目次
COREZOコレゾ「人間は自然とつながって生かされている、シンプルな真実をホクレアから学び、土佐山から伝える、ナビゲーター」賞
内野 加奈子(うちの かなこ)さん
プロフィール
高知市土佐山在住
ジャンル
学びの場づくり
つながりづくり
文化・社会づくり
経歴・実績
1999年 慶應義塾大学総合政策学部卒業
2000年 ハワイ大学大学院に進学、海洋学と写真を学ぶ
2004年 ホクレア号のクルーとして、カウアイ島からミッドウエーへの航海
2007年 ホクレア号のクルーとして、ミクロネシアから日本への航海
2011年 土佐山アカデミー ディレクター
著書に「ホクレア 星が教えてくれる道」(小学館刊)
受賞者のご紹介
内野 加奈子(うちの かなこ)さんは、高知市土佐山にあるNPO法人「土佐山アカデミー」のディレクターを務めておられる。
NPO法人「土佐山アカデミー」の名前だけは、耳にしたり、川窪財さんのたからちゃんネットでよく目にしていた。土佐山って何かエエ響きがあり、旅行・観光関係者の間で有名な宿泊施設もあるので気になっていた。
2013年5月、神野 浩史(じんのひろし)さん宅宴会で出会った公文 潔(くもん きよし)さんから、「土佐山アカデミー」には、内野 加奈子(うちの かなこ)さんというオモシロイ女性がいらっしゃると伺い、ご紹介頂いて、2013年6月、「土佐山アカデミー」に向かった。
「土佐山アカデミー」は、高知市内から山手に3〜40分上ったところにあり、土佐山は関西でいうと六甲山のようなイメージだ。もっと山深いが・・・。
内野さんにご挨拶をして、
言い訳ではありませんが、自分がお会いしてお話を伺った印象を大事にしたいと思っていて、事前に他の方が書いた記事等を読んだりすると、先入観を持ってしまうことがあり、どなたにお会いする時にも、できるだけ下調べをしないようにしているので、基本的なことから伺わせて頂きますが、失礼があったらゴメンナサイ、とお断りした上で、早速、お話を伺った。
旧土佐山村は古くから教育の村だった
ー 土佐山アカデミーって、なんだかおもしろそうな活動をしておられるという印象を持っていたのですが、どういう組織なのですか?
「では、土佐山のことからご説明しますね。今は高知市土佐山という行政区分になっていますが、旧土佐山村で、その名の通り、典型的な『土佐の山村』でした。『土佐』という名称を冠した地域では、最も古くから存在していて、『土佐』という高知の国名の発祥の地であるとも云われています。」
「また、古くから教育の村で、明治の自由民権運動の時代から続く『夜学会』等を通じた地域全体での社会教育が根付いていて、『社学一体』は、土佐山発祥の『人づくり』の概念として広く知られています。地域資源と教育をした地域人財のかけ算で地域全体を活性化し、さらに、人は巡り、知も巡りますから、地域で学んで社会に活かすという考え方です。私たち土佐山アカデミーの活動は、こうして土佐山の人々が育み、受け継いできた、人づくりの伝統に支えられています。」
『土佐山アカデミー』とは?
ー いつ設立されたのですか?
「2011年7月です。高知市を流れる鏡川の源流域に位置する土佐山地域を拠点に、『人が自然の一部として生きる文化を育む』というミッションの実現に向けて、これからの暮らしや社会のあり方を考え、具体的に行動していける人材を育てる『学びの場』づくりに取り組んでいます。」
ー ここは、『土佐山アカデミー』の施設なのですか?
