宮島 一晃(みやじま かずあき)さん/遠忠食品株式会社 代表取締役/メイドイン東京の会 会長

COREZOコレゾ 「『江戸前生のり佃煮』を現代に甦らせ、東京湾と食卓をつなぎ、生産者と消費者を結んで、江戸前の食文化を守り続ける食品加工メーカー三代目」賞

宮島 一晃(みやじま かずあき)さん/遠忠食品株式会社 代表取締役/メイドイン東京の会 会長

プロフィール

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プロフィール 

宮島 一晃(みやじま かずあき)さん
遠忠食品株式会社 三代目代表取締役
メイド・イン・東京の会 会長

1956年、東京・日本橋生まれ。
大正2年(1913年)創業の老舗佃煮メーカーに生まれ、江戸の粋と職人気質が残る日本橋蛎殻町で育つ。
家業に従事後、高度経済成長の中で失われつつあった「江戸前(東京湾)」の食文化の復興に尽力。
現在は、四代目の大地さんへ事業承継を進める傍ら、食育や地産地消の活動にも力を注いでいる。

プロローグ

宮島 一晃(みやじま かずあき)さんは、1913年創業の遠忠食品三代目社長である。

東京・日本橋に生まれ育ち、長年にわたり佃煮づくりに携わってきた。四十年以上続けてきたヨットをいまも楽しみながら、東京湾の海の変化を肌で感じ続けてきた。

老舗の看板を守るだけではなく、「江戸前」という食文化を現代に結び直すため、自ら漁師のもとへ足を運び、原料を探し、生産者との関係を築きながら、新たな道を切り開いてきた実践者である。また、メイドイン東京の会会長として、東京の食材や地域の食文化を次代へ手渡す活動にも力を注いでいる。

今回、日東醸造株式会社 蜷川 洋一 社長のご紹介でお話を伺うことができた。

江戸前生のり佃煮

江戸前

「江戸前」という言葉は、寿司の世界では広く知られている。だが、その海苔がいまもなお東京湾で育まれ、佃煮として受け継がれていることを知る人は決して多くない。宮島さんが取り組んできたのは、その忘れられかけた東京の食文化を現代によみがえらせる仕事である。

「江戸前」とは、もともと江戸の町の前に広がる東京湾で獲れる魚介を指した言葉である。人口が集中した江戸では、近海で獲れた魚や海苔、貝類が素早く町へ運ばれ、人々の日々の食を支えた。そこから江戸前は、単なる産地名ではなく、都市の暮らしと近郊の海が結びついて育まれた食文化を意味するようになった。海苔もまた、その代表的な恵みのひとつである。潮の干満があり、川から栄養が流れ込む東京湾は、古くから海苔養殖に適した海だった。今日では東京の埋め立てや都市化が進み、江戸前という言葉は東京湾沿岸の千葉や神奈川を含めた広い地域を指すことが多いが、その根底にあるのは、海の恵みを育てる人、それを加工し届ける人、そして食べ支える人との関係である。

家業を継いだ当時、遠忠食品は海苔の佃煮を製造していたものの、いわゆる「江戸前」の原料は用いていなかった。多くの佃煮メーカーが伊勢湾や福島で採れるアオサ(ヒトエグサ)を使うなかで、宮島さんはふと疑問を抱いた。自分が生まれ育ったこの東京の足元に海があるのに、なぜその海の恵みを使わないのか。その問いが、江戸前海苔による佃煮づくりの出発点となった。

東京湾で採れる黒海苔

だが、三十年以上前、その挑戦は決して容易ではなかった。東京湾の海苔は、板海苔として入札にかけられるのが既存の流通であり、佃煮用に分けてもらうという発想自体が前例のないものだった。漁協に相談しても門前払いを受けた。そこから宮島は、自ら漁師のもとへ足を運び、一人ひとりと関係を築きながら道を切り開いていった。いまでは東京湾沿岸、とりわけ横須賀の漁師との信頼関係のなかで、海苔だけでなく昆布やわかめも仕入れている。

