馬野 慎一郎(うまの しんいちろう)さん/琴浦町・鳴り石の浜プロジェクト

COREZOコレゾ「地元の隠れた魅力を掘り起し、スピード感と独自のアイデアを武器に売り出し、仕掛け続ける、どこの地域でもマネのできる町おこしの手本」賞

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馬野 慎一郎(うまの しんいちろう)さん

プロフィール

鳥取県琴浦町

「鳴り石の浜プロジェクト」リーダー

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リーダー 馬野 慎一郎(うまの しんいちろう)さん(右)

サブリーダー 上田 啓悟(うえだ けいご)さん(左)

功労者 岩田 弘(いわた ひろし)さん(中央)

ジャンル

まちづくり・地域振興

経歴・実績

2015(平成27)年度 国土交通大臣表彰「手づくり郷土賞(一般部門)」受賞

受賞者のご紹介

鳥取県琴浦町

琴浦町(ことうらちょう)は、鳥取県の中央、鳥取市内から西へ約50km、電車でも車でも約1時間の距離にある日本海に面した町で、東伯郡の隣り合った東側の東伯町と西側の赤碕町が2004年9月1日に合併して誕生した。

なお町名は、かつて海岸一帯が「琴ノ浦」と呼ばれていたことに由来するとのことだが、琴浦町のWebサイトでは町の由来や歴史を見つけられないのはどういう訳だろう?こういう行政のWebサイトが多い。

町内には、JR浦安駅があり、2015年には、地域おこし協力隊員が発案した、千葉県浦安市と「浦安」つながりの『「じゃない方」の、浦安』という自虐ネタで、PRしようとしたそうだが、ご存じの方は少ないだろう。

2011(平成23)年2月、国道9号線の所謂、バイパス道路である山陰道東伯中山道路が開通したことによって、交通渋滞が緩和されるなど、便利になった反面、琴浦町内を通る9号線の交通量は激減し、国道沿い店舗の倒産や廃業が相次いだ。

鳴り石の浜プロジェクト

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行政も対応策を検討し始めたが、馬野さんたちは、民間レベルでもできることをやって行かないと町がゴーストタウン化するのではないか、という危機感を共有して活動を始めた。

「魅力的な場所があれば、高速道路からでもわざわざ人は降りてきてくれるはずだ。」と考えて、「わが町の魅力」を探し始め、仲間と話し合う中で、「鳴り石の浜」は、昔からそこにありながら、今まで地元の人でも全く知られていなかったが、最も魅力的な観光拠点になると感じたので、スポットライトを当て、観光地として発信すべく、近隣住人や行政にも働きかけ、2011(平成23)年6月「鳴り石の浜プロジェクト」を立ち上げた。

「鳴り石の浜」とは?

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赤碕海岸は、海岸延長が3km弱あり、海岸保全のための護岸工事が実施されているが、その内の西に位置する約500mにわたる海岸には、大小さまざまな大きさの丸いゴロタ石(輝石安山岩)が集積し、打ち寄せる波によって石同士がぶつかりあって、「カラコロ♪カラコロ♪」と心地の良い音がすることから、「鳴り石の浜」と呼ばれるようになったそうだ。

このような大小さまざまな大きさの丸石ばかりが海岸に集積した海岸は全国的にも珍しく、2011(平成23)年までは、すぐそばを通る国道9号線側から海岸に降りる道がないため、海岸伝いに来るしかない不便な場所で、波打ち際には漂流ゴミが堆積し、草や藪がうっそうとして、誰も近づかない寂しい海岸だったという。

そこで、最初は、ボランティア活動で、草刈りやゴミ拾いをして海岸へのアクセス路を確保し、観光客に来てもらうため、浜の環境に配慮した遊歩道の整備を行政に提案して、海岸の石と枕木を組み合わせた遊歩道が完成し、護岸整備されているエリアは駐車スペースとして活用されている。

