブレンドによってより安定して、より美味しいお酒にするのも酒造りの大切な技術なんです。なので、その技術を絶やさないためにもブレンド酒もしっかり残しています。

構造改革への取り組み

―ブレンドしないシングルのお酒の販売は伸びていますか?

おかげさまで、伸びています。弊社では、10年前ぐらいは、量を販売するための醸造用アルコールを添加したお酒が主力でした。それがじり貧になるのはわかっていたのですが、地元消費者の皆さんのニーズが大きかったので、簡単に構造は変えられませんでした。数年前に主要取引先だった地元の問屋さんが倒産してしまったということがあって、ようやく、自分たちの考えで、構造改革に取り組めるようになりました。

酒造りの歴史が古いということは、それだけしがらみも多いということで、そこそこの量がある古い取引は、なかなか変えられないものですが、徐々に、徐々に、純米酒に切り替えて、そちらを伸ばしてきています。

地元のお米を使った純米酒に注力

今、特に力を入れているのが、地元のお米を使った純米酒です。父が同級生の農家の方に頼んで「若水」と云う品種の酒米をつくってもらったのを契機にして、他の地元の酒蔵さんでも契約栽培米を使った酒づくりが拡がっています。

麹蓋や甑を使った酒づくりをもっとわかり易く伝えていきたい

―一昔前とは、お酒の嗜好も様変わりしているんですね?お酒にしろ、ワインにしろ、どこに行っても、食材や料理に合う地元のお酒があって、それが旅の楽しみでもあると思うのですが?

そうですね。そうありたいと思っていますし、ナショナルブランドではなく、地方にある酒蔵ならではの魅力を表現できるのが地酒だと思うので、それを絶やしたくないのですが、葛藤はあって、誰がどこで飲んでもおいしいと思うお酒を造るべきだ、という意見もあります。

―いいものをつくったからといって売れる時代ではなくて、その商品の裏側にある背景とか、生産者の想いとか物語を上手く伝えているところにファンも多いようですが?

その通りだと思います。私どもも、これまで当たり前にしてきた、麹蓋や甑を使った酒づくりを消費者の皆さんにもっとわかり易く伝えていきたいと思っています。

女性が取り組む酒づくり

―女性の杜氏さんや酒蔵の社長さんが増えているようですが、女性目線と男性目線で酒づくりは変わりますか?

確かに増えていて、今まで酒づくりは男性が中心でやってきたので、世間やマスコミからは、特別な目で見られがちですが、女性の杜氏さんや酒蔵の社長さんとも一緒に話す機会もあって、女性ならではのことを何かやっているかというと、皆さん、口を揃えて、そんなことはしていない、とおっしゃいます。力強い男性的なお酒を造る女性杜氏もいらっしゃるので、個人的には、男性も女性も一人、一人個性が違うように、その違いしかない、と思っています。

若い世代の消費者に飲んでもらい易い環境を整えるのは、女性の方が多少は得意なのかな、とは思いますが、男性の経営者の方でも上手な方は、上手ですから、それも、一概には言えないと思います。

地道な活動を継続するのは、大事なこと

―毎年、酒蔵開放等も開催されていますね?

はい、年に1回、2月の終わり頃に、酒蔵開放のイベントを開催して、多くの皆さんに訪れて頂いています。その他にも、「白老の新酒を楽しむ会」を開いたり、2ヵ月に1回ぐらいのペースで開催されているのですが、愛知の伝統野菜や知多半島で採れるお野菜、日間賀島のタコや新鮮な魚介類を使った料理と私どものお酒を味わって頂く、「旬感in知多半島」と云うイベント他にも参加させてもらっています。

今年、醤油サミットが碧南で開催されるのに合わせて、色々なイベントも開催されていて、その中の一つに参加させてもらったのですが、しろしょうゆやしろたまりの情報発信を熱心にされていて、他業種ながら、地道な活動を継続するのは、本当に大事なことだな、と実感しました。

他との差別化をどうしていくかが課題

―今後は?

小さな子供が2人いて、その世話にも追われているので、目の前のことだけで精一杯で、今後の展望を語れるような余裕がないというのが実情なんですよ。

―社長業と母親業の両立は大変ですよね?

両立なんてとてもできません。なかなか外には出れないので、夫には外回りの仕事をやってもらっていますし、母には育児を手伝ってもらっていますし、皆んなの助けで何とかやっているような状態です。

日本酒の業界は、量産品とこだわりのお酒という、二極化が進んでいます。以前より、私たちの伝統的な製法のお酒は味がいいと評価が高かったのですが、地方の地酒蔵がものづくり補助金等を利用し、設備を拡充して、味や品質のレベルがぐんと上がっているので、今後は、他との差別化をどうしていくかが課題になって来ています。

私どもは、小規模な蔵なので、当然、経営者サイドも製造に関わりますが、基本は、製造現場の社員達の判断を大事にし、やる気と個性を引き出すことができるマネージメントを心掛けて、さらに美味しい酒を造っていきたいと思います。

また、ここ1~2年、産業観光と云う言葉が出てきて、酒蔵見学の需要もぼつぼつ増えつつあります。これから日本の人口は増えないので、外国の方々にも手に取って飲んでいただくことにも取り組んで行かなければなりません。

かといって、すぐに海外に輸出するというノウハウも体力もないのですが、ご縁があって、台湾の業者さんとの 取り引きを始めました。これからも、顔の見えるところで、徐々に増やしていくつもりです。

この先、切実な問題は、酒づくりの道具や原材料をどうするか

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私たちが酒づくりに使っている伝統的麹蓋や甑は木製で経年劣化していくので、使い続けるには、修理が必要なのですが、この近辺には、その職人さんがいなくなってしまいました。今は、大阪のウッドワークの上芝さんに依頼しているのですが、2020年には引退されると伺っているので、その先、道具をどうするのか、切実な問題を抱えています。

上芝さんの下で修業された小豆島のヤマロクさんが醸造用の桶をつくり始められて、全国の桶作り職人さんや、桶でしろたまりをつくっておられる日東醸造の蜷川さんたちも応援に行っておられると聞いています。私たちも駆け付けて勉強しておきたいのは、やまやまなんですが、とても手が離せない状態で、ご縁があって、そこに行っておられる若い職人さんと知り合うことができたので、繋がっておきたいと思っています。

それに、原材料の地場産の酒米も父の知り合いの農家さんに後継者がいらっしゃらないので、つくって下さる方を見つけて育てていかなければなりません。

もう一つの柱の梅酒にしても、地元の在来種の「佐布里梅」をつくって下っている方はもう80歳を越えておられる高齢者の皆さんなので、こちらも後継者をどうするかという課題があります。

伝統的な酒づくりを続けていくには?

これらの難題を一つ、一つ、クリアにしていきながら、伝統的な酒づくりの良さをわかってくれる方を一人でも多く増やすことが、伝統的な酒づくりを続けていくことにつながると思っています。

―伝統的製法を守っているつくり手さんのどこもが抱えている問題で、既に、桶をつくる道具をつくる職人さんがいないので、それをつくるところから始めなければならないそうです。とにかく、消滅する前に、それらを必要とする皆さんがつながっておくことが急務かと。

そうですね。消滅してからでは遅いので、困った時に助けてもらえるよう、私たちも何らかのカタチでつながっておきたいと思っています。

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COREZO(コレゾ)「五代目が一徹に守ってきた昔ながらの甑、和釜、麹蓋による伝統的な酒づくりを引き継ぎ、そこに薫風を吹き込む、ママ蔵元」である。

文責;平野龍平

2016.08.最終取材

2016.10.初稿

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