宮島さんが選んだのは、一般的なアオサではなく、東京湾で採れる黒海苔である。黒海苔は本来、寿司などに使われる板海苔の原料となるものだ。そのなかでも、とりわけ柔らかく香り高い「一番摘み」の海苔を用いる。しかも乾燥させた海苔ではなく、収穫後すぐに脱水・冷凍した「生海苔」を使う。生海苔は繊維が生きており、炊き上げたときに東京湾の海ならではの繊細な香り、やわらかな口どけ、豊かな旨味がそのまま残る。

素材そのものの味を届ける

遠忠食品のWebサイトには、同社と他社の「のり佃煮」の海苔の含有量がわかる比較実験が掲載されている。ともに内容物25gに水100ccを入れて約5分後、同社の商品は、徐々に海苔がふわ〜っと浮き上がってくるが、他社商品には大した変化は見られず。瓶を振って混ぜてみた直後の画像では、同じ内容量ではあるものの海苔の含有量の差は歴然である。

この比較実験から見えてくるのは、市場には海苔以外の添加物や増量素材で「かさ増し」された商品も少なくないという現実である。

宮島さんは、「素材そのものの味を感じていただきたい」と、高価な黒海苔を惜しみなく使っておられるので価格は当然高くなる。

宮島さんは、「素材そのものの味を感じていただきたい」と、高価な黒海苔を惜しみなく使う。当然、価格は高くなる。それでも、この海苔をたっぷりと使うことでしか出せない味があると考えている。価格面では大量流通市場に乗せにくい商品ではあるが、だからこそインターネットや実店舗を通じた直販を強化し、作り手の思いが直接伝わる関係を育てている。

食の実態を伝える営み

そこには単なる地産地消ではない、より深い思想がある。宮島さんにとって大切なのは、原料そのもの以上に、それを育てる生産者との関係である。必要な量だけを機械的に買うのではなく、「まだありますか」と声がかかればできる限り引き受ける。買い取った代金はすぐに支払う。昨年は原料不足で苦しい年もあったが、それでも生産者との関係を優先した。原料を買い支えることが、そのまま漁業の現場を支えることになるからである。

この姿勢は、いまの東京湾の現実を知っているからこそ生まれている。高度経済成長期、東京湾では大規模な埋め立てが進み、かつて広がっていた干潟の多くが失われた。二枚貝が担っていた海の浄化機能も弱まり、海の生態系は大きく変わった。近年では下水処理の高度化によって河川の浄化が進んだ一方で、今度は海苔の栄養となるものが海に届きにくくなっている。さらに水温上昇や魚・鳥による食害も深刻だ。宮島は、かつて豊かだった海を知るからこそ、「東京湾の海苔は当たり前に残るものではない」と実感している。

だからこそ、宮島は消費者に対して、単に「高い」「安い」ではなく、その背景を知ってほしいと語る。なぜ価格が違うのか。なぜ原料にこだわるのか。遠忠食品の佃煮は、添加物や化学調味料に頼らない。海苔そのものをしっかり使うから、ごまかしが利かない。安価な商品があふれる時代にあって、原料、製法、土地の背景を知ったうえで選んでほしい。その考え方は、商品を売ること以上に、食の実態を伝える営みである。

遠忠食品のこだわり

遠忠食品の根底にあるのは、「いつまでも、ずっと、おいしく」という一貫した姿勢である。そこには単なる味づくりではなく、農業・漁業・加工・流通という食の仕組みそのものを、次の世代へどうつなぐかという強い想いがある。

三代目として宮島さんは、食を取り巻く構造が大きく変化していく中で、業界の慣習に従うのではなく、生産者と直接向き合う道を選んだ。商社を介さず、現場の漁師や農家と直接取引を行うことで、日本の一次産業の現状に触れ、微力ながらもその持続を支える関係を築いてきた。

かつて江戸前の佃煮といえばアサリが代表的な原料だった。しかし現在では全国的な不漁が続き、食料自給率も約37%と低迷している。こうした状況の中で、安さを競う大量流通とは一線を画し、素材の力を最大限に引き出す製法を守り続けている。

国産素材へのこだわりと現場との関係性

東京湾の漁師たちとは数十年にわたる関係が続いており、海苔だけでなく、かつてはアサリやハマグリといった二枚貝も重要な収入源であった。しかし現在は不漁が続き、その代替としてホンビノス貝など新たな素材にも取り組み、共存共栄の関係を模索している。

