飯尾 彰浩(いいお あきひろ)さん/富士酢 飯尾醸造株式会社 代表取締役

COREZOコレゾ 「無農薬の米作りから取り組み、新米だけを贅沢に使った伝統製法で、酢もと醪(酒)も自社蔵で仕込み、時間を掛けて静置発酵した富士酢と開かれたお酢屋の試みでファンを増やし続ける五代目」 賞

飯尾 彰浩(いいお あきひろ)さん/富士酢 飯尾醸造株式会社 代表取締役

富士酢醸造元 飯尾醸造株式会社 代表取締役 五代目当主

1975年京都府生まれ

東京農業大学大学院修士課程修了

東京コカ・コーラボトリング 勤務を経て現職

飯尾醸造株式会社

創業明治26年、京都府宮津市の「富士酢」醸造元。

宮津市は、京都府でも北部の日本海に面していて、京都駅からも大阪駅からも鉄道で約2時間、日本三景のひとつ「天橋立」がある。

以前から「富士酢」を愛用していて、「やまつ辻田」の辻田社長のご紹介で訪問が叶った。

 

無農薬のお米から酢を造る

高度経済成長期の昭和30年代、毒性の強いDDTなどの農薬がどんどんまかれるようになり、田んぼには人が近づかないよう立ち入り禁止の赤い旗がたてられ、フナやドジョウなどの生き物がいつのまにか姿を消していく光景を目の当たりにし、「こんな田んぼで作ったものを食べたら体がおかしくなるんとちゃうか。こんな米から酢を造っとったらあかん!」と感じた三代目当主は、無農薬のお米から酢を造ろうと決め、「農薬を使わんとお米を作ってくれまへんか」と地元・宮津の農家を一軒一軒頼み歩く日々が始まった。

しかし、大量生産・大量消費が美徳、無農薬や環境という考え方自体が全くといっていいほどなかった当時、農家の人を説得するのは大変なことで、 念願の無農薬米を作ってもらえるようになるのに、2年もの月日がかかったが、飯尾醸造さんが「無農薬米づくり」に取り組みはじめたのは昭和39(1964)年で、日本で農薬問題がはじめて社会的に注目されるきっかけとなった有吉佐和子さんの『複合汚染』が新聞に連載が始まるおよそ10年前のことだった。

四代目が挑戦した農法

四代目当主は、安全な原料を確保しつつも、農家の方々の負担を減らしたい、と強く願い、毎日、農業関連の新聞や専門誌に目を通しては情報を集め、農家や農協の方々と一緒に先進地に見学に行くなどして研究すること20年余り、 試した農法は、6種類以上に及び、現在は、黒く色付けされた紙を敷きながら田植えをする、再生紙黒マルチ農法に落ち着いた。

黒い紙を利用するのため日光がよく集まり、稲の生長が促進される。無農薬で米を育てる上で最大の課題は雑草との戦いだが、この農法では、自然に紙が溶けて土に返るまでの間、雑草が生えてこないことも大きな利点となる。

田んぼにただ苗を植えるのと違い、紙マルチを敷きつめながらの田植えとなるため、特殊な田植え機や資材費が必要なので、コスト面では高くつくが、費用は飯尾醸造が負担して契約農家へ提供し、出来上がった米の買い取り価格も非常に高く設定している。

コストだけを考えると非効率な経営かもしれないが、ある契約農家さんが「飯尾さんのところで米を買うてくれなんだら農家は続けれんかった」と云ってくださったことがあったそうで、苦労して無農薬で米を育ててくれる契約農家の方が農業で生活できないようなやり方ではいけない、という信念が契約農家との信頼関係を育て、現在につながっているそうだ。

1. おいしい酢は、おいしい米からできる。丹後の棚田で穫れる最高のお米はうちのお酢には欠かせない。
2. しっかりと目の届くところで、信頼できる人が作った米がいちばん安心だ。
3. 日本の農業を守りたい。とくに地元の農業とのつながりを大切にしたい。

    棚田の景観を守る

    平成14(2002)年からは、高齢化により米作りができなくなった契約農家から棚田を借り受け、蔵人が米作りもはじめた。 借り受けたのは、機械が入らない曲がりくねった棚田で、収穫量からすれば、その分が無くなってもお酢の製造に大打撃という量ではなかったが、耕作面積がどんどん少なくなってきている棚田の景観を守るために始めた。

