伊藤 今朝雄(いとう けさお)さん/木挽きから手掛ける桶職人・桶数

COREZOコレゾ「定休日は元旦のみ、人の目はごまかせても自分の腕には嘘はつけない、原木から木を割り、木取りする、筋金入りの桶職人」賞

 

kesao-ito(いとう けさお)さん

プロフィール

長野県出身、在住

株式会社桶数 代表取締役

桶職人

ジャンル

伝統工芸

職人技

経歴・実績

1975年 父、伊藤数馬氏の元へ桶職人の弟子として入門

2005年 長野県卓越技能者(現代の名工)表彰

受賞者のご紹介

「森の名手・名人」?

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伊藤さんは木挽きから手掛ける今や数少ない桶職人さん。

2013年3月、2012年度COREZO(コレゾ)賞を受賞して頂いた馬場水車場の馬場猛さんが、「 」に認定され、東京で表彰されるという。

「何の賞か知りませんけど、そりゃー、お祝いせなあきませんね。」というようなことで、表彰式会場の江戸東京博物館ホールに出向いた。表彰者関係者ということで、控え室に通してもらって、馬場さんご夫妻と話していると、馬場さんの他に「森の名手・名人」と「海の名人」があとお一人ずつ表彰されるそうだ。

「森の名手・名人」は、公益社団法人国土緑化推進機構?が選定し、「海・川の名人」は、社団法人全国漁港漁場協会?と内水面漁業協同組合連合会?が選定しているらしい。

「森の名手・名人」で、「海・川の名人」ということは、「海・川には名人だけかい?名手はおらんのか?」と思うのは筆者だけではないだろう。

ちなみに辞書を引いてみると、「名手」は、すぐれた技量をもつ人。名人。「名人」は、技芸にすぐれている人。また、その分野で評判の高い人とある。これによると、スグレ度は、「名手」<「名人」のよーだが、類語辞典で調べると、「名手」は、「名人」よりも、ある専門的分野についての高い評価にいう。特に、高度の技巧を必要とすることを鮮やかにやってのける手並みを感嘆していう、とゆーことは、「名手」>「名人」となるやん?

将棋の名人は専門分野ではないんか?名人戦はあっても名手戦はないよなぁ?あれっ、「技量」と「技芸」の違いって何?「技芸」は、美術・工芸などの技術、とある。ほんなら、将棋の名人は名人とゆーたらあかんやん?んー、よーわからん。皆目、わからん

で、「森の名手・名人」は、昔から日本人が伝えてきた知恵や技(わざ)、心を、ご自身の体験や経験とともに先人達から受け継び、長年、森と関わり、森とともに生きてきた人たちが選定されるらしい。ま、そーゆーことなら、馬場さんが認定されてもよろしかろう。でも、ホンマは、「山・川の達人」なんだけどねぇ。ま、それは置いといて・・・・。

「聞き書き甲子園」

この他に、「聞き書き甲子園」というのがあって、日本全国の高校生が森や海・川の名手・名人を訪ね、知恵や技術、人生そのものを「聞き書き」し、記録する活動らしい。モチベーションを上げるのに、コンテストをするようだが、何でもかんでも安直に「甲子園」を付けるのは如何なものか?と思うのは筆者だけだろうか?

表彰式?を見ていた限りでは、何かで選ばれた高校生たちが、馬場さんたち名人を取材して、文章にまとめたのを審査して表彰するような?・・・、その取材した高校生の作品が優秀賞だか何かに選ばれてみたいな感じ?・・・、に見えた。ま、詳しくはよーわからんし、調べるのもメンドーなので、割愛。で、筆者の解釈が間違っていたらゴメンなさい、かつ、何の責任も負わないので、悪しからず。

進行役の話を聞きに来た訳ではない

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で、表彰式の後に、名人と取材した高校生の対談みたいなのがあって、進行役は、でしゃばり過ぎ、しゃべり過ぎのミョーにエバったオッサンと、影が薄すぎて、全く印象に残っていないアシスタントのおねーちゃんの2人組だった。

馬場さんの出番では、こっちは、馬場さんに密着取材して、根掘り葉掘り伺っているので、「それ、ちゃうやんけ!」、「えらそーにゆうんやったら、もっと調べてから来んかい!」と、ツッコミどころ満載だった。

