荒木 和樹(あらき かずき)さん/無添加・天然酵母パン/株式会社味輝 代表取締役

COREZOコレゾ 「『パンは発酵食品』、米麹づくりから始め、仕込んだ甘酒を自然発酵させた自社培養酵母を使用し、無添加で消化に優しい、天然酵母パンをつくり続ける二代目」賞

荒木 和樹(あらき かずき)さん/無添加・天然酵母パン/株式会社味輝 代表取締役

プロフィール

COREZOコレゾチャンネル

受賞者のご紹介

プロフィール 

荒木 和樹(あらき かずき)さん
株式会社味輝 代表取締役
天然酵母パン工房「味輝」二代目

埼玉県児玉郡上里町に本社を構える株式会社味輝の代表取締役。

「食は命なり」の基本姿勢を守り、主食としてのパンを通じて、現在の食生活の乱れを正し、自然で、添加物を使わず真の健康にかなった食品を創る事を基本姿勢としておられる。

1978年から天然酵母パンづくりに取り組んできた味輝において、現在も初代と共に酵母づくりに携わりながら、長年積み重ねられてきた発酵技術をさらに深化・体系化している。

味輝では、米麹から始め、甘酒を仕込み、その甘酒を長い時間をかけて自然発酵させながら「味輝酵母」を育てる。さらに、その酵母を使い、小麦を長時間発酵させることで、自然な甘みと深い旨味、そして独特の消化性を持つパンを生み出している。

酒蔵の技術、職人の経験知、ドイツの製パン理論などを重ね合わせながら、「身体に負担が少なく、噛むほど味わい深いパン」を追究。2026年にはオーガニック認証も取得し、三代目世代とも連携しながら、日本独自の発酵文化を活かしたパンづくりを次世代へ繋いでいる。

プロローグ

無添加で消化に優しい美味しさ」を米麹の発酵からつくり続ける

埼玉県児玉郡越生町。今回、荒木和樹さんに案内していただいたのは、一般の来店客が訪れるパン店舗(上里町)ではなかった。

そこは、通常は外部公開されていない、味輝の“酵母蔵”。

酵母蔵では、米麹をつくり、甘酒を仕込み、その甘酒を時間をかけて発酵させて、味輝酵母を育てている。

漂う香りも、並ぶ道具も、そこで語られる内容も、一般的なパン屋のイメージとは大きく異なり、日本酒蔵や醤油蔵にも通じる、日本の発酵文化の空気が流れていた。

だが、荒木さんが追い続けているものは、決して「発酵技術」そのものではない。

その根底にあるのは、「無添加で消化に優しい美味しさ」、「自然な甘みと深い旨味が広がる」パンをつくりたい、という想いだった。

荒木さんは、初代が築いてきた天然酵母技術を受け継ぎながら、米麹から甘酒を仕込み、味輝酵母を育て、小麦を長時間発酵させる独自製法をさらに深化させていった。

そこでは、麹、甘酒、乳酸菌、酵母、小麦、温度、pHなど、発酵に関わる様々な要素が複雑に関係している。

荒木さんは、それらを一つひとつ見極めながら、“身体に負担が少なく、噛むほど味わい深いパン”を追究し続けている。

今回、日東醸造株式会社の蜷川 洋一(にながわ よういち)さんのご紹介でお話を伺うことができた。

天然酵母パン

初代が天然酵母パンへ向かった理由

味輝が天然酵母パンへ向かった背景には、初代の強い問題意識があった。

当初、味輝は一般的なイーストを使ったパン屋としてスタートしている。

だが、初代は、「イーストのパンをつくると、どこの店のパンも同じような味になってしまう」と、イーストパンに違和感を抱くようになる。

どうすれば、美味しく、安心して食べてもらえる、自分たちらしいパンがつくれるのか。その模索の中で出会ったのが、天然酵母だった。

当時、天然酵母を安定供給するメーカーはまだ限られており、味輝も外部業者から天然酵母を仕入れてパンをつくることにした。

自家製天然酵母への挑戦

その後、味輝は大きな転機を迎える。

仕入れていた天然酵母メーカーとの、ちょっとしたボタンの掛け違いから、天然酵母が入手できなくなったのである。残された在庫は約1カ月分。しかし、既に、「天然酵母パンの店」として歩み始めていた味輝には、イーストパンへ戻る選択肢はなかった。