    純米富士酢

    まろやかな旨みとコクの純米酢

     明治26年の創業より変わらぬ製法で造った「純米富士酢」は飯尾醸造の看板商品

    1. 地元、京都・丹後の山里で栽培期間中 農薬不使用栽培の米と山から湧き出た伏流水だけを原料に造った純米酢
    2. その米を使って、自社の蔵で杜氏が醪(もろみ)を仕込み、その醪から古式「静置発酵」と「長期熟成」でつくる
    3. 米づくりからはじめて2年以上、今となっては珍しい気長な製法を守っております。
    4. 酢1リットルにつき200gという、「米酢」と表示できる量の5倍ものお米を使用
    5. たっぷりのお米を原料にしているため、うまみが強く濃厚な味わいが特長

    ※ 醪(もろみ)……純米酒を造る際に、酒と粕に分ける前段階のもの

    実際に成分分析すると、富士酢は酢酸の比率が低いことが分かったそうだ。「酢酸」は、強い酸味と刺激臭を持つ有機酸で蒸発しやすく、一般的な米酢は99%が酢酸だが、富士酢は酢酸が86%で不揮発酸の乳酸、コハク酸、リンゴ酸など、穏やかな酸が多いのが特徴。ツンとせず、酸が飛びにくいので酢飯にするとおいしさが長持ちする。

    原料のお米は「無農薬」の新米のみ

    いい酢はいい米から、一般的にお酢の原料米には、古米やクズ米、米ヌカなどを使うメーカーが多いそうだが、飯尾醸造では、昭和39年から地元、京都・宮津の棚田で農薬を使わずにお米を作ってもらい、 その年の秋に収穫した新米だけを原料にお酢を仕込む。人里離れた棚田でわざわざお米を作るのは、他の田んぼで使った農薬や生活排水の影響を受けないようにするため。

    酢1リットルにつき、200gもの米を使う

    「純米富士酢」の深いコクと味わい深い旨みの秘密は、酢1リットルにつき200gというたっぷりの米の量にあり、JAS規格の定める「米酢」と表示できる基準(40g)の5倍の量で、「富士酢プレミアム」はさらに多く、酢1リットルにつき320g、JAS規格の8倍もの量を使っている。

    JAS規格(日本農林規格)では、1リットルのお酢を造るのに40gのお米を使えば「米酢」と表示できるが、米だけからお酢をつくるには最低でも120gのお米が必要で、それだけでは、お酢が作れないため、「醸造用アルコール」(「アルコール」「酒精」とも呼ぶ)を添加してつくる。お使いの酢の原材料表記をご確認いただきたい。

    酢もと醪(もろみ)=酒 の仕込み

    米から酢もともろみ(酒)を醸し、その酢もともろみ(酒)で酢を造るのは、昔から行われてきた日本古来のお酢の造り方だが、今では、お酢のメーカーで自社蔵で酢もともろみ(酒)を造っているところはほとんど稀だそうだ。

    この130年以上前から続く酒蔵とかわらない本格的な酢もともろみからつくる製法が後から制定された酒税法に抵触する、と国税から指摘を受け、酒税が課されるようになったが、飯尾醸造さんだけのために酒税法が改正され、現在は非課税となっている。

    なんと400社余りある日本の食酢メーカーのうち、自社で製造の設備を持つのは3分の1以下で、 設備を持たないメーカーでは高い酸度のお酢を仕入れてきて、水でうすめて販売しているのが実状だとのこと。

    精米から蒸し米

    醪(酒)づくりはまず精米から始まり、精米を終えた米は、洗ってから一晩水に浸され、大きな蒸し釜で約60分蒸す。精米歩合は平均して83%程度で、一般の日本酒よりも低いのは、美味しい酢づくりのために、タンパク質を多く残す必要があるから。

    飯尾醸造では、品質第一に目の届くところで造りたいという考えから、精米も外注せず、自社蔵で品種ごとに丁寧に一貫して行うことで、精米機の中でよその農薬使用米が混ざることも避けることができる。

    米麹づくり

    蒸し上がった米を40℃まで冷まし、米粒に麹菌をまんべんなくまぶしてから、麹菌を繁殖させるため、室温29℃、湿度70%に保たれた麹室へ移す。 固まった米粒に何度も手を入れてほぐしてやりながら、丸2日かけて糖化力とタンパク分解力の強い麹をつくり、できあがった麹は、麻布の上に広げて常温まで冷ます。良い麹を作ることは良い醪(酒)造りの要、つまり美味しい酢造りにおいても重要なポイントとなる。