もう1人の「森の名手・名人」、伊藤 今朝雄(いとう けさお)さんの出番では、進行役のオッサンは、以前から伊藤さんを知っているようで、さらに上から目線、自慢話のオンパレードで、「オッサンの話なんかどーでもええねん。伊藤さんの話をもっと聞きたいっちゅーねん!」状態だった。

終了後、会場に来ていた馬場さんのファンの皆さんとご一緒に打ち上げをしたのだが、皆さん同じ意見だった。ま、これ以上は、COREZO(コレゾ)賞・財団の「他の否定・批判なし」主義に反するので割愛しまーす。

「誰も、進行役の話を聞きにきた訳ではありませぬ、進行役は、主役の名人たちの話の聞き役に徹しませう。」(カゲの声)

2013年7月、「桶数」訪問

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伊藤さんとは名刺交換をして、機会があったら、是非、仕事場を見学させて欲しい旨をお伝えしていた。2013年6月に木曽へ行く機会があり、メールをしたが、返信がなく、ダメもとで、電話をすると、「日曜だけど、午前中はいるからどうぞ。」とのことだった。

ナビによると、国道19号線沿いに「桶数」さんの店舗があるようだった。「おっ、あったゾ。」と、見つけたのはいいが、反対車線側で、そのまま進んで、トンネルに入ってしまった。引き返して、左折したら、一方通行で、向いから来た地元ナンバーの車に思いっきり失笑されてしまった。

「どうぞ、家内が出掛けてしまっているもんだから・・・。」と、伊藤さんがお茶を入れて下さった。

木挽き、木割りからやってる桶屋は数少ない

ー 日曜日なのに、お伺いして、申し訳ありません。

「いいよ、オレ、休むのは、正月の元旦1日だけだから。用があって出掛けたり、町の行事だの、冠婚葬祭だのって、仕事できないよね。そんなのは仕方ないから、休むけど、他に、することがない。遊びはしないし、趣味もない。仕事終わって、一杯飲むぐらいが、楽しみだ。正月だけは、ゆっくり寝て、起きたら、酒飲んで、また寝て、酒飲んで、寝たら、次の日からは仕事だ。」

「この辺りは、昔から木曽ひのきやいい木材の産地だったから、桶屋もたくさんあったんだけどね、もう数件しか残っていないなぁ。木挽き、木割りからやってるのはウチだけだと思うよ。」

一生の職業にする覚悟があるなら…

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ー 桶づくりは伊藤さんひとりでされているのですか?

「そうだよ。息子は今、京都に修行に出していて、最近、桶づくりを習いたいって、サラリーマンを辞めてきたのがいた。一生の職業にする覚悟があるならやってご覧よと、置いてやったんだけど、どうもヤル気があるように見えない。でね、職業でなく、趣味でやってたら、って云ってやった。」

「この前、森の名人の認定式の時に対談した先生に、あなたが修行した時代と違うんだから、同じようにしていたら、今の若い人は育たないよって、言われちゃったよ、ハハハハ。」

「一番注文の多いのは、寿司桶だとか、お櫃だね。ご飯はお釜からお櫃に移して、水分が適度に吸われて、ふっくら仕上がるというよ。」

「韓国からも注文が入るよ。つくり方を教えて欲しいと言ってくるけど、それは断る。いろんな日本の技術が海外に流失して、国益を損なっているからね。」

職人はつくっていくら

ー 1日に何個ぐらいつくれるのですか?

「1日にいくつって?時間をかければ誰でもできるよ。職人はつくっていくら。短時間でいかにちゃんとしたものをきれいに仕上げるか、それが一人前の職人と言われてきた。つくる作業に集中できれば、小さな桶だったら、1日に20個はつくるよ。」

小学校5年ぐらいから樹齢何百年かの大木を大鋸で玉切り

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「小学校5年ぐらいから、親父について、山に入って、木を切っていてたなぁ。樹齢何百年かの大木を大鋸で玉切りにするんだけど、太いから1回玉切りするのに30分〜1時間かかる。1本全部やるのに1日掛かりだよ。それが楽しくってね。しょっちゅう、やってたよ。多分、兄貴よりは上手かったと思うよ。」

