荒木 敏明(あらき としあき)さん/ふぐ卵巣ぬか漬「あら与」

COREZOコレゾ「自分に抱え込もうとすると、水は溢れ出し、外に押し出せば、水は自分のところに流れ込んでくると、郷土の伝統食品、ふぐ卵巣ぬか漬を守り続ける七代目」賞

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荒木 敏明(あらき としあき)さん

プロフィール

石川県白山市美川

株式会社あら与 代表取締役

ジャンル

伝統食品

食品加工業

経歴・実績

創業180年

受賞者のご紹介

2015年、「北前船寄港地フォーラム」というイベントが石川県加賀市で開催され、ご縁があって出席させてもらうことになった。「あら与」さんを調べてみると、ご近所ではないか、ということで、道畑センセにご紹介頂いて、訪問し、代表取締役の荒木敏明(あらき としあき)さんにお話を伺うことができた。

猛毒があるふぐの卵巣を食品に

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―猛毒があるふぐの卵巣をどうして食べるようになったのでしょう?

「飽食時代の今では考えられませんが、歴史的には、飢饉や食糧不足が繰り返されていて、いろいろ工夫して食べ物に変えていたのだと思います。また、冷蔵技術がなかった時代に長期保存のために、塩蔵や乾燥、燻製、醸造などの加工技術、食文化が発展したのだと思います。なまこも最初に食べた人は勇気がいったでしょうね。」

「ふぐも朝鮮出征の際、一旦下関へ集められた兵たちは諸国から来ているので、ふぐの毒を知らず内臓も煮て食べて命を落とす者が続出して、ふぐ禁止令が出ましたが、隠れて食べている人も多かったと思います。どうすれば食べられるか?いろいろ試したんでしょうね。」

北前船が果たした功績

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「ふぐ卵巣ぬか漬とあら与を語るには、この美川(現:白山市美川 旧名称:本吉)の地と北前船を抜きにしては語れません。ご存知のように、北前船は、江戸時代から明治時代にかけて、隆盛を極めた商業船です。春に大阪を出航し、冬の間は日本海が荒れるので、秋には戻ってくるという長い航海で、年一往復の就航でした。」

「大阪から瀬戸内、山陰、北陸を経由して、北海道に荷物を運ぶ当時の重要な流通手段でした。また、商品を運ぶだけではなく、寄港地で仕入れた商品を売り、さらに商品を仕入れて、別の寄港地で売るという現代の商社的な経営が特色で、北海道からは、ニシンの搾りかすや、海産物を、西日本・北陸からは、米・わら、酒などを積み出していました。」

「北前船の最大の交易品が、当時、北海道で大量に取れたニシンで、春先にはニシン漁で賑わったようです。大阪の綿花等、作物栽培が西日本で盛んになったのは、北前船が大量にニシンを運び、肥料として安く供給できたからだったと云われています。また、北前船がこの石川県の美川町を含む日本海沿岸にもたらした大きな食文化の一つに昆布があります。昆布は北海道から大量に持ち込まれましたが、この昆布の利益が明治維新で大きな役割を果たしました。」

「豪商の高田屋嘉兵衛が函館と千島を結ぶ『千島交易ルート』を開き、昆布が沖縄など各地に大量に運ばれるようになりました。当時、本吉(美川港)でも海運業が盛んで、町も大いに栄え、紺屋三郎兵衛の他、本吉の船主達は、毎年、加賀藩に多額の御用金を献上していたので、明治維新後、しばらくこの美川に県庁が置かれていたこともあります。」

ふぐ卵巣の糠漬けはいつごろから食されていた?

―ふぐ卵巣の糠漬けはいつごろから食べられていたのでしょう?

「私が調べたところでは、約170年前に佐渡から美川に原料のゴマフグが荷揚げされたという記録が見つかり、今のところ、それが一番古いものです。その頃からふぐ卵巣のぬか漬けがあったのでないかと推察できます。」

―この石川県しかない食文化なのですか?

「石川県でも、この白山市美川地区、金沢市金石地区と輪島市です。佐渡にも1軒残っていますが、そちらでは塩漬けせず、最初から糠漬けにするので、少し生臭さが残るというか、風味が異なります。」

ふぐ卵巣の糠漬けのつくり方

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―つくり方は?