石絵馬

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2011(平成23)年7月、きれいな海岸というだけでは話題性に乏しいため、全国的にも珍しい「カラコロ♪カラコロ♪」と心地の良い音がすることから、上田さんが、波音の「石がよく鳴る」海岸に引っかけて「運気がよくなる」縁起のいいスポットというアイデアを思いつき、海岸の石を絵馬に見立てて、願い事を書き、海に流す「石絵馬」を考案し、パワースポットとして発信した。

当初、この「石絵馬」は、鳥取県から「条例で海岸の土砂の採取は禁止されている」というクレームがつき、頓挫しそうになったが、鳥取県知事が来浜する機会があり、知事も石絵馬を書き、町おこしの観光資源として太鼓判をもらったことから、鳥取県との連携もスムーズになったそうだ。

また、この「カラコロ♪カラコロ♪」という独特の波音を集録してCD化したところ、睡眠導入効果があるという声が数多く届けられ、初版1,000枚を完売したと云う。

鳴り石の塔

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2012(平成24)年4月には、「場所がわかりにくい」という意見をもらい、建設資金は地元を始め県外からもプロジェクトの活動に賛同して下さる方から寄付金(約40万円)をいただき、国道9号線からよく見えるモニュメント「鳴り石の塔」を作成した。

鳴り石祭り

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毎年、7月14日には、7(な)り14(いし)の日にかけて、「鳴り石祭り」を実施。海岸にかがり火をたき、夜の海を楽しめるイベントをしている。琴浦グルメ屋台には行列が出来る程にぎわい、その他、アマチュアバンドのライブや子ども達のダンスパフォーマンスもあり、毎回たくさんの人で賑わっている。

鳴り石テラス

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2012(平成24)年10月、足の悪い人にも鳴り石の浜を楽しんでもらいたい!という思いから、鳥取県に補助金を申請して鳴り石の浜入り口(鳴り石カフェの裏側)に見晴らしのいい展望台(鳴り石テラス)を建設した。自分たちで出来るところは出来るだけボランティアでしようと、プロジェクトメンバーがテラスの石張りをした。また、鳴り石の浜までの歩道の整備もしたことで、来場者に歩きやすくなったと好評で、海岸でゆっくり過ごした後、テラスでベンチに腰掛けてゆっくりされる方が増え、滞在時間が長くなった。

琴浦ウエディングプロジェクト

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「鳴り石テラス」が完成して、メンバー内の女性から「ここで結婚式をやってみたい」との声が上がった。ここから「琴浦ウエディングプロジェクト」という派生プロジェクトが誕生し、2015年度までに5組の挙式をプロデュースした。町外に流れている結婚式にまつわる様々な需要を町内に取り込めれば大きな経済効果が見込めることから、地元企業とタイアップしたチラシを作成し広報している。

鳴り石カフェ

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鳴り石の浜の入り口にあった空き店舗をプロジェクトメンバーの出資によって改装し、「鳴り石カフェ」をオープン。この施設はより多くの方々に使っていただけるように「1時間500円」と言う格安な料金設定にし、研修会やパーティー、演奏会、夏場のカフェの営業など様々な形で利用されている。

2013(平成25)年4月からは、金曜日と土曜日のお昼だけのヘルシーランチレストランがオープンし、上田さんのお母さまの他、地元の主婦の皆さんが、地元の食材にこだわった手作りランチを提供している。また、琴ノ浦高等特別支援学校の生徒さんの作った野菜を販売もしている。

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琴の浦ぶらり食べ歩き

 

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2013(平成25)年3月、鳥取県の予算で鳴り石の浜に全長100mの遊歩道が完成したのを記念して、行政と庁内諸団体と共に、鳴り石の浜から花見潟墓地、赤碕の街並み、菊港、八橋の街並みなど、往時をしのばせる雰囲気たっぷりの往復約10kmの散策コースを設定し、ウォーキング大会を実施。コース途中にご当地グルメが楽しめるスポットを各所に配置した「食べ歩き」というコンセプトが評判となり、現在では琴浦町が主催する1000人規模のウォーキングイベントとなっている。

