多田 稔子(ただ のりこ)さん/田辺市熊野ツーリズムビューロー

COREZOコレゾ「観光を通じて地域を良くしたいと、外国人目線を取り入れ、素人だからこそ必然として取り組んできた、世界に開かれた持続可能で上質な観光地づくり」賞

多田 稔子(ただ のりこ)さん

 

プロフィール

一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー会長

和歌山県生まれ

2005 年~2009 年、田辺観光協会会長

2006 年5 月、田辺市内5つの観光協会で組織する「田辺市熊野ツーリズムビューロー」会長に就任

2010 年5 月、法人格を取得し、「一般社団法人田辺市熊野ツーリズムビューロー」を設立。代表理事、会長に就任

2010年7月、第2種旅行業を取得し、地域密着型着地型観光を推進する旅行業、「熊野トラベル」開業

受賞者のご紹介

世界文化遺「紀伊山地の霊場と参詣道」

和歌山県田辺市は、2005年、5市町村が合併して、新「田辺市」となり、人口約7万5000人、面積は、近畿の市の中で最も広く、1,026.91㎢あるそうだ。

2018年6月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)の世界文化遺産登録が決定し、日本の世界文化遺産は18件となり、4件の自然遺産と合わせ、国内の世界遺産は合計22件となった。

「紀伊山地の霊場と参詣道」(奈良県、和歌山県、三重県)は、2004年7月、日本で12番目に世界文化遺産として登録され、その一部が田辺市に含まれている。

登録後、よくある話だが、旅行会社が仕立てた観光バスが1日に百台以上も押し寄せ、殺到した観光客は、熊野古道を部分的に1時間も歩くと、さっさと、次の観光地へと移動していった。

観光客にとって、熊野古道は、ただの山道でしかなく、観光の対象として不満だったかもしれないが、道が荒らされただけで、地域が潤うと期待していた地元の人たちにとっては、とても大きなストレスになったそうだ。

田辺市熊野ツーリズムビューロー

多田さんの本業は、ビルやホテル、旅館のメンテナンス、クリンリネス業で、取引業者の目線で宿泊業や観光業をご覧になって来られた。2005 年から、田辺観光協会会長を務め、2006 年合併した田辺市内5つの観光協会で組織する田辺市熊野ツーリズムビューロー会長に就任された。

2014年、田辺市熊野ツーリズムビューローは、道が世界遺産登録されたのは、熊野古道とスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路だけ、というご縁もあり、スペインの巡礼街道の終着地、サンティアゴ・デ・コンポステーラ市観光局との共同プロモーション協定を結び、巡礼というテーマで熊野を目指して来る欧米人が増え、スペイン人の来訪者数は、年々、国別ランキングでも順位が上昇している、と云う。

今や、田辺市と田辺市熊野ツーリズムビューローは、インバウンド観光への先進的な取り組みで成果を上げておられ、全国からの視察も受け入れておられる。

インバウンド観光の取り組み

「2004年、熊野古道が世界遺産に登録されて、2005年、5市町村が合併し、新「田辺市」になったのが大きなきっかけですね。合併後、世界遺産を世界に向けてPRしようという、地元の機運も高まり、田辺市内5つの観光協会は残したまま、2006年、田辺市熊野ツーリズムビューローが立ち上がり、合併当時、旧田辺市の観光協会長をやっていたこともあって、会長に就任しました。」

「本業で、地元のホテルや旅館とのお取引きやお付き合いがあり、大型宿泊施設は、一時の日本のありようには合っていたのでしょうけど、施設依存型の装置産業なので、施設に縛られて、なかなかスタイルを変えられないし、誰もハッピーにならない、これは本来の観光と違うじゃないか、とかすかに感じていました。」

世界に開かれた持続可能で上質な観光地に

「そこで、これからのミッションを考えた時に、かつてと同じ轍を踏まないよう、数は追わず、地域に良い影響を与えられるようなやり方で、その頃は、まだ、着地型観光と云うのは一般的ではなかったのですが、世界に開かれた持続可能で上質な観光地を目指すことにしました。」

