西宮 登喜男(にしみや ときお)さん/土葺き瓦葺・綿内瓦工業

COREZO(コレゾ)「いくら腕を磨いても技術だけでは伝統の技は残せないと、人との付き合いも大切にする土葺き瓦葺職人」賞

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西宮 登喜男(にしみや ときお)さん

プロフィール

長野県長野市綿内

株式会社綿内瓦工業 代表取締役会長

瓦葺き職人

ジャンル

住まいづくり

土葺瓦

受賞者のご紹介

土葺き(どぶき)

西宮 登喜男(にしみや ときお)さんは、長野県長野市にある株式会社綿内瓦工業の代表取締役会長で、今や、数少なくなってしまった土葺き(どぶき)が出来る瓦葺き職人さんでもある。

2013年、長野県小布施に初めて訪れた際に、ご案内頂いたカワラマンこと、瓦職人の山田脩二さんから、小布施は修景事業で、古い瓦も大切に残して使っていて、昔ながらの瓦を焼けるように、だるま窯まで作っていることや、北斎美術館前の傘風楼というレストランの大きな窓から眺められる桝一市村酒造場の酒蔵を改装した蔵部の屋根は土をのせて葺いた土葺きで、この辺りにはそういう仕事ができる職人さんも残っている、ということを教えてもらった。

で、同席しておられた株式会社修景事業の金石 健太(かねいし けんた)さんと西山 哲雄(にしやま てつお)さんがその方をご存知だとのことで、ご紹介頂き、長野市綿内の株式会社綿内瓦工業を訪ね、お話を伺うことができた。

瓦と葺き方の基礎知識

はじめに、瓦と葺き方のおベンキョー。

「本瓦」と「桟瓦(さんがわら)」の違い

「本瓦葺き」とは、飛鳥時代頃(592〜710)に中国、朝鮮半島を経て伝わった平瓦と丸瓦を交互に用いて葺いた屋根、またはその葺き方で、重量が重く、頑丈に造られた寺院や城郭等に葺かれていた。

1600年代後半になって、断面が波形で、一隅または二隅に切り込みがある平瓦と丸瓦を一つにまとめた「桟瓦(さんがわら)」が登場して、軽量化とコスト低下によって、瓦が一般住宅にも広がったと云われている。

「土葺き(どぶき)」とは?

「土葺き(どぶき)」工法とは、瓦を「葺き土」に接着させ、屋根を葺き上げる工法で、「引掛桟葺き工法」は、横桟木を野地に釘打ちし、瓦をその桟木に引掛けて葺き上げる工法である。

和瓦の種類

和瓦は、粘土を成形し、高温で焼き上げてつくられ、釉薬(長石、灰、粘土、色素等からつくる)を塗布して焼いて、表面に色付けしたガラス質の釉薬層のある「釉薬瓦(陶器瓦)」、釉薬を使わずに焼き上げた「無釉薬瓦」、焼成の最終段階で瓦をいぶし、表面に炭素を主成分とする皮膜を作った「いぶし瓦」等の種類がある。

土葺き(どぶき)が出来る瓦葺き職人さんは今や希少

ー 代々、屋根屋さんをやっておられるのですか?

「そうです。私で三代目です。」

ー 土葺き(どぶき)が出来る瓦葺き職人さんは全国的にも少なくなっていると聞いているのですが・・・?

「この辺り、長野県では、ウチの他に1社あるかないかでしょう。全国的には、土葺きができる屋根屋の組合というものはなくて、日本伝統瓦術保存会というような国宝や文化財を修復、復元する職人さんの団体があり、名簿を見る限り、京都、奈良を中心に会員は40名弱のようですね。」

ー 西宮さんはお父様から習われたのですか?

「いいえ、父は土葺きをやっていませんでした。私は、学生時代から夏休み等には手伝っていましたが、卒業して、家業を継ぐ為に、当時、日本一と云われていた愛知県の瓦屋根屋で3年間、修行しました。名古屋城や岡崎城を手掛け、社寺の現場も多かったので、2年間は親方について、仕事を覚え、3年目からは、実際に一般住宅で葺かせてもらって、結果的に、土葺きの技術も身に付けました。

土葺きが衰退した原因とは?