お盆の花見潟いさり火ツアー

2013(平成25)年8月、琴浦海岸の夜景と小泉八雲の世界にひたるミステリアスなツアーを開催。

鳴り石の浜から花見潟墓地までは水平線に漁り火を見ながら竹キャンドルに照らされた海岸を歩き、自然集合型の墓地として日本有数の規模である花見潟墓地では約2万基の墓に灯籠がともり幻想的な雰囲気を体験し、すぐ近くの会場に移り、「耳なし芳一」の紙芝居を観劇するという趣向。

語り部の迫力もさることながら、今では貴重な琵琶の音で、歌はもちろん風の音、矢の放たれる音など全ての効果音を表現し、ものすごい臨場感に参加者は、怖がりながらも幻想の世界を楽しんでおられたとのこと。

みんなで花畑を作ろう!プロジェクト

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2013(平成25)年7月~、「はるかのひまわり絆プロジェクト」の趣旨に共感し、その前年、岩手県陸前高田市の滝の里仮設団地の皆様が育てられたひまわりの種を送ってもらい、プロジェクトが始まった。

「はるかのひまわり絆プロジェクト」とは、阪神大震災由来のひまわりの種「はるかのひまわり」を全国で生育し、咲かせていく過程で、災害や命の尊さを再考する機会とし、自らの元気を取り戻す、自己再生や復興。また、身近な家族や友人を思いやる中での再生や復興。さらに地元故郷の再生復興へと拡がることを願うプロジェクトだそうだ。

20人のメンバーが種から1500株の苗まで育て上げ、7月1日に琴の浦高等特別支援学校の生徒さんと共に畑に移植した。海沿いの潮風の強い荒れた土地だったが、ひまわりは大きく根を張りたくましく育ち、8月中旬に大きな花を咲かせた。青い空、青い海と黄色いひまわりの花。海辺に咲くひまわりは全国的にも非常に珍しく、また、それが被災地陸前高田市から繋がった命であるということで大変に注目を浴び、たくさんの観光客が来られるようになり、4年目の2016年も2000株に増えて続いている。

鳴り石の浜 漂流ゴミイルミネーション

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2013(平成25)年12月、プロジェクトメンバーで定期的に清掃を行っていても、毎日、鳴り石の浜には毎日様々なゴミが流れ着き、中には直径1m以上あるパイプや、冷蔵庫など、とんでもなく大きなものも漂着し、大きな問題になっていた。

「清掃するだけではなく、こういったゴミ問題を多くの人に知ってもらい、海にゴミを流さないように問題提起をしよう!」ということになり、漂流ゴミを使ってアート作品を製作し、クリスマスシーズンでもあったので、イルミネーションでデコレーションを施した。

これをきっかけに多くの人がイルミネーションを見に訪れ、「ゴミを海に流してはいけない」ということに気づいてもらえたのではないか、と云う。

琴浦夕日の写真コンテスト

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2014(平成26)年、地元の美しい風景をもっと多くの人に知ってもらおうと、コンテストを実施し、170点もの応募があり、県内各地で写真展を開催した。また、優秀な作品を使った観光看板と写真集を作成し、「きれいな夕日が見られるスポット」として全国にアピールした。

「鳴り石の浜プロジェクト」成功の真の功労者

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こうして、「鳴り石の浜プロジェクト」は成功し、年々、来訪客が増え続け、2015年(平成27年)には、県外からの修学旅行生がやってきたそうだが、実は、この成功の裏には、真の功労者の存在があったと云う。

「鳴り石の浜」付近の海岸はかつて地名を取って「花見海岸」と云われ、石が鳴る海岸が東西5km近く続いていたが、1970年ごろから護岸工事が進み、次々と失われていった。

