井伊 友博(いい ともひろ)さん/手造り味噌 井伊商店 三代目

COREZOコレゾ 「『麦みそ』表示問題で翻弄されながらも、全国からの励まし、行政の理解と支援もあって、創業時からの伝統の製法、風味を守り続ける 手造り味噌 三代目」 賞

井伊 友博(いい ともひろ)さん/手造り味噌 井伊商店 三代目店主

プロフィール

愛媛県宇和島市鶴島町

井伊 友博(いい ともひろ)さん/手造り味噌 井伊商店 三代目店主

手造り味噌 井伊商店

井伊 友博(いい ともひろ)さんは、愛媛県宇和島市で昭和33(1958)年創業、宇和島伝統の味、麦みそのみにこだわり、3代にわたってつくり続けてきた 手造り味噌 井伊商店 三代目店主。

以前より、COREZO財団理事の日東醸造 蜷川 洋一 社長から、同社の「しろたまり(小麦醸造調味料・諸事情により醤油と表記できない)」のように麦だけ(大豆を使わない)を原料に味噌をつくっているところがあると伺っていて、今回、一緒に訪問した。

井伊さんが家業を継いだ経緯

井伊さんは、元々は、設計事務所として独立する目標があって、建築関係の大学を卒業し、3年間、山口県の設計事務所に勤め、顧客開拓も目的に地元愛媛県の設計事務所に転職した。

地元に戻ってくると、親戚縁者から、「店、どうする?」と問われるようになり、少しづつ気になり始め、祖父、父がやってきた家業を無くすのはもったいないと思うようになって、計6年間、設計事務所に勤めた後、14年前に継ぐ決心をして戻ってこられた。

家業に入っても暫くは修行の身、薄給だったので、終業後、建築関係や得意だったPCを使って新聞折込チラシ制作のアルバイトをして小遣い銭稼ぎをしていたそうだ。

当初、味噌づくりに関しては何もわからなかったので、祖父や父の背中を見て真似るだけだったが、知らなかった醸造の勉強も始めて、得た知識と作業工程を擦り合わせながら、仕事を頭と身体で覚えていった。そうして、約5年前に仕事を任されるようになったが、今でも、日々、父の作業姿を見て気づくことが多い、と井伊さん。

麦みそ

麦味噌は米味噌、豆味噌と三つに分類される味噌の中の一つで、全国的に見て一般的な味噌は米味噌だが、九州全域・山口県・愛媛県で主に消費されているのがこの麦味噌。

主原料が麦のみという味噌を製造しているのは、愛媛県でも西部に井伊商店さんを含めて6軒しかないそうだ。

塩分が低く、麹を使う量が多いので、香りも甘みも強く、大豆を使っていないので淡い色が特徴。

宇和島では、この淡い色の麦味噌が好まれ、スーパーなどでは、色の濃い味噌の取り扱いは少なく、毎日のお味噌汁はもちろん、郷土料理の「さつま」(宮崎の冷汁に似た郷土食)、おでん等に付ける辛子と砂糖、味噌他を和えた「みがらし」に使われたり、味噌漬け、炒めもの、生野菜につけたりといろんな用途で使用されている。 

さつま

魚を焼いて、熱いうちに身をほぐし、すり鉢に麦味噌と魚の身を入れて滑らかになるまであたり、すり鉢に身をほぐした後の骨でとっただし汁を入れてのばす。薄く味をつけたこんにゃくの短冊切り、洗いねぎ、みかんの皮のみじん切り等の薬味を温かい麦飯に載せ、すり身の汁をかけて食べる。昔は麦飯がよく食べられていて、漁師が舟の上で食べたという「さつま」は、ぱさぱさした食感の麦飯をおいしく食べられるように工夫した料理で、名前の由来は、薩摩国(鹿児島県)から伝わったいう説や、だし汁がよくなじむよう茶碗によそったごはんを十字に切った見た目が、薩摩藩の島津家の家紋のようだから等、諸説ある。