「具体的には、熊野古道沿いには小さな宿が多いこと、熊野のよさをしっかりと理解する人に来てほしかったことから、目的意識を持った欧米豪のFIT(foreign individual tourist・個人旅行客)にターゲットを絞りました。」

外国人目線が必要

「行政からプロモーション委託費と職員派遣の支援をしてもらって、今では、スタッフ20名強の組織に育ちましたが、ここまでやって来れた最大の功労者は、今、ビューローのプロモーション事業部長をやってもらっている、カナダ人のブラッド・トウルです。」

「それまで外国人を受け入れたことのない地域でしたから、外国人を呼び込むなら、外国人目線が必要だと考えました。それで、本宮町でALT(Assistant Language Teacher・外国語指導助手)していたことがあり、熊野古道のほとんどを踏破していて、地域と観光に対する考え方もしっかりしていた、彼に白羽の矢を当てて、来てもらい、旅慣れた観光客にターゲットを絞り、地域の人たちに優しい観光を推進する戦略を立てました。」

具体的な取り組み

アルファベット表記の統一

「まず、アルファベット表記の統一ですね。例えば、当時、熊野本宮大社の英訳が19通りもありました。外国人の方にしてみれば、19の熊野本宮大社があるのか?ということですよね?何をするにも、ひとつ、ひとつ、スタンダードを決めながら、コツコツやってきました。細かい作業でしょ?素人だからできたと思います。」

交通機関の情報整備

「交通機関の情報整備は、さらに遠い道のりで…。こんな狭いエリアに4~5社バスが運行していて、同じ場所に、A交通とB交通では、別の名称のバス停が設置されている例もあって、路線の番号表記、バス停のアルファベット表記してもらうまで十数年かかりました。」

「移動する交通手段は公共の路線バスしかないので、自分たちで全部のバス会社の時刻表を集めてきて、ブラッドが外国人の目線で、見やすく整理統合し、ローマ字を併記して1枚のシートにまとめるという、細かい作業を続けて、この地域の時刻表を全てつくりました。」

観光は、アクセスが基本の基本

「こんなことができたのも外国人のFITが増え、路線バスは外国人だらけという状況が生れてはじめてビジネスとして考えてくれるようになったんです。どんなにいいことであっても採算が合わないと動いてもらえないので、時間がかかってしまうんですね。」

「観光は、アクセスが基本の基本ですよね。アクセスが整い出すと旅行はどんどん良くなります。高野山から龍神への路線バスも10年ぐらい云い続けて、やっと毎日走らせてくれるようになって、高野山とのルートがようやくできました。」

熊野トラベル

お客様を運ぶ仕組みがない

「最初は、プロモーションをしっかりやればいいと思っていたので、旅行業をやるなんて全く考えていませんでした。ところが、知名度が高まるにつれ、熊野古道を歩きたいけれど、どうやっていけばいい?旅の行程をどう組めばいい?日本語がしゃべれない(英語が通じない)…と、プロモーションをするだけでは、熊野には来れないし、熊野古道を歩けないんです。お客様を運ぶ仕組みがないのに、無責任なプロモーションをしていたことに気付きました。それで、あちこち頼みまくったのですが、どこも受けてくれず、必然的にやらざるを得なくなって、熊野地域全域をカバーする着地型旅行会社“熊野トラベル”を設立しました。」

大手旅行社がやらない旅行業

「やってみたら、それは手間が掛かって大変な作業でした。大手旅行社がやらないはずです。まず、そもそも、手数料や契約の意味さえ分からない施設と契約しないと先に進まない。例えば、熊野古道沿いのおじいちゃん、おばあちゃんだけでやっておられる、明日にでも閉めたい民宿とかです。でも、そういうところに泊まってもらわないと歩けないのですが、望みもしない外国人を受け入れて、観光協会に会費払ってるのに、その上に、なんで手数料まで払わなければならない?と云うような状況だったんです。」