「5~6月にかけて、日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、取り出した卵巣に約30%もの食塩を加え、タンクに漬け込みます。1~1年半かけて塩蔵し、水洗いして表面の塩を除いた後に糠、米麹、唐辛子等とともに一斗樽に入れ漬け、重しなどで木の蓋を押さえて空気に触れないようにし、イワシから作ったいしるを縁から注ぎ入れながら、約1年間漬け込んで商品になります。」

減毒化するメカニズムは未だ解明されていない

―毒性はどのようにして減るのでしょうか?

「1年間の塩漬け後には30~50MU/gまで下がります。塩漬け期間に卵巣から水分が抜けていきますが、その時に大部分のテトロドトキシンが一緒に抜けていったと推測されます。その後、1年半から2年以上糠漬けにされ、毒性検査を経て出荷されます。石川県の基準では10MU/g未満なら安全と見なし、食用が許されます。当社の場合、更に厳しく、5マウス未満をクリアしています。1マウスユニット=1MU/gというのは、1g中に体重20gのマウス1匹を死亡させる毒性を持つことを表しています。」

「しかし、現在のところ、ふぐ毒であるテトロドトキシンがどのように減少していくのかは、まだ科学的に解明されていません。塩漬け、糠漬け期間中に、テトロドトキシンは水分と一緒に抜け出ていくと考えられます。抜けていくだけであれば、塩漬けの塩水、糠漬けの糠の中に相当量のテトロドトキシンが残っていなければなりませんが、総毒量は製造前と糠漬け1年後では約10分の1に減少しているため、微生物の乳酸菌による『発酵』によって、糠漬け中に残っているテトロドトキシンが分解され、毒量が減少するのではないかと考えられています。また、テトロドトキシンの非生物学的な構造変化によって毒量が減少する可能性も残っています。」

毒性検査済みの製品では無事故

―今まで事故が起こったことはありませんか?

「残念なことに、2005年、輪島市の朝市で販売されたふぐ卵巣の糠漬けによる食中毒事故が起こりましたが、原因となった糠漬けの加工業者は無免許で、漬け込みも1年半しか行っていなかったことがわかっています。それ以外、過去も現在も中毒事故は起きていません。」

「私の父親はこの貴重で伝統的な食文化を残すため、役所やその他に奔走しました。他の同業者にも呼びかけて『社団法人石川県ふぐ加工協会』を昭和55年に結成し、毒性検査済みの製品にはこの『社団法人石川県ふぐ加工協会』のラベルが必ず貼られています。」

雑誌の取材が注目を浴びるきっかけ

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―こんなに注目されるようになったのは?

「平成10年にある雑誌に当社のふぐ卵巣の糠漬けの記事が掲載されたことがきっかけになって、TVを始め、あらゆるメディアで取り上げられるようになりました。それ以来、東日本大震災等で伸び悩んだ時期もありましたが、概ね、右肩上がりで推移しています。」

「こうして自分に抱え込もうとすると、水は溢れ出していくが、外に押し出せば、水は自分のところに流れ込んでくる、といつも父親が言っていました。今は、その意味がよく分かります。そういう気持ちで、『社団法人石川県ふぐ加工協会』を結成したのだと思います。自分のところが一人勝ちすれば、同業他社さんとの切磋琢磨もなくなり、当社がダメになれば、この食文化は消滅してしまいますが、何社も残っていれば、後々まで残せていけるんです。これからもそういう気持ちで、この食文化を守っていきたいと思っています。」

お酒飲みにはたまらない珍味である。猛毒のふぐ卵巣を食べれるようにしたのも凄いが、伝統製法を守って作り続ける努力にも敬意を払わずにいられない。

COREZOコレゾ「自分に抱え込もうとすると、水は溢れ出し、外に押し出せば、水は自分のところに流れ込んでくると、郷土の伝統食品、ふぐ卵巣ぬか漬を守り続ける七代目」賞

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、一切、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

初稿;2015.11.25.

最終取材;2015.11.

最終更新;2015.11.25.

文責;平野 龍平

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