    酒母づくり

    小さなタンクに水と麹を入れて、酒造用の酵母を加え、これに蒸し米を入れて撹拌して酒母の仕込みは終わり、仕込み終えた酒母は、7℃から20℃の間で約2週間、複雑で細やかな温度管理をしながら酵母を増殖させる。この厳密な温度管理が、元気な酵母を増やす決め手となる。

    醪(酒)づくり

    酒母ができると大きなタンクに移し替えて、醪(酒)の仕込みが始まる。水、麹、蒸し米の順にタンクに投入するが、一度に大量に入れると発酵力が弱まるため、3回に分けて行う(三段仕込み)。 最初の投入から2日後にはパシャパシャと音を立てて発酵が始まり、約30日かけて醪(酒)が出来上がる。この間杜氏は、深夜でも発酵の具合を確かめ櫂を入れるなど、つきっきりで世話をする。出来上がった醪(酒)は、「酢もともろみ」と呼ばれ、アミノ酸が多く、味は濃醇甘口で、この雑味と旨味が、のちに美味しいお酢へと変わる。

    酢づくり

    米酢の仕込み

    自社蔵で造った「酢もともろみ」をお酢蔵に運び、タンクに種酢と水、「酢もともろみ」を入れて40℃に温め、表面に酢酸菌膜を浮かべる。この酢酸菌膜が2〜3日後にはびっしりとタンクの表面を覆い、酢酸発酵が始まる。

    この酢酸菌は、飯尾醸造の蔵に120年以上前から住みつく伝家の菌で、この菌が持つ個性が「富士酢」の味や香りの個性となる。 また、酢を造るのには、種酢として全体の3分の1量の酢が必要で、俗に言う「うなぎ屋のたれ」のように、創業時の酢が継ぎ足されて次の酢になり、その次、またその次へと代々つながり、現在の味になっている。

    静置発酵

    飯尾醸造の蔵では「静置発酵」とよばれる昔ながらの製法でお酢を造っている。これはタンクの表面の酢酸菌が、80日〜120日と、ゆっくり時間をかけて自然にアルコール分を酢にかえていく発酵法で、時間と手間、職人の勘が必要だが、醸造している間に酢酸と水が調和し、まろやかで旨味の多いお酢を造ることができる。

    多くのメーカーでは8時間から長くても数日で発酵が終わる速醸の「全面発酵法」を採用しています。 これはタンクの中に空気を人工的に送り込んで発酵を促進させる方法です。

    多くの酢のメーカーでは、8時間から長くても数日で発酵が終わる速醸法を採用しており、効率を優先させるために機械でタンクの中に空気を人工的に送り込んで発酵を促進させる方法で、「全面発酵」と呼ばれている。
    ※酢酸菌は好気性の菌で、空気に触れる面で発酵するので、「静置発酵」では液面でしか発酵が進まないのに対し、 液体内に空気を送り込む「全面発酵」では全体で発酵が進むため、速くお酢ができる。

    ゆっくり熟成

    発酵が終わった酢は、熟成蔵に移され、ゆっくりと時間をかけて熟成させる。熟成期間は最低でも240日〜300日ですが、 その間もただ寝かせておくだけではなく、何度もタンクからタンクへの移し替えを行い、 5回以上の移し替えで空気に触れさせてやることによって、出来上がりの酢は、よりまろやかな風味に仕上がる。ワインで言う「デキャンタージュ」と同じことだが、タンクの単位で行うのは手間のかかる作業。最高の状態で消費者の皆様の元にお届けできるよう、最後まで手を掛ける。

    誠実な企業姿勢

    自社のWebサイトには、誤解を招かないよう下記の説明がある。

    • 「無農薬」・・・法律上は無農薬という表現が以前から禁止されております。商品ラベル等では「栽培期間中 農薬不使用米」と記載しております。
    • 「新米」・・・前年のお米は混ざっておりませんが、秋に収穫し年が明けてからの精米になるため、新米の定義に該当しないことから商品ラベル等では「米」と表現しております。