「今ならチェーンソーだとか、機械を使うけどね、大鋸と比べると、切りシロが大きいので、木1本で玉1個分ぐらいムダにしてしまう。もったいないね。」

玉切りとは、立木の伐倒後、枝払いをし,木の特徴、必要な材に合わせて、木口と平行に必要な寸法に切断して素材丸太にすることだそうだ。

木挽き、割り子からやるワケ

「ウチが、木挽き、うん、割り子っていうんだけど、それからやるというのは、自分で原木から選んで、丸太を切って、割れば、桶づくりに適した材料が、他人任せにしないで、手に入れられるってことだ。」

「鉈(なた)で割ると、鉈を入れた目の通りにしか割れないから、木の性質上、次の工程の木取りで、削りつけをすると、これ以上狂いが出ないんだ。」

「木は生きているから、樹脂、アクがある。それが食べ物に移るとダメだから、桶に使うには、割った木を積んで、1年以上、天然乾燥させる。その都度、積み直して、まんべんなく日に当て、風雨にもさらす。雪に埋もれて、融けるとアクも一緒に抜けて行く。ここの気候も桶づくりに味方している。」

「人工乾燥した木の方が、鉋(かんな)の刃の通りがよく、作業もし易いが、香りが少なく、ご飯を入れて食べたときに全然違う。昔ながらの桶屋、職人って、いい物を作るためには、前段階に時間をかけるってことだね。」

「木曽の木材って、風雨にさらされて、日に焼けて真っ黒になっていても、削り出してやれば、きれいな木肌がちゃんと出てくる。」

割った木と製材した板の違いとは?

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「正座して、『へそ』という道具を使って板を固定し、木取りをする。板の曲面を『銑(せん)』という道具で削り出す。鉋を当てる前に、木のねじれとか、いろんな悪い所を落としていく作業だけど、慣れるまで大変だったね。製材した板は木のねじれやクセには関係なく、強制的にカットされているから、真っすぐだけど、後で狂いがでる。割った木は木のねじれ通りに割れるからこの段階で修正して、丸い桶にするとそれ以上、桶は狂うことはない。」

『正直鉋(しょうじきがんな)』

「ざっくりと鉋(かんな)を掛けた後、型で角度を測りながら、『正直鉋』で、板同士を合わせる面を削る。『正直』というくらいで、正直にちゃんと型どおりに合わないと、丸く組んだ時に円の中心に向かわないから、正円にならずにすいてしまう。」

昔ながらの仕事では、ごまかしが効かない

「ボンドができて、桶づくりはある程度の量をこなせるようになった。きちんと精度や角度が出せていなくても、少しぐらいならボンドがくっつけてしまうからね。ウチのように、自分でつくる竹くぎを入れて、ご飯糊をつけて組み立てる昔ながらの仕事では、そういうごまかしが効かない。」

「仮のタガで仮どめをして内側を削り、形を整える。足の指で桶の淵を挟んで、廻したり、足の指から手から、身体の使えるものは全て使う。そうしないと時間ばかり食ってしまう。若いときは足中が血だらけになった。感覚がわからなくなるのでテープも巻けないし、治らないまま仕事をしているうちにいつの間にか皮が厚くなって、痛みもなくなってたよ。」

今は『タガ』に使える竹が手に入らない

「削り終わったら、『タガ』で締める。タガには色々ある。ステンレス、真鍮、銅、竹だったり、桶によって色々。竹は山に行って採るんだが、探しまわっても、今は使える竹っていうのはなかなか無いんだよね。それに切り旬もあって、冬とかに寒いうちに伐っておいて、ある程度日陰に置いておく。その手間を知ってか知らずか、最近は竹のタガを希望する人が多くって・・・・。」

「底板を入れる溝を彫り、底板を切り出して、木槌でたたいて入れる。『桶は底から』と言われるように、固くてもだめ、ゆるければ水が漏る。職人の微妙な感覚で、ピシッと入れないと桶の役割を果たさない。」

先代の親父が残してくれた道具が宝

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「技術も勿論だけれど、やはり先代の親父が残してくれた道具が宝だ。ここにある道具?全部使うよ。どれも大切で、何ひとつ粗末にはできない。同じ桶ばかり作ってると、特定の決まった鉋ばかり使うことになって、鉋を入れ替えるんだけど、いろんな種類の桶つくっていると、万遍なく使うから、オレの息子の代まで三代持つよ。」

「『安い道具は買うな』と親父から言われてきた。でも、若いときはお金がないから、なかなか高い道具は買えないんだ。それども、高いお金を出していい道具を買うと長く持つ。高いから余計に丁寧に使う訳だ。安物だと、パッと買って、ダメになれば、どうせ安いからって、パッと捨てちゃって、ゴミも増えていいことなしだ。」