「まず、重量ですね、土を置くのでどうしても屋根が重くなります。それから、明治の初期に、瓦の裏に桟木に引っ掛ける爪のような突起と安定するようにコマを付けた引掛桟瓦が開発されて、屋根に土を載せなくても取り付けた桟に引っ掛けるだけなので、作業性が向上し、引掛桟葺きという工法が普及したことでしょうね。」

「今、姫路城の修復工事をしていますよね、予算が限りなくあれば、修復前に徹底的に調査をして、窯跡なんかが見つかれば、その窯を復元して、その土地の土を使って、そこで瓦を焼くということもあったと聞いていますが、多分、予算の関係もあって、伝統的建造物の瓦を一手に引き受けて焼いている(瓦師の山田さんによるとガス窯らしい)瓦屋さんがあるので、そこの瓦じゃないかと思います。」

瓦屋根の長所とは?

「板金(トタン等)だと、その1列をそっくり替えることになりますが、瓦は、1枚割れたら、その1枚だけの差し替えが利くところが、瓦屋根の良さでしょうね。」

醸造は屋根も関係する⁉︎

ー 三河の日東醸造さんという醤油屋さんの醤油蔵は、古い元酒蔵なのですが、雨漏りするので、屋根屋さんに診てもらうと、昔のサイズの大きな瓦で、今では作っているところがなく、全面葺き替えになって費用も高額になるといわれたそうですが?」

「規格品ではないでしょうね。小ロットでも焼いてくれるところを探さなければなりませんし、葺き替えを勧めたのでしょう。しかし、酒蔵や味噌蔵、醤油蔵さんは、醗酵や醸造に温度や湿度が関係してくるので、葺き替え工事をやるなら、その蔵が建てられた頃の工法でやった方がいいと思います。」

「ウチも請負ったことがあるのですが、今の工法で酒蔵の全面葺き替えをやったら、室内温度や環境が変わってしまって、全く同じ酒は作れなくなったそうです。室温だけなら、断熱材を入れることで近い環境に出来るかも知れませんが、他にも要因があるかもしれないので、検証してみないとわかりませんね。」

ー 昔ながらの伝統的製法を守っている醤油蔵さんでは、蔵に棲みついた何十種類もの菌が、醗酵の手助けをして、その蔵独特の風味を醸し出しているそうです。屋根や壁の場所によっても棲みつく菌が違うそうなので、断熱材に土と同じ菌が棲みつく可能性は低いでしょうね。

「そうなのかも知れませんね、ウチで葺き替えをしたのは、結構大きな蔵だったのですが、思い通りの製品が出来なかったようで、仕込み蔵としては役に立たなかったのか、結局、潰してしまわれましたよ。」

屋根が軽くなると構造材も細くなる⁉︎

ー 土葺き瓦屋根の重量が重いということですが、阪神淡路大震災で瓦が落ちてしまった家屋がクローズアップされて、瓦業界は大打撃を受けたと聞いていますが、本来、瓦は、地震の際に落ちることで建物を守っていたのではないのですか?その証拠に、法隆寺は瓦葺きですが、建立されて1400年以上を経て、その間に何度も地震にも遭っていると思いますが、現存していますよね?

「そうですね、木組みの構造も使っている材から違いますし、重い本葺きの屋根を載せる前提で建てられているので、今の家とは比較できないと思います。」

「最近の傾向は、予算がないという理由で、屋根を板金にすると、もうギリギリまでコストを削っているので、構造材も細くしたり、軽い板金屋根を保たせるだけの強度でしか建てないんですよ。そうすると、将来、施主さんに余裕ができて瓦屋根に葺き替えようと思っても、引掛桟葺きの今の工法でも躯体が瓦の重さに耐えられないので、できないのです。肝心な構造材、躯体のコストも削ってしまっていることが一番大きな問題だと思います。」

