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COREZOコレゾ「ひとつとして同じ自然環境はない 自然を敬い、あらゆる角度から観察して、身体で感じ、見極めて そのエネルギーを最大限に利用させていただく気持ちで 働く水車づくりを続ける 水車大工棟梁親子」賞
野瀬 秀拓(のせ ひでひろ)さん
プロフィール
福岡県久留米市
野瀬建設・野瀬巧房 代表・技師
水車建設・精米製粉設備工事
ジャンル
伝統文化・建築
水車大工棟梁
経歴・実績
中学卒業後、大工棟梁に弟子入りし、住み込みで働きながら、高校に進学する。
1981年 「現代の名工」福岡県広川町の水車大工、故中村忠幸さんに師事
1987年 「現代の名工」水車大工、故中村忠幸さんの遺作となった馬場水車場の水車が竣工
2008年 馬場水車場の水車を、ご子息の翔平(しょうへい)さんとともに再建
福岡県広川町の「逆瀬ゴットン館」の他、師匠である故中村棟梁が手掛けた水車の再建をはじめ、熊本県南阿蘇村の精米用水車等、九州各地の多くの名物水車を手掛け、約30年間で約200基を製作。カンボジアなど海外での水車製作の指導にも協力されている。
受賞者のご紹介
福岡県八女市の馬場 猛(ばば たけし)さんの水車場の現役バリバリで働く水車を拝見して、一気に興味を魅かれた。水車と言うと、なんとなくそば屋を連想してしまうが、かつては我が国の豊富な水資源を利用して、精米や製粉に積極的に活用されていたが、明治中期以降、動力源が蒸気や電力に取って代わられ、実用に供される水車も水車大工も激減したそうだ。
馬場さんにご紹介頂き、その水車を再建された日本でも数少なくなった水車大工のおひとりである野瀬秀拓さんを訪ねた。
約束の時間に伺った住所に到着すると、恰幅のいい野瀬さんがにこやかに出迎えて下さった。
「どうぞこちらへ。」とご案内頂き、向かった先は、「家庭料理さつき」という看板がかかっていて、玄関に小さな水車(ご子息が水車大工になって初めて作られた作品とのこと)があった。「私の事務所はこの二階で、一階は家内が家庭料理の店をしています。」とのことだった。
水車大工さんになったきっかけ
野瀬さんは子供の頃から、大工さんになりたくて、中学を卒業するとすぐに、大工の棟梁に弟子入りして、住み込みで働きながら学校に通ったそうだ。このご自宅もご自身で設計して建てられた。
「私が師事することになる中村忠幸さんが作った水車を見ましてね、自分が作りたいのはこれだ!という衝撃が走ったんですよ。家は動かないが、水車は動いて働いている。自然のエネルギーを使わせてもらって、人間が寝ている間もコツコツと働いているところが、健気で、頼もしくて、惚れ込んじゃったんです。それでね、その棟梁を捜して、弟子入りしました。」
故中村忠幸さんは水車大工で初めて「現代の名工(卓越した技能者)」に選ばれた方。ちなみに「現代の名工」は厚労省が昭和42年度に表彰制度を始め、年1回、年間約150名、平成23年度までに5,288名が表彰され、現在の報償金は10万円だそう。
家の建築を教えてくれた師匠は?
「何とか説得して、理解してもらって、今でもちゃんとお付き合いしていますよ。既に大工の技術の基本的なところはそれなりに習得していたのですが、水車はまた別の世界でして、一からの修行でした。それでね、自分のやりたいことをやるのに、家内にも随分苦労をかけましてね、今でも頭が上がらないんですよ。」
「水車大工の師匠は、その道を極めた方で、設置する場所、風土、地形、水源、水の流れ、水量・・・あらゆるものをあらゆる確度から観察して、身体に感じ、見極めて、その設置場所に最も適した、水のパワーを最大に引き出せる水車の設計を頭の中で描くことができる方でした。それが水車大工だと教わりました。」
仏師が原木を見ただけで、彫り出す仏像が見えるような境地
「ええ、それに近いものがあると思います。私はまだまだですが、同じ設置場所でも、季節によっても、雨が降れば日によっても、流水量も流速も違いますし、大雨の年もあれば、干ばつの年もあります。ただ、自然を人間がコントロールしようとしても無理な話で、そんなことをすれば、確実にしっぺ返しが来ます。どう上手く利用させてもらうかという気持ちが大切だというのは感じています。」
馬場水車場の水車は師匠の最後の仕事で、それを野瀬さんが再建
「そうです。再建するにあたっては、馬場さんから、これまで以上にパワーアップして欲しいと要望されました。まずは師匠の仕事を忠実に再現できるよう、師匠が何を想い、どう考え、どう作ったのかを辿るように、丁寧に解体しました。細部に至るまで神経が行届き、工夫が凝らされていて、亡くなった師匠から、時間を超えて、その技を教わっているような心境でした。」
「教わったこと大切にして、私のできることを考え、パワーアップできるよう羽根板や受け板の角度等を徹底的に検討し、自分なりの工夫を施しました。師匠からはなるべく軽く作れと教わって来たのですが、結果として、従来より重量が重くなり、うまく動いてくれるか少し心配しましたが、何とか要望通りのパワーアップを図ることができました。」
自然が相手だから、設計をパタン化して、効率よく使い回すようなことはできない
「そうです。水車大工を始めて、もう200基ぐらいは作ったかと思いますが、ひとつとして同じ自然環境はないので、奥が深いです。その分やりがいがありますし、おもしろいですね。ところで、水車の材料は何を使うかご存知ですか?」
水車に使う材料は檜ではない