必要な手入れさえしてもらえば何十年も保つ

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「そう、勿論、修理もする。これなんか裏の焼き印をみると、30年ぐらい前に親父がつくった桶だね。タガを締め直して、これからもずっと長く使ってもらえるよ。」

「何年ぐらい持つかってかい?それは買ってもらった人、使う人次第だね。竹のタガは普通に使っていても自然に劣化して行くので、10年とか15年とかで取り替えないといけないけどね。使ったら、当たり前のことだけど、水洗いをして、ふきんで拭いて、陰干しをするとか、必要な手入れさえしてもらえば、10年でも、20年でも、次の世代にでも渡して使ってもらえるようにはつくっている。それに、何年も使い込んでもらうことでさらにアクも抜けて、いい食材をつくるいい道具になっていくんだよ。」

「節や傷んで使えない部分はギリギリまで割って、できる限り使うし、曲がって生育した部分にできる『あて』という他より堅い部分も取っておいて、そればかりを集めて使うし、300年以上生きてきた貴重な木を使って、つくらせてもらっているんだから、それは大切にするよ。」

「大桶なんて修理すると、200年ぐらい経っているのもある。ちゃんとつくったのはそれぐらい持つ訳だ。結局、桶の寿命は使う人の使い方によって決まるってことだね。」

他人の目はごまかせても自分の腕だけはごまかせない

「オレはね、手先が結構器用で、親父に弟子入りして、桶を初めてつくったんだけどね、それなりにできちゃった。子供の頃から見てたからね。でも、それからが終わりのない修行の日々だよ。形はそれなりにできても、納得のいく桶をつくるのは並大抵なことではない。他人の目はごまかせても自分の腕だけはごまかせないってことだね。」

「つくるのが追いつかなくって、3年ぐらい待ってもらってるんだけど、今、桶を作る時間が取れないんだよ、オレ。取引先からは怒られちゃってね。」

倒産した地元の老舗材木屋を引き受けた…

ー 何かあったのですか?

「実はね、3年前に倒産した地元の老舗材木屋を引き受けてから、大変なんだ。」

「地元の銀行の支店長が、ウチに来てね、アンタのところが取引している材木屋が倒産する。その会社の経営状況では、これ以上、他の銀行が運転資金を融資しても、倒産は避けられないと判断した。ウチとの取引状況を見て、私に会いに来たと言うんだ。」

「しばらく話をして、あの会社がなくなると、アンタも困るだろうし、地元にとって大きな損失だ。今の経営陣には融資できないが、アンタになら、融資する。経営指導も自分が責任を持ってするから、買い取って、再建して欲しいと、言われた。」

「いや、それは無理だよ。ここに店舗を移した時の借金返済のメドがついて、家内も、これからは老後のことも考えて、生活できるねって喜んでるのに、今から、また借金はできないよ、と断った。」

「でも、その材木屋にはいつも行ってる訳だから、いい木を持っていて、設備も揃っているのは、オレもよく知っていた。実際のところ、無くなっちゃうと困るなぁ、というのもあった。」

「兄貴に相談すると、材木屋と桶屋は天と地ほど違う。桶屋が材木屋を買うなんて考えられんと言われた。兄貴は、オレと違って、おふくろから、勉強して安定した職業に就きなさいと言われたことを守って、いい大学を出て、一流の外資系企業に勤めていたんだけどね。」

「桶屋を続けるにはいい木の確保は欠かせないし、川上の地場産業が無くなれば、川下の地場産業の将来もないと考えて、家内に頼み込んで、買い取ることにした。」

「その支店長は、買い取り金額を試算してくれたが、とてもそんな金額は借金できない。銀行が前に出ると足元を見られるので、金額交渉はアンタに任せると言われて、オレ一人で管財人と交渉して、オレが払えるその試算金額の何分の一かで話を付けたので、支店長は驚いていたよ。」

今までのいい加減なやり方が染み付いた企業体質の改善

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「営業、販売管理、設備機械の操作ができる従業員もそのまま引き継いだんだけど、これが、今までのいい加減なやり方が染み付いてしまっていて、ダメだ。一度倒産したというのに、電気は点けっぱなし、メモ用紙1枚大事にしない。」