土葺きと引掛桟葺きの費用の違い

「引掛桟葺きだと、瓦さえ屋根に上げてしまえば、後は職人ひとりでも葺けるのですが、土葺きの場合は、最低でも、土を上げる職人、高さを調整しながら土を置く職人、瓦を葺く職人が要ります。瓦の材料代が同じとしても、手間賃がそれだけかかるので、トータルで4倍ぐらいになってしまいますね。」

土葺きの土のつくり方

「葺き土というのですが、粘土質の土葺きに適した土を見つけて、掘って山にし、2〜3年は放置しておいてから、土を練ります。粘度が高すぎる場合は砂を入れて調整します。土壁で使う土と同じように、スサ(藁くずや麻くず)や石灰等を混ぜます。土壁より粘度は低いように思います。」

「ただ、今では、新築で土葺きの工事はほとんどないので、修復や復元工事では、屋根に載っていた葺き土を下ろして再利用しています。ウチでは、土をこねていた親方が亡くなったので、土のことをこの辺ではベトというので、ベトコンさんと呼ばれているのですが、左官屋さんが使う土を扱う業者さんがあって、そこに土を持ち込んで、練り直してもらっています。」

土葺き現場の年間件数

「残念ながら、1棟あるかないかでしょう。数を経験しないと覚えられないので、それだけ何年もかかってしまい、後継者の育成も厳しいのが現状です。」

「もう、新築住宅市場に於いては、土葺き屋根はもう危機的な状況ですね。ウチでもこの20年ぐらい、復元、修復工事以外では、新築住宅で土をのせた記憶がありません。」

日本伝統瓦術保存会でさえも、伝統工法の見直しをしている現実

「瓦葺きも工業化、合理化が進んでいて、色目のバラつきもほとんどありませんし、寸法も揃っていますが、我々が修行した頃は、燻し瓦だったら、焼きムラが必ずあったので、屋根に仮並べをして、まばらに出た色の瓦を抜き、それは裏側とか下屋とかに使って、屋根の色目を合わせたり、寸法も微妙にちがっていたので、横足といって、瓦の横方向の長さ、流れは、縦方向の長さを1枚ずつ全部測って、上下左右の瓦の重なり具合を調整し、瓦の通りを同じ寸法に揃えて葺くという手間を延々と繰り返していました。」

「きれいに色目、通りが揃って葺けている屋根は、前段階でどれだけの手間を掛けているかということですよ。今の職人さんは、そんな現場がないから、覚えたくても覚えられないのが現状ですね。現実には、日本伝統瓦術保存会という団体でさえも、効果を残しながら、如何に軽量化するかに取り組んでいて、昔ながらの伝統工法の見直しをしているぐらいですから・・・。」

土葺きを残して行くには?

「うーん、誰かがやらなければいけないんですけどね、今、修行に出ている息子が戻ってくれば、そういうのも教えていかなければと思っていますが、そればかりにこだわってしまうと、今の社会のスピードについて行けなくて、企業としては立ち行かなくなる可能性もありますから、難しい問題なんですよ。」

「庭ひとつとっても、昔は、庭といえば松でしたが、生活様式が西洋型に変化して、日本庭園を造らなくなったからか、毎年、手入れに費用がいるからか、わかりませんが、松を植える家が少なくなっているそうですね。私たち、屋根屋も、そうした時代や消費者のニーズに対応できなければ、生き残れませんし、生き残っていければ、今、自分たちの持っている技術も引き継いで行けると思うんですよ。」

「信州の大手の味噌屋さんでも、最先端の液体味噌といった商品を開発する一方で、技術の伝承を伝承するために伝統的製法の味噌も例え小量であっても造り続けているそうです。そういうことなのかな、と思っています。」

屋根屋さんからの住まいづくりのアドバイス

ー 数少ない現役の土葺き瓦職人さんであり、屋根屋さんの経営者としてのお立場から、これから家づくりをされる方に屋根についてのアドバイスをお願いします。

「地震の時の心配をされる方が多いのですが、今の木造建築の技術で、瓦を釘で止める現代工法で葺けば、ほとんど心配することはありません。その証拠に、新潟の中越沖地震の後、ウチでもかなりの仕事をしたのですが、雪止めが脱落したのはあっても、瓦が落ちた家は1軒もありませんでした。」