また海だけでなく、山や畑にも目を向け、これまで輸入原料が当たり前だったメンマでは荒れた竹林の活用、国産ザーサイでは農家との畑単位での全量買い取りを実施するなど、遊休農地の活用や農家の安定した収入にもつながる取り組みを進めている。

 歴史と製法の継承

創業から約100年、遠忠食品は時代ごとの食の変化とともに歩んできた。戦後の混乱期には、冷蔵庫もない時代に、作ってすぐ食べられる惣菜が生活を支えた。築地市場に並べばすぐに売れていく時代であり、量の拡大が求められた。

その後、食品添加物が普及する中で一部を使用していた時期もあったが、生協との取引を契機に着色料(カラメル色素)を使わない製法へと転換する。結果として、黒海苔本来の風味を活かす製法へと進化した。

現在では、保存料・着色料・酸化防止剤などに頼らず、素材と調味料の力で味をつくることを基本としている。

基本調味料へのこだわり

味の基盤となる調味料も、すべて国産素材を基本としている。

  • 国産丸大豆・小麦による醤油
  • 種子島産さとうきびの粗糖
  • 国産甘藷と麦芽の水飴
  • 鹿児島産かつお節のだし
  • 国産米による発酵調味料

いずれも自然な発酵と時間を重視し、素材本来の力を引き出す設計となっている。

直火炊き

製法の中核にあるのが、創業以来守り続ける直火炊きである。現在主流となっている蒸気釜ではなく、直径90cmの鉄や銅の大釜に直接火を当て、職人が常に釜の前に立ち続ける。

気温や湿度、素材の状態を見極めながら、焦げる寸前まで煮詰める作業は極めて繊細であり、10年かけて一人前とされる職人技である。製造は完全な分業ではなく、人の手と感覚に支えられている。

直営店「遠忠商店」

遠忠食品の直営店「遠忠商店」は、2010年に東京・水天宮前に開かれた、生産者と消費者をつなぐ小さな販売拠点である。店内には、自社の佃煮や惣菜に加え、日本各地から届く有機野菜や自然栽培の農産物、昔ながらの製法でつくられた調味料、無添加の加工食品などが並ぶ。

最近では越谷の農家から届く朝採れの有機野菜を夕方に販売し、すでに固定客がついているという。また、愛の野菜伝道師、小堀 夏佳(こぼり なつか)さんが厳選した在来種野菜「ベジバルーンセット」の販売拠点としての場所を提供している。

この店が大切にしているのは、「何を売るか」だけではなく、「誰が、どのようにつくったのか」を伝えることである。価格や効率だけでは見えにくい、生産者の背景や土地の物語を食とともに届ける場として、都市の暮らしと一次産業を静かにつなぎ続けている。

メイドイン東京の会

宮島さんが主宰する「メイドイン東京の会」は、「東京の食を見つめ直す」ことを出発点にした実践的な学びと交流の場である。

食料自給率

宮島さんがメイドイン東京の会を立ち上げた背景には、単なる地域振興ではなく、都市の食の構造そのものに対する強い危機感があった。長年、海苔や佃煮の原料を求めて生産現場に足を運ぶなかで、日本の食がいかに外部依存の上に成り立っているかを実感してきた。その過程で直面したのが、食料自給率という現実である。

日本の食料自給率はカロリーベースで40%弱にとどまり、とりわけ都市部ではその脆弱さが際立つ。中でも東京の自給率は1%にも満たないと云われている。この数字は単なる統計ではなく、「世界有数の都市でありながら、自分たちの足元で食を支える力をほとんど持っていないのではないか」と云う、強い危機感として迫ってきた。

国内の農業や漁業の担い手が減少する一方で、世界的には人口増加や供給国の消費国化が進み、食料を「お金で買えば手に入る」という前提そのものが揺らぎ始めている。実際、日本が価格競争の中で海外市場に買い負ける場面も増えてきた。

こうした状況のなかで宮島さんが問い直しているのは、私たちが受け継いできた“食”を中心とした暮らしを、いかに次世代へつないでいくかという一点である。そのためには一部の流通や消費の問題ではなく、一次産業そのものの持続と発展が不可欠だと考えておられる。