「そんなのだから、手を抜いた仕事でも、そのまま受取ってくれたら儲けものみたいな商売をしていて、製材、加工して納品しても、先方できちんと検品すれば、発注書通りでないと、送り返されてしまう。やり直す手間、材料代、返品、再発送の送料なんて全く考えていない。」

「そら、倒産するわな。そんなのが何件か続いて、ある大口注文の発送前に、オレがチェックしたら、納得のいく仕上げになっていない。で、やり直せというと、納期が間に合わないという。これで返品されて、またやり直していたら、もっとお客様に迷惑を掛けるのがわからんのかと、やり直させた。その時、塗装加工もしていたので、友人の塗装職人に修復作業も指導してもらった。」

「これまでの経営状況を見直していると、取引形態もほとんどが手形決済だった。ウチの桶数は手形を扱ったことがなかったので、今後、手形決済はダメだというと、これまでの取引先が無くなると言う。かまわんからと、手形決済を一切やめさせた。」

「確かに従来の取引先は何軒か減ったけど、逆に新規の取引先が増えて、徐々に再建の道も見えてきたと思ったら、今度は、短期の運転資金が少し足らない。銀行に相談すると、支払いを手形にすれば、借り入れしなくとも充分乗り切れるというんだが、こっちが手形を受取らないのに、取引先に手形で支払う訳にはいかんだろ?返済の見込は立っているので、また、家内にこれで最後と頭を下げて、借り入れをした。」

「ま、そんなんで、材木工場の運営、経営改善には、その他にも職人仲間にいろいろ手伝ってもらっていて、今日は、その仲間たちと、午後から、材木屋の工場でバーベキューをやろうということになってるんだけど、時間があったら一緒にどうだ?」

ー すみません。せっかくなんですが、この後、小布施に行くことになっていまして・・・。

「そうかい、これから小布施に行くなら仕方ないな。でも、お昼だし、食べてもらいたいオレの大好きな五平餅があるので、それを食べに行こう。」

ということで、国道を隔てたお向かいの食堂で、おばちゃん手作りのクルミ味噌を塗った焼きたての五平餅をご馳走になった。香ばしくてとっても美味しかった。

桶に使ういいサワラ材の出どころが木曽の上松だった

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「親父は関東の方の生まれで、方々の桶屋を渡り歩いて修行しながら、桶に使ういいサワラ材の出どころが木曽の上松ってことがわかり、桶づくりはこっちの方がいいじゃないかってことで、やって来た。木曽の木材は、寒い所なので、木の生育が遅いから、年輪も細かくて締ってる。木曽の厳しい自然の中で300年以上も風雪にも耐え、雷にも当って生きてきた木は、板にした時、他県の物と比べると、木目が全く違い、香りもすごくいい。」

モデルは住む世界が違い、父に弟子入り

ー 森の名人の認定の時に、モデルをやっておられたと伺いましたが?

「ま、そうだけど、東京に出てからね。でも、オレには住む世界が違うというか、合わなくってね。で、帰ってきて、親父に弟子入りしたんだ。」

「しばらくして、親父の知り合いの桶職人の親方が、東京に店を出すというので、修行がてら、手伝いに行けと言われて、家の仕事と掛け持ちになった。その内に、親方のおふくろさんに介護が要るようになって、世話する人がいなくてね、オレがすることになった。昼間は仕事を掛け持ちでこなして、夜中、東京まで荷物を運んで、親方のおふくろさんの面倒見てって、オレ、いつ寝てたんだろうね?ハハハハ。」

「そのおふくろさんが、いよいよって時に、親方の兄妹たちが戻って来たんだけど、もう子供たちの顔もわからなくなっていたんだよね、今朝雄ちゃん、あの人だれ?って言った時には、みんな、オレに世話をしてもらって、有難うって、泣いてたよ。」

息子さんは高級シャンパンメーカーのシャンパンクーラーをつくっている

「今、息子は、京都の有名な桶指物の親方に預かってもらって修行をさせているよ。その技術に注目した高級シャンパンメーカーから依頼を受けて、シャンパンクーラーを開発した工房だ。えっ、知ってるかい?息子もそのクーラーをつくらせてもらってるらしいよ。」

これまでの発想を転換した技法を使った風呂桶

 

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「えっ、風呂桶が見たいって?風呂桶は材木の工場の方でつくってるんだけど、製品はここのショールームにあるから、案内するよ。」