そこで始まったのが、自家天然酵母づくりだった。

本屋で酒造りや麹の本を購入し、一から読み解く。だが、そう簡単にはいかない。何も分からない状態からの手探りだった。1カ月では到底完成せず、しばらくはまともに出荷もできなかったという。それでも試行錯誤を続け、半年ほどかけて、ようやく“パン用の天然酵母”が形になっていく。そしてさらに、甘酒を仕込み、酵母を安定して育てるための専用工房(酵母蔵)まで建設した。

今回取材した場所こそがその酵母工房(酵母蔵)だった。

日本にあった「甘酒のパン文化」

荒木さんは、日本のパン酵母の歴史についても語ってくれた。

戦前まで、日本のパン屋では、酒蔵のもろみや甘酒を種にした「酒種酵母」が広く使われていたという。独立する職人は、親方から甘酒の種を分けてもらい、自分で甘酒を継ぎながらパンをつくっていた。つまりかつての日本では、パン屋自身が酵母を“育てる”時代と文化が存在していたのである。

荒木さんは、アンパンをモチーフにした漫画家の生涯を描いた某NHK朝の連続テレビ小説で、阿部サダヲさんが演じたパン職人の描写にも触れながら、「戦時中、持ち歩く際、命より大事そうに抱えていた甕(かめ)には、おそらく酒種酵母が入っていたのだと思う。しっかり時代考証されていると感心した」と語った。

パン職人にとって酵母とは、単なる材料ではなく、受け継ぎ、守り、育て続ける“パン職人の命”でもあったのである。

そして荒木さんによれば、こうした歴史的背景があるため、パン屋がパン種用の甘酒を仕込むことについては、現在も酒税法上、特別な扱いになっているという。それほどまでに、日本のパン文化と酒種酵母は深く結びついていたのである。

味輝が自家酵母へ踏み込んでいった先には、実は、日本にもともと存在していた発酵文化があったのである。

味輝酵母と味輝のパンづくり

一般的なパンづくりでは、工業的に培養されたドライイーストを使うことが多い。

一方、味輝では、米麹と米から甘酒を作り、その甘酒を長時間発酵させながら「味輝酵母」を育てている。一般的なパンづくりというより、日本の発酵食品づくりに近い。

ドライイーストと天然酵母

荒木さんは、工業的なドライイーストと天然酵母の違いを、「OSの違い」に例えた。

現在一般的に使われているドライイーストは、砂糖を製造する過程でできる糖蜜を栄養源とし、特定の酵母を分離・大量培養し、水分を抜いて粉末化したものだ。保存性が高く、短時間で安定して発酵し、誰が作っても均質なパンを作りやすい。戦後、日本のパン文化を急速に広げた立役者でもある。

一方、麹から起こす天然酵母(酒種酵母)は、米のデンプンを麹によって糖に変え、麹から起こす酒種酵母は米のデンプンを麹によって糖に変え、それを栄養に酵母菌や乳酸菌などを育てる。そこには酵母だけでなく、乳酸菌、有機酸、アルコール、発酵副産物など、多様な成分が共存している。しかも、その多くは粉末ではなく、“もろみ”のようなウェットな状態に近い。

荒木さんは、「最終的に膨らむという結果は同じでも、途中で起きていることが全然違う」と語る。

つまり、ドライイーストが「均質で再現性の高い発酵」を目指しているのに対し、天然酵母は、微生物同士の複雑な働きそのものを活かしてパンを作っているのである。

米麹づくり

日本酒づくりで使われる「麹蓋(こうじぶた)」を用いながら、パンの発酵に合う米麹づくりを追究している。

前準備「器具洗浄と水汲み」→「洗米と米蒸し」→「蒸し上げた米に糀菌をまぶす」→「床もみ」→「木枠の中で平たく広げ、温度を管理しながら発酵させていく」、このような工程を経て、味輝の米麹が育てられる。

器具の洗浄に約1週間、水汲みなどの準備に2日、洗米と米蒸しから米麹の完成までに約1週間と、麹づくりだけでも長い時間と手間が必要になる。

荒木さんたちは、「より良い味輝酵母」を作るため、数多くの失敗と試行錯誤を重ねながら、麹づくりを改良してきたという。

今では、この米麹は味輝酵母だけでなく、塩麹や醤油麹はもちろん、グルテンフリーのパンやクッキーには欠かせない材料で、そこからできる甘酒は甘酒スムージーやデザートなど様々な形で味輝の製品にも活用されている。

味輝の米麹 ⇒ 米麹甘酒

完成した米麹に、蒸した米とお湯を加え、温度を保ちながら発酵させると、米麹の力によって、お米のでんぷんが糖へ変わり、米本来の甘さが引き出されていく。この工程は丸1日続き、味輝では、「お米の甘さを米麹の力で極限まで引き出す」と表現している。