    富士酢プレミアム

    20年来の夢であった、幻の純米酢

    飯尾醸造が20年来夢見てきた「大吟醸のように繊細で、しかも旨みがあるお酢」。

    こだわりぬいた原料と製法で、お米の滋味を最大限に引き出したのがこの「富士酢プレミアム」。原料には地元、京都・丹後の山里で栽培期間中 農薬不使用栽培の米を、「米酢」と表示できる量の8倍も使用。昔ながらの古式「静置発酵」と「長期熟成」をさらに極めた一徹な造り。やさしい香り、穏やかな酸味、そして円熟の旨みが堪能できる極上の純米酢に仕上げた。お酢が単に酸っぱいだけでなく、この「富士酢プレミアム」は、格別にふくよかな味わいであることを実感できる。

    飯尾醸造の看板商品「純米富士酢」でも十分な旨みがあるのだが、それ以上の旨みがあり、味も香りもまろやかで、まさに至高のお酢である。

    香りの改善からよりプレミアムなお酢にさらに進化

    飯尾さんの高校児時代の進路面談で、担任の先生に「東京農大の〇〇先生の研究室で、酢の香りの研究をさせたい」と伝えたお父様の言葉通りに進路が決まったそうだ。

    「純米富士酢」は、原料米をたっぷり使い、昔ながらの製法で造っているため、米酢本来の芳醇な香りがする一方で、工業的に速醸で造る酢にはその香りがなく、そのため、市場の大半を占める速醸の酢に慣れた人の中には、「純米富士酢」の香りを敬遠する人は少なくなかったそうだ。

    原料も製法もと飽くなき探求を続け、より良い物を造っているのに、その香りのために選んでいただけない、いいものを造っているというだけで売れる訳ではないという厳しい現実に直面した四代目のお父様の大きな悩みだった。

    飯尾さんは大学院に進んで、その香り成分を減らす研究を続け、その香りをつくり出す経路の途中の遺伝子を破壊することが解決策だという結論を得たが、遺伝子破壊をした菌を昔ながらのお酢づくりには使えない。そこで、29歳の時に家業に戻り、発想を変えて、その香り成分を減らすのではなく、他の香り成分を増やしてマスキングする方法でつくったのが富士酢プレミアムだった。

    速醸法でつくったり、使用する米を減らせば、その香り成分も減ることは分かっていたが、逆に米の使用量を増やし、他の香り成分を増やしたことで、香りの改善だけでなく、まろやかさが増し、旨みがたっぷり含まれたお酢が出来上がり、お父様もそれは喜んでくださったそうだ。

    お客様へ開かれたお酢屋の試み

    田植えと稲刈りの体験会

    飯尾さんが東京での生活から宮津に戻られた時点で、既に蔵人による棚田での米作りがはじまっていたが、父の後姿を見て育ったものの農作業経験はなく、初めて棚田に行ったのは、田植え前の畦の修繕とかの時期だった。蔵人たちにとっては日常の作業の一つだったが、飯尾さんにとっては、非日常の楽しい体験だった。このギャップは使える、とひらめいた。飯尾醸造で米作りをしているのは曲がりくねった棚田ばかりで、田植えも稲刈りも機械が使えず、すべてが手作業だ。ズブの素人が農薬や化学肥料を使わずに棚田で米づくりするのは三重苦なのだが、これほどまでに手作業なのも、都会の人にはかえって新鮮なはずだし、手伝ってもらえれば蔵人の負担も軽減できるので、都会ではできない体験を宮津でしてもらおう、と平成19(2007)年から田植えと稲刈りの体験会を始めた。

    最初の年の参加者は、知り合いや取引先の方々が数名のみだったが、翌年からは通販のお客様も増え、今では毎年のべ100名以上の方々がお手伝いに来てくださるまでになり、 自分が植えた苗や刈った稲がお酢になって手元に戻ってくる仕組みで、どんな人が自分たちが使うお酢を造っているのかが分かり、つくり手と消費者の交流の場にもなっている。

    中には、5回、10回、20回と何度も足を運んでくださる人がいらっしゃったり、参加者同士のカップルも生まれているそうで、作業を手伝って終わりではなく、昼食には宮津でしか食べられない弁当を用意したり、夜は自社のレストランでパーティーや田植えファッションショーの開催、プロのカメラマンにスナップ写真を撮ってもらうなど、何回来ていただいても楽しんでもらえる工夫をしておられるからこそのことだ。

