下条 剛史 さん/カンホアの塩 完全天日塩 東京都福生市

COREZOコレゾ 休暇で訪れたベトナム・カンホアの伝統的なフランス式天日塩田でつくられた、身体が喜ぶような塩のおいしさに魅せられて、独学で挑んだ『海を感じる』塩づくり」 賞

下条 剛史(しもじょう たけし) さん/有限会社 カンホアの塩

プロフィール

東京都福生市

有限会社 カンホアの塩 代表取締役

ベトナム・カンホアの天日塩生産者(Khanh Hoa Salt Joint-Stock Co.)と共同開発した『カンホアの塩』の輸入販売

1998年5月 ベトナムでの現地調査開始
1998年7月 「有限会社 鹽屋(しおや)」設立
1998年
~2000年 ベトナム・カンホアの天日塩生産者と『カンホアの塩』の協同開発
2000年11月 『カンホアの塩』の試験的販売の開始
2009年3月 「有限会社 カンホアの塩」に商号変更
2014年5月 塩特定販売業者登録

YouTube動画 COREZOコレゾチャンネル

カンホアの塩 ①「ベトナム・カンホアで塩づくりを始めた経緯」

カンホアの塩②「カンホアの塩とは?」

カンホアの塩 ③「カンホアの塩のつくり方」

カンホアの塩 ④「カンホアの塩の成分の味」

カンホアの塩 ⑤「カンホアの塩の種類と使い分け」

カンホアの塩⑥「カンホアの塩のこれから」

受賞者のご紹介

ベトナム・カンホアで塩づくりを始めた経緯

下条 剛史(しもじょう たけし) さんは、有限会社 カンホアの塩の代表取締役で、ベトナム・カンホアの天日塩生産者(Khanh Hoa Salt Joint-Stock Co.)と共同開発した『カンホアの塩』の輸入販売をしておられる。

休暇でベトナム南東部のカンホアに訪れ、そこで生産され、野積みにされていた天日塩に出会い、その身体が喜ぶような塩のおいしさに魅せられて、『海を感じる』塩づくりに独学で挑まれることになった。

フランス産の「ゲランドの塩」は、有名でご存知の方も多いと思うが、かつてベトナムはフランスの植民地でカンホアの塩づくりにはフランス式天日塩田が導入されていた。

おいしい塩とは?カンホアの塩とは?

「『おいしい塩』とは?海水を舐めると塩辛いだけでなく、複雑な味がするし、苦すぎる感じもあって決しておいしくないですよね?人間が舐めておいしいと感じる塩分濃度は0.9%ですが、約3.4%の塩分濃度の海水を薄めたところで『おいしい』とは感じませんよね。それがおいしければ、わざわざ塩をつくらなくても、塩の代わりに海水を使っているはずです。そもそも海水の成分は地球上どこでもほとんど同じだから、『おいしい海水』、『まずい海水』ということもないのに、『水』や『塩』となると、とたんに人は『おいしい・まずい』と言い始めるんです。」

「そして、『水』や『塩』を『おいしい』と感じるとき、それは舌というより、身体でおいしいと感じるような気がします。例えば、真夏の炎天下、喉がカラカラに乾いたときにゴクゴク飲む水のおいしさなんかですね。思い巡らすと、人間の『おいしい・まずい』の感覚は、もしかしたらココ、つまり「水」と「塩」が出発点なのではないか、と思えてしまいます。だから『おいしい塩とは?』の答えには、きっとその元である海水と関係した何かがあるはずで、さらに言えば、広く食べ物・飲み物の『おいしさ』の根っこのようなものまでが、そこにあるのではないか、とさえ思ってしまいます。」と、下条さん。

ベトナム・カンホアは、仏領インドシナ時代からの天日塩の名産地。専用の天日塩田で海水だけを原料に独自の天日製法でつくった天日海塩がカンホアの塩。ナトリウムだけでなく、マグネシウム・カルシウムといった成分が含まれており、『海のような、深く豊かな味わい』が特徴。

カンホアの塩のつくり方

塩の出来方の原理

海水を濃くしていって、13%ぐらいになると、一番固まりやすい(溶けにくい)カルシウム分(淡いエグ味)だけが最初に析出を始め、しばらくはカルシウム分だけが析出し続ける。例えば、20%ぐらいの塩分濃度では、カルシウム分だけが塩(固体)になっており、ナトリウム分をはじめ他の成分はまだ母液の中に溶け込んだまま。そして、25%になるとようやくナトリウム分が析出を始め、27~28%になると、カリウム分マグネシウム分ナトリウム分と並行して析出し、塩(固体)になっていく。