こうして完成する味輝の甘酒は、糖度45〜50度ほどにもなるという。そのため、甘酒として飲む際には、水やお湯で薄めて飲んだり、前述のように、砂糖の代わりとしてデザートづくりにも活用されている。

味輝の米麹甘酒 ⇒ 味輝酵母

こうして完成した米麹甘酒を、今度は一気に冷ましていく。その際、粗熱を取りながら、何度もかき混ぜ続ける。

荒木さんは、この工程を、日本酒の伝統的製法「生酛(きもと)造り」における「山おろし(酛摺り)」に例えて説明してくれた。山おろしとは、蒸米を桶に入れ、櫂で長時間すりつぶしながら、自然の乳酸菌を育てるための重労働な工程である。味輝では、ボートのオールのような櫂を使い、一つの桶を一晩に20回、それを12回繰り返しながらかき混ぜる。しかも、それを24桶行う。

荒木さんは、この工程を、日本酒の伝統的製法「生酛(きもと)造り」における「山おろし(酛摺り)」に例えて説明してくれた。山おろしとは、蒸米を桶に入れ、櫂で長時間すりつぶしながら、自然の乳酸菌を育てるための重労働な工程である。味輝では、ボートのオールのような櫂を使い、一つの桶を一晩に20回、それを12回繰り返しながらかき混ぜる。しかも、それを24桶行う。

荒木さんによれば、工房で寝泊まりして、一晩で約5000回にもなるという。かつては、その作業を初代が一人で担っていた。現在は荒木さんも加わっているが、暖かい時期には冷めにくくなるため、一人3000回近くかき混ぜることもあるという。

しかも、この作業は単なる温度調整ではなく、かき混ぜながら、甘くなった米粒を崩し、発酵を均一に進めていく役割も担っている。その後、甘酒を暖かい部屋で約2週間発酵させる。こうして、自然発酵によって味輝酵母を育てていく。 

発酵の工程としては、まず乳酸菌が増殖し、環境は次第に酸性へ変わっていく。荒木さんによれば、乳酸菌は自らが作り出した酸性環境では生き続けられないため、pHが一定以下まで下がると、今度は酸に強い酵母だけが生き残るという。

その時、酵母が一気に増殖していく。

荒木さんは、その様子を、「酵母が“俺の天国だ”みたいになって湧いてくる」と表現した。

約2週間、毎日状態を確認しながら、その日の発酵状態に合わせて撹拌を続ける。この「甘酒から味輝酵母になるまで」の期間が、最も神経を使う工程だという。

そこに存在している乳酸菌や酵母が、麹か、工房か、道具か、環境か、どこから来たものなのかは完全には分からないそうだ。荒木さんは、日本酒蔵や醤油蔵にも足を運びながら、麹づくりや発酵について学び続けてきた中で、川、山、湿度、穀物、空気といった環境そのものが、発酵に大きく関わっていることを実感してきたという。

現在の味輝酵母の製法も、数多くの失敗と改良を繰り返した末に辿り着いたものだそうだ。

味輝酵母を使ったパンづくり

こうして完成した味輝酵母は、ようやくパンづくりに使われる。

味輝のパンの特徴

一般的なイーストパンが短時間で仕上がるのに対し、味輝のパンづくりは非常に長い時間を必要とする。

味輝では、まず味輝酵母と小麦粉、水を合わせ、生地として長時間発酵させていく。夏は約15時間、冬は18〜20時間。さらに残りの材料を加えて捏ね、追加発酵を行い、成形後も1時間半〜3時間ほど発酵させてから焼き上げる。

「酵母に食べさせる」という発想

荒木さんが繰り返し語っていたのは、「発酵によって、小麦をどこまで分解するか」ということだった。

荒木さんによれば、この長時間発酵によって、小麦のでんぷんの約70%を酵母が分解しているという。つまり、人が食べる前に、酵母が先に小麦を“食べている”のである。そのため、見た目は一般的なパンと大きく変わらなくても、中で起きていることは大きく異なるので、「同じ50グラムのパンでも、実際に体へ入る未分解のでんぷん量はかなり少なくなる」とのこと。

胃腸への負担が少ないので、胸焼けしにくい

長時間発酵によって、小麦のでんぷんがあらかじめ分解されているため、胃腸への負担が少ないのではないかと考えておられる。

腹持ちの良さ

「胃腸への負担が少ない」一方で、「腹持ちの良さ」も特徴とのこと。

荒木さんは、「1枚でも通常のパン何枚分か食べたような満腹感がある」のは、発酵によって生まれる成分や、酵母の“おり”のようなものが残ることで、満足感が続きやすくなっているのではないか、と説明されていた。