「いいえ、ここは、高知市の土佐山地域振興課が管理する有機農業の振興と,地域住民や都市部住民が集う場として活用し,地域の活性化と交流・定住促進を図ることを目的とした『土佐山夢産地パーク交流館・かわせみ』という施設です。元々は、『土佐寒蘭センター』という、希少種である寒蘭を保護・展示する施設としてつくられたのですが、2006年に閉館した後は長らく放置された状態でした。地域の方々の要望・提案もあって、これからの土佐山地域振興の拠点としてリニューアルオープンしました。土佐山アカデミーでは、ここを土佐山アカデミー・プログラムの学びの場として活用するだけでなく、文化・社会づくりのためのセミナーや地域住民・高知市民の皆様に向けた講座などを企画、開催しています。」
「ホクレア号」とは?
ー 内野さんは、伝統航海術で航行するカヌー、「ホクレア号」の初の日本人クルーで、ハワイから日本への歴史的な航海もされた方だ、と公文 潔(くもん きよし)さんから伺いました。
「そうです。2007年、ホクレアのクルーとして、ミクロネシアから日本への5ヵ月間の航海を経験しました。」
ー どのようにしてその「ホクレア号」のクルーになられたのですか?
「大学時代に海の魅力に目覚め、海洋学を深めたいと思い、また、友人から渡された1冊の本からハワイを拠点に航海している『ホクレア号』というカヌーに魅せられて、2000年、ハワイ大学大学院に進学しました。そして、念願のホクレアに会いに行くと、ちょうど長い航海から戻ったところで、次の航海に備えての改修作業中で、そのボランティアに私も参加したんです。そのうちに伝統航海術を教わるようになり、2004年、カウアイ島からミッドウエーまでの20日間の航海にクルーとして選ばれ、ホクレアに乗り込むことになりました。」
伝統航海術とは?
ー 伝統航海術というのは?
「ナビゲーターと呼ばれるベテランのクルーが舵をとったり、操船を指示し、海図やコンパスを使わず、星や波の変化、海鳥や風の動きなどを読み取って、航海します。覚える星は全部で約220種類あり、クルーは全員、それぞれの位置と角度を覚えます。そうすると、地球を覆う巨大な『絵』ができます。自分を中心として、大きなコンパスが動いているようになり、どんな場所にいても自分がどこにいるのかが把握できるようになります。」
ー でも、星空も地球の自転で、刻々と動いてますよね?
「ええ、いろいろなパターンをいくつも覚え、天体の全体図が頭に入っていて、ポイントとなる星が見えれば、他の星の位置を知ることもできます。でも、星は夜間しか見えませんし、天気が悪いと見えません。だから、海を渡る鳥の習性や風の方向、波のうねりなども基準にします。ベテランのナビゲーターを見ていると、人間はここまで自然を理解する力を持っていたのか、と感動しますよ。」
ハワイから日本への航海
ー ホクレア号というのはどのような船ですか?
「ホクレアは、1975年に建造された遠洋航海用の双胴カヌーで、動力を使わずに風力で航行します。古代ポリネシア人が、伝統航海術を使って太平洋を渡り、ハワイにたどり着いたという説を実証するために、復元され、ハワイ、ポリネシア、イースター島の3点を結ぶ三角形の文化圏内で航海をしてきました。それは30年をかけてほとんど実証できて、違う場所に行ってみようとなったときに、一番多かった意見が、ハワイと古くから深いつながりのある日本だったのです。」
ー 愛媛の伊予弁とニュージーランドのマオリ族の言葉が近いと研究している人に会ったことがありますが、まんざら空想の話でもなさそうですね。で、日本へはどのような航海だったのですか?
