白水 高広(しらみず たかひろ)さん

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COREZO「地域文化を担保していくため、その時見えてきた課題や地域で必要と感じたことの具現化に取り組む、地域文化商社経営者」賞

白水 高広(しらみずたかひろ)さん

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プロフィール

うなぎの寝床代表取締役

1985年佐賀県小城市生まれ。大分大学工学部福祉環境工学科建築コース卒業。個人事業としてデザインの仕事をはじめる。

その後、2009年8月から、厚生労働省の雇用創出事業「九州ちくご元気計画」に関わり、福岡県南部・筑後地域の商品開発やブランディングを行なうプロジェクトの主任推進員として2年半活動し、経験を積む。同事業は2011年グッドデザイン賞商工会議所会頭賞を受賞。

任期を終え、2012年7月、大学からの友人である春口丞悟氏と共にうなぎの寝床を立ち上げる。

店舗運営に止まらず、メーカー機能、商品開発等も積極的に行ない、久留米絣のもんぺMONPEは、年間約17,000本を生産するメーカー機能も担い、地域の中で原反を仕入れ、加工、卸、販売するシステムを構築した。

地域に足りない要素や機能を考え、実装する地域文化商社を目指し、販売だけではなく、調査研究も含めた、地域の人、文化、技術などを掘り起こしながら、様々な人々、会社、行政ともコミュニケーションをとり事業を推進。

他地域との交流・交易、企画・デザイン・商品開発・撮影、調査研究等、幅広く活動を続ける。

受賞者のご紹介

もんぺMONPE

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白水高広(しらみずたかひろ)さんは、「うなぎの寝床」の代表。「うなぎの寝床」の店舗がある旧寺崎邸でお話を伺った。

福岡県南部の筑後地方の伝統的な久留米絣(くるめかすり)という織物でつくった「もんぺ」が売れている。

同じ筑後地方の文化庁重要伝統的建造物群保存地区に指定された八女市中心部にある修復・再建された土蔵造りの重要伝統的建造物に店舗を構える「うなぎの寝床」がつくった。

「うなぎの寝床」のWebサイトでは、日本のジーンズ「MONPE」と紹介され、空港、ビーチ、トレッキング、農業、作業現場、日々の生活、…、いろんなシーンでのもんぺスタイルが紹介されていて、スタイリッシュで、さまざまな色・柄があり、戦時中の婦女子の活動着や農作業着といった従来のもんぺのイメージが一新されている。

「うなぎの寝床」を始めたきっかけ

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「大分大学工学部福祉環境工学科建築コース卒業後を卒業後、個人でグラフィックデザインをしていた時に、福岡県の方から声が掛かり、厚生労働省の雇用創出事業『九州ちくご元気計画』に関わって、福岡県南部・筑後地域の商品開発やブランディングを行なう、プロジェクトの主任推進員として2年半活動しました。」

「雇用を創出するには、雇う側が元気である必要があるので、筑後地方の農業、工業、商業、…、いろんな人たちに会い、商売のお手伝いをしました。」

「その時出会った、地域でものづくりをしている人たちには、おもしろい人が多かったのですが、伝え方が上手くなかったり、もしくは伝えようともしていませんでした。そういうのはもったいないし、マッチングを上手くやれば、いいものづくりが世に伝わるんじゃないか、というイメージは持っていました。」

「その頃、『九州ちくご元気計画』に関わった関係で、妻の実家のある八女の町屋に住んでいて、元気計画が終わった後、何をしようかと考えていていました。東京や大阪、福岡に販売するルートはたくさん作ったけれど、『これいいですね、どこに行けば買えますか?』と尋ねられても、作った人は在庫を持ってないし、地元でまとめて見たり、買えたりできる場所も商品の良さや、作り手を紹介する場所もありませんでした。」

「建築を学んでいたので、何かを始める前に、都市計画として、まずその地域にどういう機能が足りないのかを検討し、それを埋めるもの、作り手の側ではできないこと、僕たちだからできることを考えて、ショールーム的な『アンテナショップ』をやろう、と決めました。」