香ばしさとうま味

味輝のパンについて、荒木さんは、香ばしさ、深い旨味、噛むほど味が出る、という特徴を挙げる。

焼き上がってから2〜3日経っても、美味しさが持続しやすく、焼き直すことで香りが立ち、ふっくら焼き上がるので、「焼いて食べてほしい」と、荒木さん。

顔が見える材料

味輝では、小麦に限らず、生産者との「顔が見える関係」を大切にしておられる。

そこには、生産者自身が「食べる人への責任を持つ」という揺るぎない姿勢があり、食の安心・安全を大切にするため、味輝では、生産者との繋がりを築きながら、原料も厳選しているという。

そうした材料への向き合い方も、「真の健康を築く食品」を目指す味輝のパンづくりに繋がっているのだろう。

味輝のこれから

味輝では、「真の健康を築く食品」を目指したパンづくりを掲げている。

公式サイトには、「より時間がかかりより労力がかかったとしても、より安全なものを求めていく」、また、「自然な甘みと深い旨味が広がる米麹の酵母を使ったパンを中心に、無添加で消化に優しい美味しさを発酵で作っています」と記されていた。

その言葉通り、味輝では、単に「健康に良さそうなパン」を作るのではなく、発酵、消化性、素材、美味しさ、その全てを追い求めておられるようだ。

現在はさらに、オーガニック、全粒粉、グルテンフリーなど、新たな取り組みも始まっている。

その背景には、三代目のご長男がドイツで学んだ製パン技術や理論の影響もあるという。ドイツで長時間発酵やサワー種について学ぶ中で、味輝が長年続けてきた中種法や天然酵母の考え方が、理論的にも理にかなっていたことを再確認したのだそうだ。

また、ご長男がオーガニックやグルテンフリー分野に取り組む一方で、ご次男は商品開発、ご長女はカフェ運営や健康志向メニューを担当しているという。

味輝では、それぞれの世代で役割を分担しながら、新たなパンづくり、商品づくりへの挑戦が続いているのである。

まとめ

パンを発酵食品と意識して食べていなかったが、今回の取材で、「パンは発酵食品」ということを強く再認識した。また、米パンもあるようだが、パンは、小麦が主原料と思っていたら、味輝さんでは、米を原材料にした米麹づくりから始まる。

パンを「発酵食品」と意識して食べることは、これまでほとんどなかった。だが今回の取材で、「パンは発酵食品」なのだということを改めて強く認識した。しかも味輝のパンづくりは、小麦粉からではなく、まず、米を原材料にした米麹づくりから始まるのである。

一般的なパンは、ドライイーストを使い、比較的短時間で生地を膨張させることが中心になるので、味輝のパンづくりは、その“発酵”の意味合い自体が大きく異なる。

簡単に手に入るドライイーストや市販の天然酵母を使用せず、米麹づくりから酵母を自家製造するのは、とにかく手間と時間がかかる。

今も、ご高齢の初代は、人里離れた酵母蔵で、日々、発酵と向き合い続けておられるそうで、酵母づくりは、まさに人生そのものなのだろうと拝察する。

長い年月をかけ、試行錯誤を重ねながら生み出され、今も改良を重ね続けている味輝酵母。だからこそ、「それでしか得られない」現在の味輝のパンの味があるのだろう。

実際、お土産にいただいた食パンを翌朝、宿泊したホテルに設置してあったトースターで焼いて食べたところ、香ばしい香りが立ち上がり、表面はパリッと、中はふわっとした食感で、さらに、甘酒のようなほんのりした甘みと酸味、深い旨味が広がった。確かにお腹持ちもよく、早朝、ホテルを出発したのだが、昼過ぎまで空腹を感じなかった。

荒木さんによると、個人レベルで酒種酵母を育てている人はいるものの、天然酵母を完全に自家製造しているパン屋は、全国でも数軒程度ではないかという。それだけ希少なパンづくりなのだろう。

初代から二代目へ、そして三代目へ、長い年月をかけて育まれてきた味輝酵母と味輝のパンをさらに進化させ、これから先の世代へつないでいっていただきたい。

COREZOコレゾ「『パンは発酵食品』、米麹づくりから始め、仕込んだ甘酒を自然発酵させた自社培養酵母を使用し、無添加で消化に優しい、天然酵母パンをつくり続ける二代目」である。

取材;2026年4月

初稿;2026年5月

文責;平野龍平

 

 

 

コメント