「その時のクルーは、20代から60代までの幅広い年齢層の11人で、そのうち4人が女性でした。キャプテンが1人にナビゲーターが1人、残りの9人が3チームに分かれ、毎日4時間×2の計8時間、ナビゲーターの指示に従って、3人がかりで操船します。私の担当は、10時~14時と22時~02時、寝るのは、夜と明け方2時間ずつで、毎日4時間の睡眠でした。」
自然の中に生きるものとしての潜在能力が目覚めてくる
「かなり厳しい生活でしたが、不思議と海の上ではこれが苦になりません。信じられないかもしれませんが、ナビゲーターは、眠らないんですよ。彼の頭の中では、『今までどの方向にどれだけ進んだか』が、常にインプットされているので、眠ってしまっては情報を更新できなくなります。だから、ナビゲーターは、合間、合間に10~15分の仮眠を取りつつ、24時間ずっと起きているんです。こんなことを言うと、カヌーに乗っているのは人間離れした特別な人たちのような気がしますよね?でも、決してそうではなく、大きな海の上を進む小さなカヌーに乗っていると、人間も自然を形成する一部にすぎないのだということを痛感すると同時に、自然の中に生きるものとしての潜在能力が目覚めてくるのです。」
ヨットをやっている人にこの話をしたら、太平洋を1人で横断する人は、同じように合間、合間に仮眠して、24時間起きているそうだ。
「海の真ん中にいると、太陽、星、風、空、・・・、周りには自然からのメッセージがあふれていて、それをどのように自分の中に取り込んで、解釈するかという能力が、どんどん高まっていくのがわかります。例えば、夜は水平線と星の位置で方角を知るのですが、そのためには、先程も話したように、220個ぐらいの星の配置を覚えなければなりません。そんなの絶対無理と思うかもしれませんが、人間にはそれを覚えて活用する能力が備わっているのです。ミクロネシアでは皆んな自然と共に生活していますから、『3時間後に雨が降る』なんて、ピタリと当たるんですよ。もちろん、日本人もそんな力をちゃんと持っていて、ただ、便利な生活の陰に眠らせてしまっているだけなんです。」
実際の洋上での生活
ー 洋上の生活は不自由だったのでは?
「小さなカヌーで11人が何ヵ月も生活するのですから、何かにつけ、不自由でしたよ。でも、それは陸上での生活と比べてのことです。食料品以外の個人的な荷物は、クーラーボックス1個分しか持てないので、ひとつ、ひとつのモノに対して、これから数カ月生きる上で、本当に必要かどうかを考え、シビアに判断していきましたが、モノを持たないことで、精神的な身軽さを感じることができましたし、それに、いつも危険とは背中合わせですから、自分の命が何に支えられているか、すごくわかりやすくて、今あるものに生かされているということ、私たちは自然に生かされていることを確信しました。」
『自然と人間はつながっている』というシンプルな真実に気づいてもらう活動がしたい
ー お伺いする限り、海と共に生きて来られたように思う内野さんがどうしてこちらに?
「『土佐山アカデミー』の共同設立者で、プロデューサーをしている林 篤志(はやし あつし)から声を掛けられました。ホクレアでの航海の経験を通じて、今の日本人が忘れてしまっている『自然と人間はつながっている』というシンプルな真実に気づいてもらえるような活動をしたいと思っていました。ご覧のように、土佐山は自然が豊かで、より自然に近いところに人の暮らしがあり、地域が人を育てるという精神も根付いていて、地域全体を学びの場にしようという取り組みには、とても興味を魅かれました。」
「それから、ここで自然を暮らしの中に取り入れて生活している人たちも魅力的でした。例えば、『土佐山アカデミー』の理事の中には、猟師であり、環境に負荷をかけない有機農業を推進する農家であり、自分で育てた大豆から豆腐づくりもされる料理の達人でもあり、私設公民館の運営までされているマルチ人間がいらっしゃって、生きる力がみなぎっていると感じました。」
『土佐山アカデミー』の具体的な活動内容とは?
ー 詳しい活動内容はWebサイトを拝見すればいいと思いますが、簡単にどんなことをしておられるか教えて頂けますか?