「ショールームだから外から見えるようにしてたら、次々、人がやって来て、仕事にならんので、今はわからないようにしているんだ。」

「その写真の風呂桶は、あるデザイナーから頼まれて、つくったんだよ。」

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ポスターになったその風呂桶は、どこかのインテリア雑誌か住宅雑誌で見たことがあった。直径約1.8m、高さ約60cmのみかんを少し扁平にしたような、とても優美な造形で、断面の厚みも微妙に上下で異なる。遠目には木の継ぎ目がわからないぐらい精緻に組み合わされ、タガが見えない。「どないやってつくったんやろ?」と、誰もが思うだろう。

「これは、せっかくのデザインが壊れないように、立体的な三次元の部材を組み上げ、ステンレス製のタガを部材の中に通して締め上げているんだけど、なかなか骨が折れたね。いろいろ考えて、これまでの発想を転換した技法を使った。詳しくは話せないけどね、ハハハハ。」

先代の名前から一文字取って『桶数』と名付けた

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「『桶数』って、親父の名前、数馬から一文字取ってんの。自分の興した会社に、先代の名前をつけるのは奥ゆかしいねって、よく言われるけど、親父はオレの師匠だからね。桶今朝より、いい社名だろ?」

「その写真が親父。病気前と後の写真見ると、やっぱり、表情も、雰囲気も違うでしょ? 脳梗塞で倒れてね、入院したけど、幸い、軽くすんで、すぐにリハビリだ。ずいぶん厳しくやったよ。何か陰口言われたりしてたみたいだけど、いいんだ、現場復帰できたんだからね。細かいことはできなくなったけどね。もっと長生きしてしてもらいたかったけど、仕事ができなくなっていたら、寿命も縮まっていたかもしれないよ。無くなる直前まで仕事をしていたから、親父にとってもよかったんじゃないかな。」

木のこともよく知って、長く使ってもらいたい

「桶づくりは、300年以上生きてきた天然木を使っているんだけど、何年乾燥させても、木は動くんだよ。同じ樹種でも育った場所によっても性質が違うし、同じ木でも北側南側、山側谷側、上下、部分によっても性格が違う。それぞれの個性を見極め、それぞれの個性に合った部分、用途に使う。桶職人としては、木のこともよく知ってもらって、長く使ってもらえれば嬉しいよね。」

COREZO(コレゾ)賞・財団の趣旨をご説明して、本年度の受賞をお願いした。

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「う〜ん、オレね、2005年に、長野県卓越技能者(現代の名工)の表彰をくれるって言うんで、自分にそんな資格があるのかって、そんな賞をもらって重荷になったりしないかって、悩んだんだよ。1週間ぐらい仕事に手がつかなくなって、そのままこの仕事を辞めてしまおうかとまで考えた。」

「信頼している人に相談したら、賞をもらおうが、何があろうが、お前は何も気にしないで、桶をつくり続けていればいいんだ、それがお前だって、言われて、ああ、そうかって、ストンと腑に落ちた。」

「いろんな賞があるけれど、小学校でもらうような『よくできました』みたいな賞が一番嬉しいかも知んないね。えっ、酒も飲めるの?なら、もらっとこうか。」

えーっと、お酒も各自、持込みなのはご説明したはず…。

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PC制御のフライス盤やレーザーマーカーを使えば、コンマ何ミリの精緻な加工ができる時代だが、割り子や木取りの技は、いくら文明の利器が発達しても真似のできない芸当であろう。足、足の指、手は勿論、全身を駆使して桶を鉋掛けする作業には、何故か、世界一のドラマーと賞された、かのスティーヴ・ガッドさんのドラムソロを思い出してしまった。

米づくり名人につくってもらっているウチのお米を炊いて、伊藤さんのお櫃に入れたらどんなに美味しかろうと思い、3年待つので、五合櫃をお願いしたら、

「あれっ、最近、時々、耳が聴こえにくくなるんだよね、ハハハハ。」と、伊藤さん。

COREZO コレゾ「定休日は元旦のみ、人の目はごまかせても自分の腕には嘘はつけない、原木から木を割り、木取りする、筋金入りの桶職人」である。

後日談1.2014年7月、再訪

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引き受けられた材木屋を見学させて頂いたが、立派な材木が所狭しと並んでいた。

COREZO (コレゾ)賞 事務局

初稿;2013.10.02.

最終取材;2013.06.

編集更新;2013.10.02.

文責;平野 龍平

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