「当時、『うなぎの寝床』の前にカフェをしていた店子さんから、店を止めるので、後に入りませんか?という話があって、そちらに引っ越していたのですが、店舗は、実家のある佐賀に戻ってやるつもりでした。ところが、借りようとしていた物件が別のところに先に借りられてしまったので、今住んでいるところでやろうか、ということになって、住居を2階に移して、1階を店舗にしたっていう感じですが、店舗を始めるに当たっては、大家さんの北島さんたちに事業計画を説明して、了解してもらいました。」

重伝建の建物で店舗をオープン

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「それまでに八女には何年か住んでいたので、北島さんたちの町並み保存の活動は良く知っていていましたが、重伝建の建物を店舗にできたのも偶々住んでいただけで、結果として、よかったな、と思います。」

「八女は、観光地化していない分派手さはありませんが、まちの人が住みながらまちを守っている、という普通のところがいいなと思っています。僕がこのまちに来るずっと前から、北島さんたちをはじめ、このまちを残そうと地道に取り組んで来られた地元の人たちが、まちの土台を作っていて、必要だと感じていることを身の丈にあった形で自然にやっている。それが、外から来た人間に対しても変に身構えずに受け入れてくれる土地柄につながっているのだろうと思います。」

始めて2ヶ月ぐらいは全く売れなかった

「当初、自分たちの好きなものばっかり置いていたので、店舗を始めて2ヶ月ぐらいは全然ものが売れなくて、このままじゃヤバい、と実感してから、ビジネスを優先して、地域資源として有効なものは趣味嗜好に関わらずに仕入れるようになり、売上がない時には、個人でデザイン仕事を受注しまくってなんとか乗り切りました。」

「商売として成り立ち始めたのは2年目ぐらいからでしょうか。つくり手さんもみんな商売なので、実績のない若造の話にはそう簡単に乗ってはくれません。やっぱり社会的に成立しないと誰も認めてくれないんだということがわかりました。だから、もう、誰のためでもなく、自分たちのために、社会的につくり手に認めてもらうために、アンテナショップとして成果を出さなくてはならない、と腹をくくってからですね。今では、取引先が110~120件あります。」

「うなぎの寝床」のコンセプト

「地域文化を担保するために経済を考える、ということです。」

「『九州ちくごのものづくりを伝える』というテーマを元に、アンテナショップとしてオープンしましたが、実際に活動をしていくと、お店だけでは、地域文化は継続できないことが分かりました。産業や地域には様々な複雑な問題が入り混じっていて、それと点で向き合っていくと、メーカーとしての活動や、動画制作、コンサルティング、通訳、翻訳、EC構築、webサイト制作など活動は多岐にわたるようになってきました。」

「地域文化を担保するには、経済を回す必要があり、作り手や地域がやれなさそうなことを補完していけるような活動を目指しています。」

地域文化商社

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「伝統工芸などは特に情緒的に語られることがありますが、現代に合わせた形で変わり続けることができていないことも多く、後継者不足などの問題は、ほぼ経済的な問題に起因しています。ただ、文化的にはすごく意味があって、全てが経済として考えることはよくないと考えています。」

「『地域文化商社』としての社会的役割は、地域文化を顕在化させ、地域文化を担保していくために商業機能を担うということです。地域文化で継承した方が良い領域や販売が足りていない領域を商業機能で補いながら、経済が担保されたら、また地域文化に還元、寄与して、文化的価値を高める、という構造です。」

「また、商業機能では担保できない資源に関しては、動画や書籍として保存記録して、そのサイクルをある一定の地域できちんとやっていくことがミッションであり、地域文化を現代社会において担保し続けることができるシステムを構築できるよう活動しています。」

