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COREZOコレゾ「その筋屋!?って、どの筋の?地方路線バス愛に溢れ、ホワイト起業した孤高のシステム開発者」賞
高野 孝一(たかの こういち)さん
プロフィール
スジヤシステムズ代表
宇野自動車株式会社 システム開発主任
受賞者のご紹介
外国人にも利便性の高いポートランドの公共交通システム
2018年2月、プライベートで米国ポートランドを訪れた。ポートランドは、米国西海岸のシアトルの南に位置し、人口は約60万人で、日本の鹿児島市ぐらいの人口規模の町だ。
ポートランドの交通局「トライメット(TriMet)」が運行する公共交通機関である、ライトレール「マックス(MAX)」、路面電車「ストリートカー」、路線バスは、全米の都市計画のモデルに指定されているそうで、ダウンタウン、空港は勿論のこと、ポートランド市内のほとんどの場所には、公共交通機関だけで行けてしまう。
ここで驚いたのは、路線バスも含めて「トライメット(TriMet)」が運行する全ての公共交通機関の運行ダイヤは、グーグルマップの経路検索と連携をしていて、グーグルマップを使えば、乗りたいバスの位置情報が入手できるし、初めて訪れた外国人の筆者でも行きたいところ(例えば、ネットで見つけた郊外のラーメン店)に行けてしまい、便利この上ないことだった。
グーグルとの共同事業でグーグルマップでダイヤ情報発信
実は、このサービスは、2005年に「TriMet」の従業員がGoogleマップを公共交通の移動にも役立てたいという想いを持ったところからはじまり、Googleとの共同事業で「GTFS」(General Transit Feed Specification)と呼ばれる形式のファイルが開発されて実現した。ポートランドのほかの事業者、アトランタと続けて整備され、現在、アメリカ国内にあるほとんどの交通事業者ではGTFS形式のデータが利用され、全世界では約900の交通事業者で使用されている、と云う。
ダイヤ情報を「GTFS」形式でデータ化して、グーグルマップに掲載
現在、Googleでは、契約した交通事業者が指定されたURLに「GTFS」と呼ばれる形式のファイルを置くことで、自動的にGoogleマップに情報が掲載され、ダイヤ改正、遅延などでリアルタイムでファイルを更新すれば、経路検索に反映される仕組みを提供している。
「GTFS-JP」とは?
2017年時点で、日本で「Googleマップ」のアプリを利用した人は約3300万人(月平均)と見積もられ、「Googleマップ」に情報を掲載することは、インバウンド観光客にも日本国内での移動の利便性を提供することに繋がり、その増加を目指す国交省は、日本独自の情報を加えた「GTFS-JP」を「標準的なバス情報フォーマット」と定めた。
地方路線バスの多くがグーグルマップ未対応
現在、日本では、鉄道路線のほとんどは、「Googleマップ」の経路検索に対応しているが、都市部はともかく、地方の路線バスのほとんどが対応していない。その理由は、「Google」は、自社で必要と判断した路線のみを「GTFS」データを持っている、乗り換え案内業者から購入しているため、それ以外の地方の路線バスは対応していない、という訳だ。
ネット検索されないバス路線は運行していないのと同じ
今や、誰もがスマホを持っていて、移動手段もネット検索して行動する時代に、検索されないバス路線は走っていないのと同じであるが、そんな中、自主、自助努力で、自社の路線バスダイヤを「GTFS-JP」化して、「Googleマップ」の経路検索に対応したい路線バス業者に救世主が現れた。
その筋屋
それがスジヤシステム代表高野孝一(たかのこういち)さんが開発した、「GTFS-JP」データ出力対応の路線バスダイヤ作成システム「その筋屋」だ。
「その筋屋」と云うのは、なんだが怪しげだが、鉄道時刻表の基となる列車運行図表(ダイヤグラム)上の斜線を「スジ」と呼ぶため、このダイヤを作る専門の技術社員は、「スジ屋」と呼ばれていて、バスにも使われている。
駅(バス停)名が書かれた縦軸は距離、横軸は時間で、方眼紙のような台紙にスジが引かれたダイヤは、右下がりに伸びる線は下り、右上がりに伸びる線は上り、線の傾きが急なほど運転速度が速いことを意味する。
これが、利用者視点からも利便性の高い機能は全て実装されており、この完成度でかつ、日々、更新、進化し続けているのに、なんと無償で提供されているのだ。
スジヤシステム高野孝一代表の経歴
北海道出身、子供の頃からテレビゲームにはまり、自分で作ってみたいと、中学生の頃より、独学で世の中に出始めたばかりのパソコンでプログラミングを始める。
アマチュアプログラミング専門誌に投稿して何度も入選し、その腕を見込まれて、北海道のバス会社に就職して、定期券発行システム、貸切バスシステム、LEDサイネージ、ダイヤ編成システム他を次々に開発。
2000年、引き抜きにより、IT企業に転職し、路線バスダイヤ作成システム等の開発を手掛ける。
ところが、社内の教育不足等で、開発した路線バスダイヤ作成システムのシステムや使い方を十分理解できていない営業担当者が導入サポートをしていたため、導入したバス会社が上手く使いこなせていなかったり、オプションで受注した追加機能が要望と違っていたりで、顧客バス会社では、不具合が多発して、開発担当者がサポートに廻り、本来の開発業務ができない事態が長く続いたそうだ。