「瓦は、自然の素材でできていますから、夏は涼しく、冬は温かく過ごせて、時代と共に変化をして味が出てきます。それに、日本の気候風土、生活習慣に根ざした建材ですから、瓦屋根の家で暮らしていると落ち着いた気持ちにもなれると思います。当初は予算がなくて、板金屋根にしていても、年を重ねて、余裕が出来たら、瓦屋根に葺き替えることも検討して欲しいですね。但し、構造材はケチらずに、しっかりした躯体にしておいて下さい。」

「今では、ハウスメーカーの家が主流になって、大壁でクロスを貼ってみんな囲ってしまって、材木が見える家って滅多にないですよね?大黒柱を入れる人もいなくなったし、表に出ているのは、床柱ぐらいでしょうか、中に使っている材木も貼り合わせばっかりですしね。瓦だけでなくて、ああいうのもどうなのかと思うところもあります。」

目先のシステムキッチンより躯体や屋根

ー ハリボテの家にホンモノの瓦はなかなか似合わないし、そもそも、そういう家を選ぶ人が、瓦を選ぶとは考え難いですよね?

「家を建てるのにも、勉強したり、考えたりしなくて、全てハウスメーカーおまかせで、楽をして、安いとか、早いとか、そんなことばかりを優先して、クロスの色や柄、システムキッチンには多少興味があっても、躯体や屋根はおかまいなしっていうご時世ですね。」

消費者側だけの問題ではない

ー TVCMで流れている商品がエラくて、スーパーの特売で安ければ、醤油にヘンテコリンなものが入っていても気にならないのと同じですよ。消費者の意識が変えなければ、瓦屋根の復権もないのでは?

「決して、消費者側の問題だけでもなく、地場の大工さんも、オレは、職人だからと、どこかしら横着で横柄なところがあって、営業もしないし、お客さんの要望もよく聞かないし、アフターにもすぐに行かないとかそういうこともあったと思うんですよ。そういうところをハウスメーカーは上手くやったので、消費者の心を掴んだのだと思いますよ。最近、ようやく、そこそこ仕事をしている地場の工務店も現れてきましたが、そういうところにも力を入れているようですね。」

「我々も、昔は腕を磨いて技術さえあれば食っていける、って言ってたもんですが、今では、いくらいい腕を持っていても、きちんと人付き合いが出来なければ、ダメなんですよね。色んな人と知り合って、上手く、幅広く付き合いをしなければ、仕事の幅は広がらないし、社業も大きく出来ません。」
COREZO(コレゾ)財団・賞の趣旨をご説明して、受賞のお願いをしたところ、承諾して下さった。

 

基本がきっちりできて、それをすべてやった上で次がある

土葺きの瓦屋根も経済と効率を最優先する現代社会から取り残されてしまったようだ。西宮さんがおっしゃるように、時代や消費者のニーズに対応して、生き残らなければ、伝統技術残していけないのかもしれない。今では、国宝や重要文化財クラスの建造物の屋根も当時と同じ材料、技術では修復ができなくなっているそうだ。時代に応じた技術の革新は必要であろうが、合理化という名の下の簡略化は如何なものか?伝統技術を守っている職人の皆さんが口を揃えておっしゃるのは、基本がきっちりできて、それを全てやった上で次がある、と。

市場の需要がなければ、技術があっても、誰も生産も、供給もしないし、技術も何も残らない。もはや、民間で技術を保持、継承するのは困難な状況のようだ。伝統産業、技術は、国や地域の貴重な財産でもある。国や行政は、伝統技術を持った職人を職員として雇用するなり、何らかの対策が急務であろう。

COREZOコレゾ「いくら腕を磨いても技術だけでは伝統の技は残せないと、人との付き合いも大切にする土葺き瓦葺職人」である。

初稿;2014.08.31.

最終取材;2014.07.

最終更新;2015.03.19.

文責;平野 龍平

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