このままずっと海水を濃縮していくと、ナトリウム分カリウム分マグネシウム分がどんどん塩に含まれていくが、強い苦味のマグネシウム分があまり多く含まれてしまうと苦過ぎるため、30%あたりで塩を引き上げる。その塩を引き上げた後、残った母液がニガリ(苦汁)で、ニガリは、カルシウム分は全部、ナトリウム分も大部分は析出してしまっている。そして残っているカリウム分は元々マグネシウム分より少ないため、主成分はマグネシウム分になる。マグネシウム分は強い苦味の成分なので、ニガリ(苦汁)は文字通りとても苦く、ときどき「海水からニガリをどうやって抜くのですか?」と質問を受けますが、生産現場では「抜く」というより「残す」という感覚だそうだ。

塩を洗う

ベトナム産を含め天日塩は、天日で時間をかけて結晶するため粒が大きい(数ミリ)のだが、その大粒の天日塩のナトリウム濃度を高めるためには、塩化ナトリウムの飽和水溶液で洗われ、その後、再結晶させることが一般的だそうだ。

「塩を洗う」とは、カリウム分マグネシウム分は最も水に溶けやすく、ナトリウム分はそれらより溶けにくいという性質を使い、まずナトリウム分(NaCl)の飽和水溶液(それ以上NaClが溶けない程濃いNaClの塩水)を用意して、それで塩をザブザブ洗うと、ナトリウム分(NaCl)は溶けずにそれより溶けやすいカリウム分マグネシウム分が溶け落ちて、ナトリウム分の純度が高くなり、また「洗う」ことである程度の夾雑物も洗い流すこともできる。

次に、飽和水溶液に大粒の天日塩を入れて、一瞬溶かした後、すぐに再結晶させることで、大粒の天日塩が細かな粒になり、このときも、ニガリ成分は結晶しにくいため、ナトリウム濃度を高めることができる。

このように「天日塩」とは、「天日製法で作られた塩」だが、いくらおいしいと思う塩を塩田で作っても、その後の工程によっては、「洗う」工程があるかないかだけでも、最終的な成分・味は異なってくる。

ちなみに、カンホアの塩は、専用の天日塩田で作り上げた「海のような、深く豊かな味わい」をそのまま塩にするため、洗らわず、そのまま天日干しして袋詰めするので、夾雑物は目と手でひとつずつ取り除いている。

カンホアの塩の成分の味

ボーメ計

塩作りで塩分濃度を計ることは必要不可欠だが、一番下に重りがついていて、その上に目盛りがついているボーメ計という簡単なガラス製の器具を使う。魚釣りの浮きののような一種の比重計で、海水が濃くなればなる程(比重が重くなればなる程)、ボーメ計はより高く浮き、示すボーメ度も大きくなり、海水は世界中どこでも同じなので、どこでも使える。厳密には違うが、濃度(%)とボーメ度(Be)はだいたい同じ数値になっていて、例えば、濃度10%はだいたい10ボーメ度である。

ボーメ計は、お醤油屋さんなどでも使われ、また、アルコール度数も比重で計るが、アルコール度数は塩とは反対に比重が軽い方が度数が高いので、塩や醤油のボーメ計とは目盛りの上下が逆になっているそうだ。

塩化ナトリウムが塩辛いのはご存知だと思うが、その他の成分はどんな味がするのだろう?

 

カンホアの塩の種類と使い分け

カンホアの塩

1.海水を最初の塩田に引き入れ、海水(濃度約3.4%)を濃度5%にする

2.塩田を移しながらさらに濃縮し、濃度5%から15%にする

この段階からは、カンホアの塩の専用の天日塩田になり、最初の一番大きな塩田で濃度約5%になった海水は、その後、お天気を見極めながら(濃くなるスピードを見て)、段階的に12~13の塩田を経由させて、さらに濃縮していく。

そして、最後から2番目の塩田で、天気が良いとと徐々に濃縮されるが、ひとつ前の塩田からより薄いのを足して濃度15%が保たれるようにすることで、濃度15%から析出するカルシウム分が次の結晶池でカンホアの塩に適度に含まれることになる。