最も大きな壁は、“決済”

「それから、外国人の受け入れの最も大きな壁が“決済”で、クレジット対応、キャンセル対応、外国通貨対応等の課題が山のようにあって、先にクレジット決済で予約を取り、旅館などへ支払う対応等、体制を整えてきました。」

必然として対応

「こういったいろいろな課題をなんとか交通整理しないことには、プロモーションをした意味がないし、できないなら、プロモーションなんてやったらあかんのです。世界に発信しよう、と云う大風呂敷拡げてしまった以上は、必然的にやらざるを得なくなって、面倒な課題をひとつひとつ解決しながら、積み上げてきました。」

素人だからできた

「手間が掛かり過ぎて、ビジネスにならないから、プロだったらやりませんよ。素人だからできたんです。でもね、すぐにビジネスには繋がらなくても、地域には新しい経済の風が吹くようになったのは、嬉しいことです。」

「最近では、日本滞在中に熊野がいいよ、と云うことを聞いて、ふらりと訪れて下さる方が増えていまして、いきなり歩き出しても、どこにでも泊まれるというワケではないので、この熊野トラベルの利用数も、海外のエージェントとの取引も増えています。年間の宿泊予約がのべ3万人、売上が3億7~8千万ですが、FITは、とても手間が掛かるので、行政の支援も受けて、なんとかやっています。」

ミッション達成のための必然

「店舗にアウトドア用品も揃えているのも、服装も道具も何も持たずに来られる人もいるので、熊野古道を歩ける、最低限度の用品、道具は必要なので、お客さまのニーズに応えるのに、仕方なくやってるだけで、まぁ、これもミッションを達成するための必然なんですね。」

今後の課題

宿泊施設の不足

「観光庁がインバウンド観光客数6千万人を目指す、と云っておられます。その通りに今の2倍に増えると、熊野古道添いの宿泊施設が不足するのは確実なので、そこをどうカバーするか、ということです。」

「現在でも予約のリクエストを受け切れない状況があります。しかも、巡礼なので、移動がありますから、行程の2泊目が取れなければ、全部ダメということになります。現状、そういうボトルネックになっているエリアがあるので、そこをなんとかしたい。空き家の活用とか、周囲の景観を損なわない小規模な家族経営のような施設を増やしたい。」

地域の景観維持

「地域では、耕作放棄地も増えていて、景観が崩れたら、地域の価値が下がります。里山や棚田もそうですが、人の手が入ってつくられた景観こそが、日本の景観なので、農業の活性化や農地利活用の促進等、行政支援が欲しいところですが、行政も財政が厳しく、何らかの新たな仕組みを考えなければなりません。」

熊野古道以外のエリアの商品には工夫が必要

「でも、この先、熊野古道以外のエリアにも訪れてもらいたい、と思うと、いろんなお客様の層を想定していななければならないので、そこの商品のつくり方には工夫が必要で、今、苦労をしているところです。」

熊野古道を多くの人が歩くことによる弊害はない

 

「熊野古道保存会の他、さまざまなボランティア団体や民間企業による清掃・修繕・維持保全活動が行われています。熊野古道は巡礼の道として、外国人観光客にはよく認知してもらっているので、荒らされたり、ごみが捨てられることはまずありません。そこは、我々のプロモ―ションを褒めて欲しいところで、数を追うと、観光地の名所、旧跡等は、荒らされる可能性が高くなりますが、地道にブラッドが外国人に分かるように、きちんと魅力を紹介してくれて、2泊3日とか、時間を掛けて、3~40km歩いてくれる人にターゲットを絞って、そういう人が来てくれているので、荒らされようもありません。数は、結果として増えるものだと考えています。」

 

観光を通じて地域を良くしていく

「観光に何ら関係のない、この地域の住民の皆さんが、地域にある熊野古道が世界遺産に登録され、そこに世界中からの観光客が訪れてくれているのを目の当たりにして、地域の誇りをもう一度取り戻しているようにも思えるので、そこが我々の一番のやりがいであり、大きな喜びでもあります。」