    顔写真入りバッチが名刺代わり

    顔写真入りバッチは店舗に置かれているガチャガチャの景品の一つだったそうだが、名刺交換も顔写真入りバッチにすれば、双方向のエンタテインメントになり、お格さまにも従業員にも楽しんでもらえるのでは、と思いつたそうだ。

    飯尾さんなら五代目、「酒づくり誰々」、「瓶詰め誰々」というように表記し、お客様とのコミュニケーションが取りやすくしていて、また、直接会わないとバッジはもらえないので、何回も足を運んでいただくことにも繋がっている。

    直営イタリアンレストラン aceto 「すっぱい思い出」町を変えるきっかけに

    自社で買い取られた120年前に建てられた商家をリノベーションした風情のある建物で、元々の床の間や欄間、襖や障子などの建具はそのままに、酢蔵の古い欅の「搾りフネ」をテーブルにリメイクし、ファブリックは、イタリアの海のイメージを取り入れるなど、独自の空間に仕上げた南イタリア料理のお店。

    南イタリア料理は、レモンやビネガーをよく使うので、自社製品や自社でつくっているお米もリゾット等で使えるし、宮津には洋食系のレストランが少なく、近隣の既存のお店とも競合せずに町を元気にしたいという思いもあって、シチリアで修行したシェフを東京から招いた。

    お酢屋さんの本丸はお寿司ということで、元々は、敷地内の別の建物でお寿司店を直営されていたのだが、コロナ禍で一旦クローズしていたところに寿司職人さんご夫婦が訪ねて来られ、現在は、そのご夫婦が店舗を借りて営業しておられるとのこと。

     

    世界シャリサミット

    飯尾さんは、2018年から「江戸前シャリ研究所」の所長も務められていて、年に1回、「世界シャリサミット」という酢飯のサミットを開催されている。

    毎年、世界中からミシュランガイドの星を持つ方もふくめて4〜50人の寿司職人さんが宮津に集い(毎回、申込多数で抽選になっているそう)、どうすればシャリがもっと美味しくなるか、だけでなく、醤油や海苔、米などの日本トップクラスの生産者や飯尾さんが素晴らしいと思う寿司職人さんたちも講師に招き、新しい技術、発想、未知の食材にも触れることができ、技術を向上する機会と寿司職人さん同士の交流を深める場にもなっている。

    相応の会費は払っていただいているものの、講師の皆さんにはご自身のお店を休んで来ていただくため、毎回、飯尾さんの持ち出しで運営してこられて、新規のお寿司屋さんとの取引も増えることでメリットもあったそうだが、既に寿司屋さん用の「赤酢プレミアム」の生産量が上限に達してしまい、新規取引は停止している状態だとのこと。

    営業的なメリットは無くなったが、飯尾醸造が世界の高級なお寿司屋さんのプラットホームとして認知していただいていることもあり、何よりも、毎年、東京ではなく、宮津で開催することで、「シャリの聖地」として認めてもらうことにも繋がり、関係者も含めて6〜70名が1〜2泊されるので、この町の企業として多少なりとも地元にも貢献ができるよう、続けていきたい、とおっしゃる。

    富士酢偏愛者のためのレストランマップ

    飯尾醸造が造る富士酢製品をお使いいただいているレストランマップ まで用意されている。

    観光地としての宮津

    宮津には日本三景の一つの天橋立があり、丹後地方は年間600万人の方が訪れる一大観光地だが、京都市内と比較すると、宿泊者数が半分以下なので客単価は1/7から1/8程度しかないが、観光客を増やすのではなく、減らしてでも宿泊客を増やせば、オーバーツーリズムにもならない。

    また、いくら景色が綺麗でも何度も足を運んでいただくためには、食がすごく大事だが、美食、美味しいものというだけではフォーカスしきれていないので、お酢屋の立場から「シャリのまち」と定義したが、これらは、飯尾さんの個人的な考えだからと、行政他から支援を受ける等は念頭になく、この地域の企業として、全て自己資金で、夜しか営業しないレストランを営業したり、地元に泊まっていただけるイベントを開催しておられる。

    今後の飯尾醸造

    地元への還元

    飯尾さんのお考えでは、今ある商品をさらに磨きをかけることは続けていくが、今以上に商品を増やしたり、生産量を増やす予定はなく、これまで取り組んで来たことを横展開して、地元や地域外の事業者の皆さんのお手伝いをするために、本業と切り離して、コンサルや講演をする飯尾さん一人の事業部を立ち上げ、そこでの収入は地元に還元したいとのこと。

    まとめ

    穀物酢

    スーパー等では、穀類(小麦、米、コーン)、アルコール、酒かす等を原料にした穀物酢が驚くような値段で販売されていて、商品案内には、小麦・酒粕・米・コーンをバランスよくブレンドして醸造した、日本で最もポピュラーな醸造酢、とある。

    さて、元来、お酢は米からつくられてきたはずだが?