ちなみに、カンホアの塩の専用塩田ではない一般の天日製法では、塩化ナトリウム濃度の高い塩をつくるため、最後から2番目の塩田でカルシウム分が出切った濃度25%になるようにして、カルシウム分が極力含まれないようにする。

3.濃度15%の海水を最後の塩田(結晶池)に移して結晶を待つ

濃度15%になった海水を、収穫する最後の塩田(塩を結晶させるための塩田=「結晶池」とも呼ばれる)し、濃度15%から析出するカルシウム分を始め、順々に塩になっていく海水の様々な成分を塩に取り込んでいく。一般の塩田の結晶池の床は、田んぼのような粘土質の泥だが、日本向けのカンホアの塩専用の結晶池は、タイル貼りの特別仕様で、泥に入り込む成分も塩に取り込め、より海水の全体的な成分が出来上がる塩に含まれるようになり、同時に、床の泥が塩に混じらないことにもつながる。また、この結晶池の周りだけ、モルタルで固めて、さらに夾雑物が入り難くしている。

通常、海水の採水口(水門)から12~13の塩田を経た末の最後の結晶池は、一番低い位置になるが、このカンホアの塩の結晶池は、この辺りでは一番高いところに位置している。低いとその分、風で飛んでくる夾雑物が入り易くなるため、最後から2番目の塩田を一番低くして、そこから一番高い専用の結晶池に、ポンプアップしている。

2017年からポンプアップする際、マクロプラスチックを意識して、目開き95マイクロメートルのフィルターをかけている。

4.塩洗いをしない

他のベトナムの一般の天日製法では、「塩を洗う」ことで、夾雑物を取り除くが、同時に溶けやすいニガリ成分も落ちてしまうため、カンホアの塩は、専用の結晶池にいろいろな工夫を施すことによって、ここで調えられた成分・味をそのまま届けている。

5.様々な海水の成分が順々に結晶して塩になっていく

この結晶池で、濃度15%の海水は31%まで濃縮される。まず、15%から25%の間にカルシウム分(淡いエグ味)、25%からはナトリウム分(塩辛味)、そして27%からカリウム分(酸味)、そのすぐ後からマグネシウム分(苦味)と、次々にいろんな成分が塩の結晶を形作り、同時に塩の味が作られる。こうして「海水の成分を“全体的”に取り込む」ことで、カンホアの塩ならではの「海のように、深く豊かな味わい」が出来上がる。

6.待ちに待った収穫は、海水を塩田に引き込んでからおよそ2~3ヶ月後

元々、濃度3.4%程だった海水を最初の塩田に引き入れてからおよそ2~3ヶ月後、31%まで濃縮されたところで、結晶して塩田の底にたまった塩をT字型のトンボでかき集めて収穫する。このときの濃度は31%、海水は全部塩にはなっておらず、結晶した塩が母液に浸かっている状態で、その母液がニガリ。これ以上濃縮すると、マグネシウム分が急激に多く結晶して、極端に苦い塩になってしまうため、この31%で収穫すると、ちょうどいい苦味になる。かき集めた後、竹製の天秤棒で担いで高床の小屋まで運ぶ。

7.枯らし、余分なニガリを自然の重力で落とす

収穫されたばかりの塩は、ニガリでビショビショの状態で、収穫後、そのニガリを落とすことを、日本では昔から「枯らす(名詞は、枯らし)」と称していた。現在は、この工程を脱水機のようなもので、高速回転させてニガリを飛ばすことが多いが、昔は、静置させ自然の重力だけで、枯らしていた。

カンホアの塩は、その昔ながら手法で、高床の小屋の床上で枯らし、床下へ余分なニガリを落としている。海水の微量成分は、収穫直後の塩の結晶の周りに付着していることが多いので、自然の重力に任せ、ゆっくり枯らすことでカンホアの塩の味がちょうどよく調った状態になる。

8.石臼挽きカンホアの塩のこだわり丁寧に少しずつ (【結晶のまま】に、この工程はない)

収穫して枯らした大きな結晶の粒を、溶けやすくなるよう石臼で挽いて細かくする。一般の天日塩の場合は、一度にたくさん粉砕出来るように、いったん溶かして釜焚きし、細かい粒に再結晶させるのだが、溶かしてしまうとここまで調えた成分・味が変わってしまうため、カンホアの塩は石臼で挽いて、結晶の粒を単純に砕くだけ。石臼では少量ずつしか挽けないが、成分・味はそのまま