井伊商店のこだわり

原料

麦は愛媛県産または香川県産(原産地は過去3年間の使用実績順)はだか麦、塩は香川県製造のものを使用し、防腐剤・人口甘味料など添加物は使用していない。

「蒸し」は、司製樽でつくった木製の「甑(こしき・大型の桶の底に湯気を通す小穴が開いており、湯釜(ゆがま)にのせて蒸す道具)」を使用。

製麴

味噌の味は麹の出来にかかっていて、 きれいな花(蒸し麦が菌糸に包まれている状態)がついた麦麹が色香と風味の決め手となるため、「もろぶた」と木造の「室(むろ)」で製麴する。

もろぶた

「もろぶた」(麹蓋=木の箱・60cm×38cm×高さ8cm)で麹を熟成、一度に100箱分の麦麹をつくり、木の繊維の中には麹菌が住んでいるので、「もろぶた」は壊れても修理して使い続けている。

「室(むろ)」(麹を育てる部屋)は、余分な湿気を吸収して麹にとって安定した状態をつくりやすい木で造られている。

木桶仕込み

そして出来た麦麹と塩を合わせてミンチにしたものを麹菌が呼吸しやすい最適な環境である「木桶」に仕込む。

天然醸造

通常、発酵・熟成の際には、微生物の発酵作用を促すために人為的に加温などの温度調整をするが、井伊商店では、人がするのは下ごしらえだけで、本番の醸造場は木桶の中、四季折々、自然の成り行きに任せて発酵・熟成させる(天然醸造)。

麦味噌製造工程

洗浄

麦を洗い、2時間程水に浸す。1回に仕込む麦210キロから330キロの味噌ができる。

蒸し

1時間半をかけて麦をじっくり蒸す。

放冷

山吹色に蒸し上がった麦を藁筵に広げて、35℃くらいまで冷ます。 麹菌はもともと稲穂につくカビで、藁との相性は抜群。

種付

蒸し麦が冷めたら種麹をまぶし、両手ですり合わせるようにまんべんなく 混ぜ込む。

製麴

50年以上も使い続けた「もろぶた(麹蓋)」に移し、約32℃の室の中でまる一昼夜寝かせる。

手入れ

翌朝、麹の花(カビ)がまんべんなくつくように 波状に筋を入れて表面積を広げ、温度と湿度と酸素を与える。

出麹

出来た麹を出すタイミングは熟練の経験と勘。 よく出来た麦麹が色香と風味の決め手で、味噌の味は麹の出来にかかっている。

塩切り

加工した麦と塩を混ぜ合わせ麦味噌をつくる。スコップで麦麹・塩を均一に混ぜ合わせる。最も力の要する作業。

寝かす

混ぜ合わせたものを半日寝かせることで、麦麹・塩を十分に馴染ませる。

ミンチ

スコップで一杯一杯混ざり具合、馴染み具合を確認しながらミンチにする。

熟成

丁寧に空気が入らないように木桶に仕込んむ。しっかりと押さえ、夏なら3カ月、冬なら半年かけて天然醸造にて発酵・熟成させる。

完成

有用な微生物(麹菌・酵母菌・乳酸菌など)の働きによって、山吹色の甘く芳醇な調味料、麦味噌が出来あがる。

はだか麦

大麦は、実と皮の間に粘性の物質があり、皮がはがれにくい特性を持っていて、これは米や小麦にはない性質で、大麦特有のもの。この大麦の一種である「はだか麦」は大麦、名前の由来は「脱穀する際に皮が簡単に取れること」から、六条大麦が突然変異して出来たものと云われる。

2023年度の「はだか麦」生産量全国1位は、愛媛県で全国の生産量の約3割、年間約5,000トンを生産。「プチプチ」とした食感が特徴で、主に主食用(押し麦など)の他に味噌(麦味噌)、麦茶、焼酎、発泡酒などに加工され、また、麦を炒って挽いた「はったい粉(麦こがし)」は、砂糖と湯を混ぜて練り菓子として食べたり、落雁など和菓子の材料やホットケーキなどにも利用されるようだ。

「麦みそ」表示問題

文書指導

3年に1度、保健所の品質検査があり、2年前(2022年)、愛媛県の保健所から「原料に大豆を使っていなかったら、みそと表記したらダメ」と云われたが、創業以来66年間、何の問題もなかったので、無視していたら、電話、次に訪問があり、ついには、大豆を使用しない商品に「みそ」や「麦みそ」と表示することは食品表示法で定める食品表示基準に違反し、景品表示法で禁ずる優良誤認に当たる、と文書指導が手渡されるに至った。