    代用調味料

    食糧難だった戦時統制下、戦後の時代には、米から酢をつくることが禁止され、代用品をつくるしかなかったようで、戦時統制下には、米だけでなく、大豆や小麦も入手困難となり、配給不足を補うため、酢は、落ちたり、虫がついて腐り始めた柿などから、醤油を補うためにきな粉の汁を足し、味醂の代用として山葡萄の汁を原料に等々、各家庭で代用調味料をつくることが推奨され、これらは国策調味料と位置づけられていたそうである。

    その当時、豆かすや麩(ふ)などの原料のタンパク質を塩酸で煮沸、加水分解し、アミノ酸化したものを水酸化ナトリウムで中和し、中性の食塩水溶液(=アミノ酸液)を得る方法が開発され、代用醤油は、主にこのアミノ酸液に風味をつけたもの。原理的には、人毛のたんぱく質からでもアミノ酸液が作れるのでその研究もされていたという。

    現在、日本アミノ酸液工業会という団体のWebサイトでは、「アミノ酸液は日本農林規格(JAS)でしょうゆの原料として認められている」とPRしているが、農林水産省「しょうゆの日本農林規格」では、大豆・とうもろこし・小麦等の植物性タンパク質を原料に作られたアミノ酸液は、醤油もろみと混合する混合醸造方式および、醤油と混合する 混合方式でつくったものも醤油と定義されていて、今では、売り場に並ぶ食品の原材料表記を確認すれば醤油だけでなく、漬物やたれ類、つゆ類、即席めんやパスタ、カレーに至るまで驚く程多くの加工食品に使われている。

    選ぶモノサシ

    話は逸れたが、戦時統制下の物資不足の時代にいろんな代用品製造のために開発された技術が今でも工業生産に活かされていて、経済効率を最優先した大量生産による安価な商品提供が実現し、我々消費者もその恩恵を受けているのだが、安いからと余分に購入した調味料や加工食品がご家庭の冷蔵庫や物入に死蔵したまま、気づいた時には消費期限が過ぎてしまっていて廃棄した、というご経験はないだろうか?

    本来、必要なモノを必要なだけ購入して使い切ることが持続可能な社会への近道だと思うが、その必要なモノとは何か、どの商品を選ぶべきかの基準は、ホンモノ、それも最高峰を知らないとモノを選ぶモノサシは育まれないように思う。

    「富士酢プレミアム」が手に入るうちに!

    嗜好品や贅沢品と日常品の線引きは難しく、単純に比較もできないが、ワインの最高峰となると我々一般庶民には到底手が出ない程高価であり、特定の産地で伝統的な製法を守ってつくられるバルサミコ酢の高級品には、100ccで1万円以上するものもあるようだ。

    「純米富士酢」は、一般の米酢の5倍量の無農薬栽培の新米を使い、米づくりから始まって、酒蔵とかわらない精米〜酢もともろみ(酒)の本格的な仕込みをし、静置発酵〜熟成、と飯尾醸造さんの酢づくりは、速醸法の何百倍もの途方もない手間と時間をかけていても、5倍の価格差はないので、むしろ良心的とも云える。

    「純米富士酢」も美味しいが「富士酢プレミアム」を一度味わってほしい。

    大量生産されたお酢との違いは明らかで、米づくりからこだわり、特定の産地で伝統的な製法を守ってつくっておられる家庭用のお酢の最高峰が一番小さな瓶なら千数百円で手に入るのである。

    全酢造メーカーの生産量に占める飯尾醸造さんのシェアは僅か0.06%しかなく、今後、生産量を増やす予定はないそうで、前述したように、既に寿司屋さん用の「赤酢プレミアム」の生産量が上限に達してしまい、新規取引は停止状態とのこと。

    手に入り難くならないうちに、コレゾ、純米酢の風味を五感で感じ、食の記憶に刻んで、是非、お酢選びの基準にしていただきたい。

    取材;2023年3月
    初稿;2023年5月
    文責;平野龍平

     

     

     

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