9.天日乾燥、10%以上あった水分が6%ぐらいに

ベトナムの一般の天日塩は、ボイラーによる乾燥だが、カンホアの塩は、天日にこだわり、石臼で挽かれて細かくなったカンホアの塩は、温室内にある台の上に広げて天日乾燥させる(石臼で挽かない【結晶のまま】は、「7.枯らし」の後、この天日乾燥になる)。これも熱帯の乾期だから出来ることで、温室内の温度は一年中40℃を越え、南国の力強い陽差しを浴びて、10%以上あった水分はおよそ6%までになる。

10.【石臼挽き】を石窯(焼成温度600℃で焼く→ 【石窯 焼き塩】

石臼挽きしたカンホアの塩を陶器の壺に入れ、カンホアの塩【石窯 焼き塩】専用に作られた石窯で3日間かけてじっくりと焼く(最高温度は600℃)。この温度でカンホアの塩に含まれる「湿気やすく苦味」のマグネシウム分(塩化マグネシウム)が、「湿気にくくまろやかな味わい」の酸化マグネシウムに変わり、水分がほとんどなくなってサラサラなのはもちろん、一段と柔らかでデリケートな塩味になった【石窯 焼き塩】ができ上がる。

MgCl2(塩化マグネシウム)という成分は、海水中、NaCl(塩化ナトリウム)の次に多い成分で、このMgCl2の味は苦く、とても湿気りやすい性質を持っているが、550℃を超えるとMgO(酸化マグネシウム)に変わる。このMgOは、MgCl2とは対照的に、独特の淡い味で、とても湿気りにくい性質を持っているため、カンホアの塩の【石窯 焼き塩】は、平均的に600℃で焼かれることで、味は一段とまろやかに、そして湿気りにくくなっている。

フライパンなどで200℃で煎っても水分が飛んでサラサラになるが、MgCl2はほとんどそのままで(MgOに変わらないため)、味や湿気やすさは焼く前とほとんど変わない。また、712℃を超えるとMgCl2が、さらに800℃を超えるとNaClが溶け始め、冷めた後は大きな固まりになってしまうため、ちょうどいいのが600℃ということになる。ただし、苦味がまったくなくなってしまうと、カンホアの塩としてのおいしさが半減するため、ある程度MgCl2を残し、おいしい微妙な苦味を失わないようにもしているそうだ。

11.夾雑物を手作業で除去し、袋詰め

一般の天日塩の場合は、洗浄されたり、いったん溶かして濾過されるが、洗っても溶かしてもマグネシウム分・カリウム分などの成分は落ち、味が変わってしまうため、カンホアの塩は、最後の工程として、少量ずつお盆の上に広げられ、目と手によってひとつひとつ夾雑物が取り除かれる。これは地味でとても緻密な作業だが、欠かせないもので、この後、計量・袋詰めしたものが、3種類のカンホアの塩【結晶のまま】【石臼挽き】【石窯 焼き塩】となって、完成、出荷される。

カンホアの塩のこれから

下条さんがコロナ禍でしばらくベトナムに行けない間に、カンホアの塩のパッケージデザインにも使われている地域の象徴でもあり、風物詩でもあった竹製の天秤棒は、一輪車に変わっていたり、手作業での夾雑物除去もいつまでやってもらえるか分かない、と云う。

「作ってくれる人がいて、購入してくれる人がいて、僕も今のところ元気だから成り立っているだけで、このどれか一つでも欠ければ、自然消滅してしまうだけで、そういうものだ。」と、下条さんはおっしゃるが、伝統的な製法も時代に合わせて行かないと続かないと、夾雑物除去作業を機械化することも検討されている。

「カンホアの塩」の栄養成分表示と同じ成分の食品添加物使って同じ割合で調合したものと「カンホアの塩」の味比べをして味の違いが分かるか実験したところ、下条さんは、1勝1敗、下条さんの高校生のお嬢さんは、動画取材時点で3回試して3回とも的中、その後、さらに1回的中されたそうで、未来はとっても明るい。

COREZOコレゾ 「休暇で訪れたベトナム・カンホアの伝統的なフランス式天日塩田でつくられた、身体が喜ぶような塩のおいしさに魅せられて、独学で挑んだ『海を感じる』塩づくり」 である。

動画取材;2021.10.

注;「カンホアの塩のつくり方」については、カンホアの塩Webサイトから引用、および参考にさせていただいた。

文責;平野 龍平

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