琴浦町赤碕在住の岩田弘さんは、1962年(昭和37年)頃から現在に至るまで、地元を中心に県内全域の磯場を周年に亘り、潜水観察して、海藻類や水質環境の変遷を調査し続け、海中写真等の資料を基に漁協や行政に改善策を提言し続けて来られた。

「護岸工事で波の動き、潮の流れが変わり、生態系に影響が及び、自然破壊につながっている」と危機感を持った岩田さんは、工事反対を訴え、残った約500メートルの海岸に「鳴り石の浜」と名付け、2004(平成16)年ごろからはアラメの移植活動と藻場の世話を続けた結果、周辺海域に新たな藻場が形成され、それをエサとするアワビやサザエの好漁場となり、地元漁業に大きく貢献しておられる。

この鳴り石の浜と赤碕海岸を海のテーマパークに

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「我々が一番大切にしていることは、鳴り石浜の景観・自然保全です。清掃活動には、プロジェクトメンバー以外の企業や団体も多く参加してくれるようになりました。今後は、この鳴り石の浜と赤碕海岸を海のテーマパークのような、さまざまな人たちに海の魅力を感じていただける場所にしたいと思っています。」と、馬野さんと上田さん。

「鳴り石の浜プロジェクト」のメンバーは、岩田さんに最大のリスペクトを送り、「地元の海と自然を守りたい」という思いを受け継いでおられる。

サブリーダーの上田さんは、地元の車のディーラーの社長で、次々に企画を仕掛けるアイデアマンであり、類稀な行動力も兼ね備えておられる。そのアイデアを実現できるように行政他との折衝、調整をし、さらにスピード感を出そうとして暴走しそうな上田さんにブレーキをかけたり、絶妙な舵取りをしておられるのが地元建設会社社長であるリーダーの馬野さんとお見受けしたが、お二人がこのプロジェクトの両輪であり、岩田さんが精神的な支柱であるのは間違いないだろう。

同じような担い手のパタンが、まちづくりや地域おこしの成功事例にも多く存在している。

今後の課題としては、この海岸はサーフポイントでもあり、県内外からのサーファーも多く集うことから、どのように共存し、地域の活性化につなげるか、また、「鳴り石の浜プロジェクト」が発案者となって、町内の22団体が加盟する「琴浦まちづくりネットワーク」が結成されたそうだが、それぞれの団体が「鳴り石の浜プロジェクト」を見習って、新たにつくるのではなく、今あるものに磨きをかけて魅力を増やし、どう発信し、どう仕掛け、どう連携するかで、琴浦町全体の魅力と来訪価値がさらに高まるだろう。

利益を生み出す観光資産に変える魔法の技

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「鳴り石の浜プロジェクト」の皆さんの活動は、失礼を承知の上で申し上げれば、眠っていた観光資源を掘り起こし、魅力を磨き、勝手に値打ちをつけて、利益を生み出す資産に変えただけなのである。

どこの地域でもできそうに見えて、実際に行動に移し、成功しているところは少ない。「言うは易く、行うは難し」だけでなく、目の付け所と、勝手な値打ちの付け方、発信の仕方が見事なのである。

それにもう一つ、行動力とスピード感が半端ない。2011(平成23)年の設立から5年でよくこれだけの取り組みを矢継ぎ早にやれたものだと感心する。

結局、どんなに時間をかけていい企画をつくったとしても、やってみないと結果はわからないのである。リーダーの馬野さんは、「この辺で、一度、これまでのことを見直す時間も必要」とおっしゃっていたが、サブリーダーの上田さんは、アクセルを緩める気はなさそうだ。

今後も「鳴り石の浜プロジェクト」の皆さんの活躍に目が離せない。

COREZOコレゾ「地元の隠れた魅力を掘り起し、スピード感と独自のアイデアを武器に売り出し、仕掛け続ける、どこの地域でもマネのできる町おこしの手本」である。

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、一切、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

最終取材;2016.04.

初稿;2016.10.09.

最終更新;2016.10.09.

文責;平野 龍平

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