「だから、地域住民の皆さんから、こんなヘンなお客さんは来てもらわなくていい、って云われないように、その手前、手前で、いろんな施策を打って行くのが我々の仕事なんですよ。」

「きちんとした目的意識さえ持って訪れてもらえば、そんなにヘンなことにはならないと思てるんですが、何事も、寸止めするのは難しくて、タガが外れると行くとこまで行ってしまうので、ちょっとスピードを緩めたり、爆発しない手前、手前で手を打つ、例えば、大型宿泊施設ができる前に、小規模宿泊施設の数を増やすとか、そんな工夫をしながら、観光を通じて地域を良くしていく、というのが、これからの最大のミッションです。」

英語ガイドブック「熊野古道」

「住んでよし、訪れてよし、なんて云われていますが、住んでる人が楽しくなければ、訪れて楽しい訳がなく、そこを大事にしてくれているのが、ブラッドなんです。熊野と云う地域をすごく愛しているからこそ、できることだと思います。」

「熊野の精神文化に興味を持った外国人は、このブラッドが書き下ろしたガイドブックを隅から隅まで読んで、熊野古道を歩きに来ます。神仏習合と呼ばれる、日本古来の神の信仰と6世紀半ばに伝来した外来の仏教信仰とを融和させ、神と仏を一体のものとして祀る信仰形態を始め、熊野古道を歩くために必要な全ての情報を外国人にも理解できるような英語で記載されているので、熊野古道を歩くバイブルのようになっていて、地域に入るには、一定の責任を持つよう、啓蒙してくれています。」

旅慣れた、質の高い旅行者に訪れてもらえる地域に

「どんな観光客の皆さんにも、自分たちが住んでいる以外の地域を訪れる時には、一定の責任を持って入って来て欲しいですね。お金を払ったんやから、お客様やから、というような旅行のあり方は、もう、世界水準では通用しないと思うんです。やっぱり、訪れる地域に一定の敬意を払い、目的と地域への思いやりや責任を持って旅をするという、そんな質の高い旅行者に訪れてもらえる地域にしたいですね。」

「もちろん物見遊山の旅があってもいいし、そういう旅を受け入れられる地域が受け入れたらいいでしょう。この熊野のようにキャパの少ないところは、一定の旅慣れた人が訪れたくなる、ディスティネーションになりたいなぁ、って思います。」

お客様のニーズに応えてきた結果

「今、DMO(Destination Management Organization・観光アイテム、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域作りを行う法人のこと)流行りで、我々、DMOでもなんでもないんですが、有料でもいいからと、視察が増えています。そんなに深いことを考えていたわけでもないですし、この地域に訪れてもらいたいお客様のニーズにコツコツお応えして、必然的に取り組んできただけなんです。まぁ、時の運もありますしねぇ。でも、ビジネスには、勘って大事なんですよね。」

数だけは多くの観光客が訪れるが、地域にはお金は落とさず、ゴミだけ置いて去ってしまわれる観光地も多いのではないだろうか?

どんなお客様でも来てもらえばいいというのではなく、お客様の数は追わなくても、一定の責任を持つ、旅慣れた質の高いお客様に訪れて頂く努力を続けて来られた結果として、来訪者数が増え、地域経済が循環し、地域が良くなることで、地域住民にも喜んでもらえる、という見事なコンセプトで、多田会長とブラッドさんは、このミッションをコンプリートする両輪である。

田中真木(たなかまき)さんが「価値観が違うお客様にお越し頂くのはお互いが不幸になる」とおっしゃっていたが、観光地もそうなのかもしれない。

COREZOコレゾ「観光を通じて地域を良くしたいと、外国人目線を取り入れ、素人だからこそ必然として取り組んできた、世界に開かれた持続可能で上質な観光地づくり」である。

 

最終取材;2018.07.

初稿;2018.08.

最終更新;2018.08.

文責;平野龍平

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