「ご存知のように、2年前の2011年は、東日本大震災の年です。『土佐山アカデミー』が設立されて、最初に取り組んだのが、『サマースクールin土佐山』で、福島県浪江町の子どもたちを招きました。」
「『土佐山アカデミー』の事業の大きな柱は、学びの場づくり事業、つながりづくり事業、文化・社会づくり事業の3つです。メインの学びの場づくり事業は、3ヵ月間等、一定期間土佐山に滞在して学んでもらうプログラムで、新しい社会への変化そのものになる人材を育てるスクール事業です。つながりづくり事業は、地域間の交流を促進する短期滞在型のツアー/ワークショップ、子供向けのキッズプログラム、地域の皆さんに向けた講座を企画・実施しています。文化・社会づくり事業は、土佐山地域だけでなく、社会全体を学びの場にしてくために、上映会や講演会等のイベントを開催しています。」
「身近にある自然、社会、暮らしに関連する、サステナビリティ、自然学、農、食、住、エネルギー、ナリワイ、ものづくり、コミュニケーション、ワークタイム、地域行事等、さまざまなプログラムのテーマを用意しています。具体的には、例えば、農であれば、在来種・固定種・F1種についてであるとか、種の保全、種から考える食の未来、土について、地域にあった野菜づくり等をアクション・ラーニング、つまり、実際に経験、行動して学んで頂きます。」
ー 滞在する場合の宿泊はどうするのですか?
「アカデミーがお借りして管理している地域の空き家を、共同利用して頂いています。短期の滞在の場合は、地域にいくつかある公民館をお借りしたりします。」
ー 講師の方はどうしておられるのですか?
「もちろん、そのプログラムのテーマに相応しい方にお願いするのですが、基本的に、アカデミーの趣旨を理解して下さって、土佐山に行きたいとおっしゃってくださる講師の方に来て頂いています。今日は、入口に天体望遠鏡が並んでいたのをご覧になったと思うのですが、『宙(そら)の学校』ということで、望遠鏡づくりと、星空観察会を実施します。講師は、私の古くからの友人です。」
ー スタッフは何名で運営しておられるのですか?
「私も含めて、フルタイムの事務局スタッフは6名です。高知県出身者が4名、内、土佐山出身者が1名、県外からが2名です。その他にサポートスタッフが3〜4名います。」
事業としての今後と採算性
ー 素晴らしい取り組みだと思いますが、事業としての採算性は如何ですか?
「アカデミーを設立して、2年間で延べ2500人以上の方が、この土佐山を訪ねて下さり、出会いと交流が始まりました。今は雇用創出事業でスタッフの人件費が賄われている部分がありますが、継続していくためには、早い時期に事業として自立していかなければなりません。その参加費収入だけでなく、家賃収入他の収入を得る方法を検討する必要があります。現在、実施しているワークショップや滞在型のプログラム等に加え、レジデンス(居住)のしくみを構想中です。2カ所居住の提案やレジデンスのメンバーには、講師としてワークショップの企画や土佐山の地域資源を活用したプロジェクトへの参画等、『土佐山アカデミー』という学びの場を一緒に創ってもらいたいと考えています。」
『土佐山アカデミー』に対する思い
ー 内野さんの『土佐山アカデミー』に対する思いをお聞かせ下さい。
「誰にもそれぞれの能力があり、大きな可能性があります。それに気づいて、ひとりひとりが力をつけ、つながれば、大きな力になります。参加者の皆さんが、自然や社会とのつながりの中で、自分の個性や特性を最大限に発揮できる、これからの暮らし方、生き方、働き方のヒントをひとつでも多く見つけてもらえる場を提供していきたいですし、土佐山の自然というフィールド×専門家×地元の人々×参加者とを掛け合わせることで交わり、新たな出会いとアイデアを生み出せる場でありたいと思っています。」
COREZO(コレゾ)賞の趣旨をご説明し、受賞のお願いをしたところ、ご承諾下さった。とても貴重な話を聞かせて頂いた。心より感謝である。
帰り際、プロデューサーの林さんをご紹介頂いたのだが、次回は、こんな素晴らしい女性を土佐山に連れて来られた林さんにもお話を伺いたいものだ。
COREZO コレゾ「人間は自然とつながって生かされている、シンプルな真実をホクレアから学び、土佐山から伝えるナビゲーター」である。
COREZO (コレゾ)賞 事務局
初稿;2013.10.16.
最終取材2013.06.
最終更新2015.03.12.
文責;平野龍平
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