「つくり手、地域の意思に耳を傾けながら、どう地域文化を継続させていくかを考え続け、現代に合わせた形で活動することが大事かなと考えています。」

現在の売り上げ構成

「店舗が2割、ECが2割、もんぺが6割ですね。」

従来のイメージを覆したカッコいいもんぺ

久留米絣

「ちくご元気計画で働いていた2011年のことですが、たまたま、妻がその八女の伝統工芸館で働いていて、そこの企画を手伝ったのがきっかけになりました。『久留米絣』は、婦人服が主体で、高価なため、購入層の年齢が高めで、百貨店の上の方で売っているイメージでした。」

もんぺ博覧会

「物産館で展示販売していた中で唯一着られそうなのが『もんぺ』で、履いてみたら履き心地が良く、色や柄もたくさんあって、文化的背景もあるし、『もんぺ』という言葉もおもしろい。これを色んな層に着てもらえるようになれば、『久留米絣』という織物を残していくこともできるかもしれないと、伝統工芸館で『もんぺ博覧会』と云うイベントを企画して、久留米絣のもんぺを販売しました。」

「すると、たくさんの来客があり、メディアが取り上げてくれたおかげもあって販売も好調で、1回限りのイベントのつもりだったのですが、織元と工芸館からの依頼で、2回目、3回目と毎年開催する恒例のイベントになりました。」

もんぺの型紙販売

「それから、久留米には、反物や着物を余らせている人がたくさんいて、自分たちでもんぺを作りたいという要望があったので、『型紙』を作って販売しました。」

「着物の反物の幅を考えて、無駄が出ないように型紙をつくったら、結果的に、お尻周りが狭くなり、下に伸ばしたから細くなったのですが、その細身のもんぺが欲しい、という要望が増えて…。」

もんぺの商品化

「それで、型紙を織元さんに持って行き、そこの内職さんたちに作ってもらっていたら、またメディアに取り上げられて、あっという間に在庫がなくなるほど売れてしまい、織元の内職さんに作ってもらうだけでは間に合わなくなりました。」

もんぺメーカーへ

「そうこうするうちに、小売店さんからもんぺを卸してほしいという要望が出てきたので、卸を想定した原価で作れる生地を織元さんと一緒に開発し、縫製工場とも提携して、小売店に卸すようになり、結果的に、布を仕入れて、久留米と佐賀で縫製して、年間17,000本ぐらいつくる『メーカー』としての販売の方が大きくなっていきました。」

メーカーとして大事なこと

「メーカーとして大事なのは、いかに商品の価値になる情報を卸した先のお店に提供できるかということです。この『もんぺ』は、戦時中、空襲時に着物では逃げることができないので、政府が活動衣として指定し、着物をもんぺに作り変えさせたのが始まりで、そこから、農作業着になっていくという流れがあります。」

「そういうもんぺの歴史的な文脈とか文化的な要素を調べて、小売りさんには提供しましたが、直接、消費者にこういうところがいい、という情報発信はしなかったので、届け手である小売店の方々がそれぞれ勝手にいろんな解釈をしてくれた結果として、消費者に広げてくれていると考えています。」

「今でも型紙を販売していて、他のメーカーにマネされるのでは?と心配して下さる方もいますが、布を持っていて、自分で作りたい人が型紙を買って、作れば、今の世の中、ブログやSNSで広めてくれますから、そんな人たちが増えれば、『もんぺ』はさらにどんどん広がって、こういうもんぺをつくりたい、販売したいという相談は、久留米絣という文化を残すための生産システムを持っているウチに来るでしょうから、結果、ウチに戻ってくるんですよね。」

うなぎの寝床の拠点

 

「2017年10月、こちらの旧寺崎邸にも店舗をオープンしましたが、うなぎの寝床本店は、ちくごをはじめ、九州の産品を中心に展開しており、こちらの旧寺崎邸は、リファレンスショップとして、九州以外のものを中心に展開し、九州と九州以外の文化を比較して、学ぶ場と位置付けています。」

「また、1年前に東京の新川と云うところにも出店していて、これからテコ入れするところです。」

「別の場所にEC事業の発送とかしている倉庫もあって、分散してそれぞれが機能しているので、17人いるスタッフとは、普段は、ラインやメッセンジャーでやり取りをしています。」