SNSから広がった応援の輪

「これは大変だ」、「受け入れられない」ということになり、近隣の同じく主原料は麦だけの味噌を製造している3軒で、県に要望書を提出して、SNSに投稿したところ、物凄い反響があり、TVでも取り上げられた。そして、見知らぬ番号から携帯に着信があり出てみると、愛媛県の副知事からだった。どうして携帯番号を知っているのだろうと思ったが、「今、TVを見た知事が状況を始めて知り、昔からの愛媛県の郷土食なのに、行政が何の指導だ、応援する立場だろう、と申しており、善処するので、安心してください。」とのことで、文書指導を撤回する旨の通知があった。

愛知県は撤回の理由を景品表示法の解釈について改めて検討し、大豆を使わない製法は地元で認知されているとして、優良誤認に当たらないと判断したとする一方で、食品表示基準については「違反」(愛媛県農産園芸課)としているようだ。

行政指導が出て取り消されるまでの約2週間、地域内外、専門家や外国からも含めて、多くの方々から励ましやアドバイスをいただいたそうで、特に「しろたまり」の醤油表記問題で同じような境遇に遭われた日東醸造の蜷川さんからのコメントが心強く、背中を押してもらった、と井伊さん。

左)人生初の色紙書きをしてご満悦の蜷川さん 右)井伊さん

日本農林規格(JAS)

「みそ」の日本農林規格(JAS規格)は、海外市場で日本のみそと区別なく販売されている海外製品との差別化を目的としており、日本の特徴的な規格を制定することで、海外市場における競争力の強化や海外への輸出拡大を図るため、2022年3月に農林水産省によって制定されたようだ。

それまで「みそ」に規格が設けられなかったのは、JAS規格は、生産の方法や製品の成分について規格が設けられるが、みそは全国各地で地域に伝承される「みそ」があることから、標準的な成分規格を定めるのは困難で、地域の多様性を認めてきたことによる、とされている。

それで、長年、製造してきた日本の生産者に後から合わせろ、従え、と云うのは乱暴な話ではないか?

愛媛、宇和島で特徴的なみそは、「日本の特徴的な規格」ではないのか?

井伊さんがおっしゃるように、現在も「かにみそ」は普通に販売されているが、どのような扱いになっているのだろう?

麦と塩と麹菌だけでつくった味噌が味噌でなくって、下記を入れてもOKって?

3.8
砂糖類
砂糖,糖みつ及び糖類
注釈1 糖類とは,単糖類又は二糖類であって,糖アルコールでないものをいう。
注釈2 みその生産に使用される砂糖類は,砂糖,ぶどう糖,液糖(ぶどう糖果糖液糖,果糖ぶどう糖液糖,砂糖混
合ぶどう糖果糖液糖等),水あめ等がある。
3.9
風味原料
かつおぶし,煮干魚類,こんぶ等の粉末又は抽出濃縮物,魚じょう(醤)油,たん白加水分解物,酵母エキス,その
他これらに類する食品
注釈1 基本的に,魚介由来の原料が用いられる。
注釈2 とうがらしは風味原料等に該当しない。

「みそ」、「麦みそ」の定義

みそ
次に掲げるものであって,半固体状のもの
a) 大豆若しくは大豆及び米,麦等の穀類を蒸煮したものに,米,麦等の穀類を蒸煮してこうじ菌を培養したものを
加えたもの

麦みそ
みそのうち,大豆(脱脂加工大豆を除く。)を蒸煮したものに,麦こうじを加えたものに食塩を混合したもの

以上のように定義、規定されているので、

井伊商店さんの麦味噌は、全て麦こうじなので、「みそ」も微妙ではあるが、「麦みそ」ではないことになる。

おそらく、苦肉の策で、「全麦麹味噌」の表記になったものと推察する。

日本農林規格(JAS)による「みそ」の定義(2022年)

以下、麦みそ表示問題に関して、日本農林規格(JAS)より抜粋。

 日本農林規格(JAS)による「みそ」の定義(2022年)