「軸はケヤキ等の堅木を使うのですが、本体は杉を使います。馬場さんの住んでいる八女の辺りの痩せた岩場に生えている杉が、目が詰まって油分も多いので最適です。それも、曲木といって一般の建築には向かない、曲がって育った杉を探して使います。」
「水車は200ものさまざまな部材によって構成されるのですが、部位によって力のかかり方が違うので、クセのある木のそれぞれの特質を活かして使うんです。檜は水に強いといわれていますが、雨に濡れても乾く家屋の建材としては、耐久性を発揮するのですが、水車のように、常時、水に浸かったり、濡れているようなところでは油分の多い杉の方が真価を発揮します。実際に檜でも試しましたが、すぐにボソボソになって水車には使えません。檜は浴槽にも使われますが、使用後は乾燥させないと長持ちしません。」
日本一大きいといわれる木造水車は直径24mもあって、岐阜県の道の駅にあり、「石臼をまわすこともできます。」とあるが、実用に供するためではなく、ダム建設による地元対策で、観光用に作られたものだと推測される。また、それまで日本一だったのが、直径23mの埼玉県立「川の博物館」にある水車で、「ナンダカナー???」という感じである。
ちなみにどちらも檜製だそうだ。
ネット上では、働く水車に興味を持って、現地調査までしておられる方もいらっしゃって、現役の働く水車も思いのほか残っているようであるが、その数を調べてみたが、どうもそんな統計はないようである。
途上国で水車製作を支援する活動にも積極的に協力
野瀬さんは国連ハビタット(国連の途上国の住居問題等に取り組む機関)や途上国支援に取り組むNPO等の依頼を受け、カンボジアやラオス等で水車製作を支援する活動にも積極的に協力しておられる。
「途上国では、まだ、子供や女性たちが農業用水をバケツに汲んで、頭にのせて運んでいるところがあって、その負担を少しでも軽くできるならと、灌漑用の揚水水車や足踏み式水車製作等の指導のお手伝いをしています。」
ー 言葉の壁は?
「それがね、言葉は通じなくても、私たち大工は、腕だけでコミュニケーションできるんですよ。大工の技術は、目の前でやって見せれば、大体、わかってもらえますね。」
小水力発電の認可申請先
「それから、福島原発の事故があって、自然エネルギーの利用がさらに見直されていますが、私たちも発電用の水車の開発に取り組んでいます。馬場さんの水車場にある発電用の水車もご覧になられたかと思いますが、廃車になった自動車のダイナモを利用したりして、コストを抑えています。水車の能力からすると、もっと出力の高い発電機をつければ、発電量も増えるのですが、10kwを超える発電には認可が必要で、申請先はどこだと思いますか?」
—水利権者とか、河川だと、国交省ですか?
「もちろん、水利用には許可も必要なのですが、発電に関しては、何と、原子力安全・保安院なんです(2012年当時)。私も驚きました。」
豪雨災害、大水の時の水車の被害は?
—確かにそれは驚きですね。そんな所が利権を握っていたら、小規模自家発電なんて広がりませんね。日本は山が多いし、水も豊富なので、自然エネルギーとしての利用価値は高いと思いますが、大水があったりすると、設備に被害が出るのでは?
「でも、実は、水車は回転軸より上まで水に浸かると、回転しなくなるのです。だから、水圧で設備全体が流されることはあっても、回転し過ぎて壊れることはありません。今の発電機は耐久性も高く、水に浸かっても問題はありません。私たち水車大工は、大水が出る時のことも想定して、設置場所や取水方法も検討しますし、流水のエネルギーを最大限に引き出す技術があります。何よりも全く環境に影響を与えないので、できるだけコストを抑えて、多くの方々にご利用頂ける水車を開発したいと思っています。自然エネルギー利用促進からも、許認可の壁は早く取り払われることを願いたいですね。」
—素晴らしい。自分で水力発電できるところに住みたくなりますね。息子さんも水車大工さんの道に進まれたとか?
「ええ、今は資格を取るのに住宅建築現場で勉強させています。この後、私も現場に戻らなければなりません。」
—お忙しいところ、申し訳ありません。是非、野瀬さんの作っておられる働く水車のことをもっと多くの方々に知って頂きたいので、COREZO(コレゾ)『自然エネルギーを最大限に活用する、働く水車作り』賞を受賞して頂き、馬場さんと一緒に徳島での表彰式にご出席頂きたいのですが、如何でしょうか?
「えつ、私なんかにも頂けるのですか?有難うございます。」
どこまでも謙虚で誠実な野瀬さんなのである。
2024年度、「第15回 COREZOコレゾ賞表彰式 in 大歩危」には、後を継がれ、一緒に水車づくりをされている、ご子息の翔平さんもご一緒にご出席くださることになった。近々、取材に伺う予定である。
COREZOコレゾ「ひとつとして同じ自然環境はない 自然を敬い、あらゆる角度から観察して、身体で感じ、見極めて そのエネルギーを最大限に利用させていただく気持ちで 働く水車づくりを続ける 水車大工棟梁親子」である。
後日談1.第1回2012年度COREZO(コレゾ)賞表彰式
後日談2.第3回2014年度COREZO(コレゾ)賞表彰式
COREZO(コレゾ)賞 事務局
初稿;2012.11.02.
最終取材;2014.12.
編集更新;2015.03.09.
文責;平野 龍平
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