2015年、高野さんは、多くの社員が辞めた労働環境の酷さだけでなく、システムを上手く運用できないないバス会社のフォローもせず、更新費用を取ろうとする企業姿勢に反発して、辞職。個人事業主となって、新たに「GTFS-JP」データ出力対応の路線バスダイヤ作成システム「その筋屋」を開発。
国交省「バス情報の静的・動的データ利活用検討会」の委員にも入っておられ、グーグルとのデータのやり取りについても直接打合せをしておられる。
無償で提供している理由
高野さんは、現在、生活するのに困らない収入があり、これ以上の収入を求めておらず、また、前職でIT業者に好きなようにされて困っているバス事業者の皆さんを見てきて、何とかしたい、と云う想いもあり、さらに、有償で拡販するには、人を雇う必要があるが、元来、管理するのは苦手で、自由気ままにご自身ひとりでプログラミングや開発がしたいからだそうだ。
実際、プロモーションビデオのCGやドローンによる空中撮影をはじめ、挿入音楽等も全てご自身でしておられる(既に、宇野自動車の会議室の1室は開発室になっており、DTMキーボードやプロ用撮影機材他が所狭しと並んでいた)。
また、プログラムも全て公開しておくことで、ご自身に何かあっても、システムは存続できる、と考えておられる。
宇野バスの宇野社長に伺うと、これまでやりたくてもできなかったことが、自社開発での運用が実現できた、と高野さんの経験、能力を高く評価しておられ、また、路線バス事業以外の事業をするつもりがなく、他のバス会社さんにも使ってもらうことで、日々、機能が向上していることから、当社も恩恵を受けている、とおっしゃる。
業者に丸投げせず、自社でGTFS-JPを作成、管理していれば、様々な情報発信が可能で、自助努力ができるバス会社は、できる限り応援したい、とのこと。
群馬県では、6,000万円の予算を付けて、GTFSフォーマットによるオープンデータ化をIT企業のに委託したが、上手くいかず、再公募をして、高野さんを「その筋屋」利活用の指導講師とする別のIT業者に決定したそうだが、その他にも、佐賀県、富山県、沖縄県他は、県を挙げてGTFSフォーマットによるオープンデータ化に取り組み始めており、北海道、広島県や福井県他からも高野さんを講師に勉強会の依頼が次々に入っているそうだ。
そんな社会の趨勢に既存の路線バスシステムやバスロケを開発・販売してきたIT企業は、戦々恐々としているだろうが、「今まで使えもしないシステムを言い値で販売してきておいて、無償で個人でもこの程度のシステムがつくれるのだから、有償で優秀な人材が揃った企業なら、もっと高いレベルのシステムを開発・販売して路線バス業界に利益をもたらせば、交通業界だけでなく、訪日観光の底上げにも貢献できるでしょ。」と高野さんは涼しい顔だ。
いちごロケ
バスロケーションシステム(以下、バスロケ)とは、GPSを使った、バスの位置情報を知るシステムで、鉄道と違って道路事情によっては、ダイヤ通りには運行できないので、利用客には、次のバスが乗ろうとするバス停に到着する時刻を知ることができる等のメリットがある。
現在、バスロケだけではグーグルリアルタイムには掲載できないが、「その筋屋」と高野さんが「その筋屋」をベースに開発したバスロケシステム「バスまだ?」と「いちごロケ」は、現在、「GTFS-JP」バス情報の静的・動的データ利活用の連携ができている数少ないシステムで、次のバスが何分後に着くか、グーグルマップ上に表示することができる。
いちごロケは、 汎用機器を使って、よりシンプルかつ、安価で高精度なバスロケを目指して開発された。 IchigoJamと呼ばれる定価1,500円の子供向けPC自作キットを使っていることから「いちごロケ」と名付けたそうだが、測位精度は、タブレットよりずっと高いそうだ。
青森交通他で、 実証実験中で、高野さんのPC画面では、バスの運行状況がリアルタイムで表示されていた。
市販されているバスロケシステムの端末代金だけで数十万するそうだが、市販のパーツを組み合わせて自作すれば、15,000円程度で製作可能で、通信費も約150円/月/1台で済むとのことで、これも画期的に低コストで導入できる。実証実験が済めば、 製作手順、方法に関しても、動画を作成、公開予定。
宇野自動車バスロケシステム「バスまだ?」は、2016年より稼働し、「その筋屋」と完全に連携していて、格安のタブレット(15,000円程度)を利用し、既に全車両に搭載されているFreeWi-Fiでデータ通信をしている。 バッテリー搭載機種のため、夏場等の高温による膨張等が心配だが、今のところこの機種に関してはトラブルが発生していないとのこと。 現在、バッテリー未搭載の業務用のタブレットを使用して、ドライブレコーダー等にも使える高機能システムを開発中。
高野さんは、「その筋屋」を導入したバス事業者を支援しながら、その要望に応えて、日々、機能のアップデートを重ね、「その筋屋」と連携したバスロケーションシステム、デジタルサイネージの開発にも日々取り組んでおられる。
高野さんの地方路線バス愛を受け取った地方路線バス事業者は、自分たちの力で自分たちの未来も変えることができるかもしれない。
COREZOコレゾ「その筋屋⁉って、どの筋の?地方路線バス愛に溢れ、ホワイト起業した孤高のシステム開発者」である。
最終取材;2019年10月
最終更新;2019年11月
文責;平野龍平
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