3 用語及び定義
この規格で用いる主な用語及び定義は,次による。
3.1
こうじ菌
でん粉やたん白質等を分解する酵素を分泌し,食品の発酵を促すのに有用なAspergillus属の糸状菌
注釈1 病原性がなく毒素を産生しないものに限る。
注釈2 みそ,しょうゆ,清酒,食酢,みりん及び焼酎の醸造に利用されるAspergillus oryzae や,しょうゆの醸造に
利用されるAspergillus sojae 等が該当する。
3.2
種こうじ
米等にこうじ菌を接種・培養し,生成した胞子(分生子)を付着した米等とともに乾燥させたもの,又は,これをふ
るいにかけて胞子のみを分離したものであって,こうじを製造する際にこうじ菌を供給する目的で加えるもの
注釈1 一般的に,前者を“粒状種こうじ”,後者を“粉状種こうじ”という。
注釈2 種こうじにはでん粉等の賦形剤が混合されることがある。
3.3
こうじ
米,麦等の穀類,大豆又はこれらの副産物[ふすま(麬),ぬか(糠)等]に微生物を繁殖させたもの
3.4
ばらこうじ
こうじのうち,米,麦等の穀類を蒸煮したものに種こうじを加え,こうじ菌を培養したものであって,粒状の原形を
留めているもの

3.6
麦こうじ
ばらこうじのうち,大麦又ははだか麦を蒸煮したものに種こうじを加え,こうじ菌を培養したもの

3.8
砂糖類
砂糖,糖みつ及び糖類
注釈1 糖類とは,単糖類又は二糖類であって,糖アルコールでないものをいう。
注釈2 みその生産に使用される砂糖類は,砂糖,ぶどう糖,液糖(ぶどう糖果糖液糖,果糖ぶどう糖液糖,砂糖混
合ぶどう糖果糖液糖等),水あめ等がある。
3.9
風味原料
かつおぶし,煮干魚類,こんぶ等の粉末又は抽出濃縮物,魚じょう(醤)油,たん白加水分解物,酵母エキス,その
他これらに類する食品
注釈1 基本的に,魚介由来の原料が用いられる。
注釈2 とうがらしは風味原料等に該当しない。

3.10
みそ
次に掲げるものであって,半固体状のもの
a) 大豆若しくは大豆及び米,麦等の穀類を蒸煮したものに,米,麦等の穀類を蒸煮してこうじ菌を培養したものを
加えたもの
又は大豆を蒸煮してこうじ菌を培養したもの若しくはこれに米,麦等の穀類を蒸煮したものを加えた
ものに食塩を混合し,これを発酵させ,及び熟成させたもの
b) a)に砂糖類,風味原料等を加えたもの
注釈1 半固体状とは,皿に出したときに流れて崩れない程度のものをいう。

3.12
麦みそ
みそのうち,大豆(脱脂加工大豆を除く。)を蒸煮したものに,麦こうじを加えたものに食塩を混合したもの

井伊商店のこれから

年々、宇和島は人口減で、地元の皆さんに愛されているとは云え、需要は減っていくだろうから、地域外、海外にも情報発信して、販路を拡大したいし、手づくり味噌教室も開催したい。また、味噌はもちろんのこと、麦味噌を使った郷土料理、「さつま」(宮崎の冷汁に似た郷土食)、おでん等に付けて食べる、酢味噌のような辛子と味噌を和えた「みがらし」等も知ってもらって、料理にも使ってもらえるようにしたい、と井伊さん。

宇和島の自慢は、もちろん井伊商店の麦味噌、現存天守の宇和島城、味噌は使っていないが、鯛めし(真鯛の刺身をタレ、卵黄と混ぜ合わせ、熱々のご飯にのせて食べる郷土料理)だそうで、是非、宇和島にも足を運んでいただきたい、とのこと。

井伊さん、人員、体制が整ったら、是非、愛知県碧南の日東醸造訪問やCOREZO(コレゾ)賞出席を実現してくださいね!

COREZOコレゾ 「『麦みそ』表示問題で翻弄されながらも、全国からの励まし、行政の理解、応援もあって、創業時からの伝統の製法、風味を守り続ける 三代目」である。

取材;2024年10月
初稿;2024年11月
文責;平野龍平

 

 

 

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