「今、僕の住まいは佐賀にあるので、八女には、月に4~5回、打合せやお客様のアテンドをする時に来ていて、また、月に1度のミーティングもこちらで開いています。」

八女で店舗展開するメリット

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「八女には手仕事の文化が多く残っていますし、八女市周辺の久留米市、柳川市、うきは市などにも固有の地域文化が残っていて、ただモノを売るのではなく、その背景にある作り手や文化も一緒に伝えたい、というのがスタートだったので、作り手との距離感はとても重要だと考えています。」

「『うなぎの寝床』では、良いものを修理しながら長く使ってもらうために『車で行ける範囲』を基準に商品を仕入れているので、そういう意味でも八女はとても動きやすい位置にあります。」

「客層は、週末は、九州の中でも福岡を含めた八女周辺からが多く、連休になると、本州からも来て下さいますが、八女は、博多からでも鉄道とバスを乗り継いで1時間半以上かかる不便な場所ですから、目的があってわざわざ来てくれる人しか『うなぎの寝床』には来ないので、来た人はじっくり見て下さいます。」

「伝統的な工芸品がたくさん生産されているこの筑後地域のいいものを『現地』で一堂に見れて、買えるミュージアムショップのようなスタイルですから、陶器を見に来た方が伝統工芸の桶に興味を持って、一緒に購入して下さることもありますし、興味を持った娘さんがご両親を連れて来られたり、また、その逆もあります。」

「また、都会ではなく、生産地に近い『現地』だからこそ、生産現場を見れたり、その商品がつくられた背景も感じることができます。」

「うなぎの寝床」を拠点とする周遊型観光

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「八女にはまだ宿泊施設が少ないので、福岡、熊本、大分等を移動する方が、経由地として、八女に立ち寄って下さる方が多いと思います。」

「『うなぎの寝床』があるから、と立ち寄って下さる方も増えていると思いますので、『福岡筑後地域を知るための拠点』として、ここを訪れたお客様が八女市内とその周辺を周遊できるような仕組みを作りたいと考えています。」

「『筑後地方のものづくりツアー』という、視察・研修旅行の事業をしていますし、近々、自転車事業、具体的には、こちらに来てからの2次交通手段としてのレンタサイクル事業をする計画です。」

今後のビジョン

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「ビジョンと云うようなものは、具体的にはなくて、その時見えてきた課題、地域で必要と感じたことの具現化に取り組んでいるという感じですね。」

「僕自体、別に交流をやりたかったわけでもないんですよ。課題が見えてきたから、小売業が必要だった、という時期もあれば、卸をしてくれ、という依頼があったので、メーカー機能を始めたり、建築とか、グラフィックとか、Webとかもやっていたので、サイトをつくってくれとか、PRの事業を頼まれたりとか、何をやっていくとかと云うのは、そこまでそんなに強くは決めてはいないですね。」

「大学で建築を学びましたが、今やっていることとジャンル的には大きく変わるわけではなくて、例えば、アンテナショップも都市計画の中でこういう機能があればいいな、と云うのを自分たちで具現化してやってみた、ということなので、自分の中では、根っこは同じで、建築とか、何だとか、ジャンル分けはしていないですね。」

「社会的に成立するものは、仕事として成立すると思っているので、建築とか、グラフィックとか、小売りとか、卸とか、制作とか、仕事を分けては考えていなくて、今は、特許庁の出先の沖縄総合事務局からの仕事で、『琉球絣』、『沖縄赤瓦』というような地域団体商標を持っている団体をPRするプロジェクトや佐賀県伝統工芸品の県内向けPR事業も引き受けていて、だんだんと多角的になってきています。」

「多角化していくと、単体でできることは限られているので、株式会社リ・パブリックという会社に出資したり、行政や自治体、外部の事業者、…、いろんなところと組みながら事業化するものは増えるのかな、と考えています。」

 

COREZO「地域文化を担保していくため、その時見えてきた課題や地域で必要と感じたことの具現化に取り組む地域文化商社経営者」賞

 

取材;2018年10月

最終更新;2019年6月

文責;平野龍平

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