東京の食を見つめ直す

まず足元から見直すべき場所として宮島さんが着目したのが「東京」であった。東京には、海苔をはじめ、野菜や醤油、味噌など、都市の周縁で育まれた食材とつくり手が確かに存在している。生産者の視点から見ても消費者の視点から見ても、まだ知られていない魅力的な食材が数多くある。また江戸以来続く食文化の蓄積は、都市の中にありながら非常に豊かな歴史を持っている。そうした“見えない資源”に光を当てることが、この会の大きな目的である。

活動は、東京の農産物の生産者や食品加工メーカーの訪問、試食会や食文化に関する勉強会など、多岐にわたる。単なる見学や学習にとどまらず、メンバー同士の交流から具体的なアイデアや商品企画が生まれ、実際に東京の食材を使った商品開発へとつながっている。

宮島さんの原体験

宮島さん自身は、大正時代から続く佃煮屋の三代目として、原料をできる限り国産にこだわり、昔ながらの直火釜を用いた製法を守り続けてきた。生まれは日本橋。かつては干潟の9割が埋め立てられたと言われる東京湾の記憶とともに育ち、子どもの頃にはアサリの殻の山で遊んだ経験もあるという。

その原体験がいまの活動にもつながっている。自らにとっての「前浜」である東京湾が、再び豊かな魚介を育む海であってほしい。その願いが、食を通じた関係性の再構築へと向かう原動力になっている。

メイドイン東京の会は、単なる地域振興ではない。都市の中に埋もれた食の記憶と生産の現場を結び直し、楽しみながら次世代へと手渡していくための、小さな実践の積み重ねである。

まとめ

宮島さんが守り、育ててきたのは、老舗の看板だけではない。東京湾の海、その海で働く漁師、その恵みを受け取る食卓…、そうした関係性を、事業として成立させながら次世代へつないで来られたのである。

効率や価格競争が優先されがちな現代社会において、失われつつある地域の食文化を、理念だけでなく現実の商いとして支え続けてきた。その歩みは、都市における食の文化や風土を問い直す営みでもある。

取材後、遠忠食品の3階にある、往年のシアター用巨大スピーカーやオーディオ機器、プロジェクターなどが設置されたイベントスペースで、お酒をご馳走になった。おつまみにいただいた「国産味付けザーサイ」は、もちろん化学調味料、保存料、着色料不使用。一般的な輸入ザーサイに感じる独特の強い風味や後味がなく、素材そのものの旨味と歯ごたえが心地よく、思わずお酒が進んでしまった。

また、添加物の多さを知って以来、長らく口にしていなかった「海苔の佃煮」もいただいた。「江戸前一番摘み生のり佃煮」は、採れたての一番摘み生海苔を使っているという。箸で炊き立てのご飯に載せると、ふわりと海苔の香りが立ち上がり、一口含めば、豊かなうま味が口いっぱいに広がる。「海苔の佃煮」って、こんなにも美味しいものだったのか…、そう再認識させられた。

もちろん、それは単に素材が良いからだけではない。漁師との関係を築き、原料を守り、昔ながらの製法を受け継ぎながら、「江戸前」という食文化を現代に結び直してきた宮島さんの歩みそのものが、その味わいをより深いものにしているのである。

確かに価格だけを見れば、大手スーパーに並ぶ一般的な「海苔の佃煮」より高価かもしれない。しかし、使われている原料、製法、そしてそこに込められた時間と手間を考えれば、むしろ驚くほど誠実な価格だと感じる。

江戸前とは、単なるブランドや産地表示ではない。土地と人との関係が育んできた文化そのものである。宮島さんには、東京湾と食卓を結ぶこの営みを、「江戸前生のり佃煮」とともに、これからも次代へ手渡していっていただきたい。

 

COREZOコレゾ 「『江戸前生のり佃煮』を現代に甦らせ、生産者と消費者を結び、東京湾と食卓をつないで、江戸前の食文化を守り続ける食品加工メーカー三代目」である。

取材;2026年4月

初稿;2026年5月

文責;平野龍平

 

 

 

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