祝ラジオ出演、山田脩二さん、カメラマンからカワラマンへ、を語る

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カワラマン山田脩二さん、ラジオ出演

山田 脩二(やまだ しゅうじ)さん
COREZO(コレゾ)「カメラマンからカワラマンに転身、いぶし瓦を焼く伝統のだるま窯を復活し、瓦の新たな居場所を創り続ける淡路瓦師」賞 ...

2015年5月2日、当財団専務理事の山田脩二さんから連絡があり、翌5月3日にラジオ出演されるという。ところが、ラジオを聴かなくなって久しく、拙宅には使えるラジカセ(死語?)やチューナーがない。で、調べると、下記のサイトで聴けるのがわかった。

出演されたのは大阪のABCラジオの「ちょっといい話」という番組。

内容はご本人から何度か伺ったことのある話だったが、改めて記しておくことにした。

「ちょっといい話」

山田さんは、いぶし瓦の本場である淡路島の瓦師である。

瓦をつくる職人は瓦師と呼ばれていますが、瓦をカタカナに代えて、カワラマンって勝手に言ってます。

淡路島は日本でも有数の瓦の産地で、いぶし瓦で有名ですが、42歳の時にカメラマンを辞めて、淡路で2年間、瓦焼き職人の修行をして、カワラマンとして独立しました。

カメラマンからカワラマンへ

どうして、カメラマンからカワラマンにかわったのか、ってよく聞かれます。

20代、30代は、カメラマンをしていて、仕事にも恵まれたので、国立近代美術館の日本の15人の写真家にも選ばれたり、それなりの評価は得ていたのですが、幸か不幸か、有名な女優さんを撮ったり、きれいな野山を撮ったり、おいしそうな料理を撮ったり、というようなカメラマンではなくて、主に建築写真を撮っていて、建築を撮るより、建築をつくる方、瓦も建築の一部なので、瓦をつくる仕事の方がおもしろいんじゃないかと思って、カメラマン終息宣言をして、カワラマンの修行を始めたワケです。

今もそれに近いですが、当時は丸坊主だったので、お寺のお坊さんが修行に来たのではないかと云われたりしました。

本当はグラフィックデザイナーになりたかった…

本当はグラフィックデザイナーになりたかったので、そのために印刷や写真とかいろんな勉強をしていたのですが、写真も面白いな、と思っていました。デザイン専門学校を卒業後、印刷会社に就職して、最後は写真部にいたので、カメラマンが撮った写真を紙に焼いてプリントをする仕事もしていました。印刷屋ですから、その写真が出来上がりの印刷物に上手くハマるように考えて焼いていたら、その仕事を認めてくれた所から写真を撮るのも頼まれるようになりました。なので、写真を撮ると結構お金になるのも知っていたのですが、グラフィックデザイナーになるためにやってきたのに写真家になるのはイヤだという思いもあって、飲みながら、「オレはカメラマンじゃない。」って大声張り上げてたんですよ。

炭を焼いて、灰になって、「ハイ、サイナラ」

そんな時、たまたま、親友から、「若いうちに色々やっているとためになるぞ、鉄は熱いうちに打て、っていうが、人間も若いうちに焼きを入れとけば、一生役に立つ。」って云われたもんだから、当時は、デジカメなんかはなくて、銀塩フィルムの時代で、プリントするのを「紙に焼く」っいうんですけど、「焼きを入れるなら、オレは、一生、焼きを入れる仕事を続けるぞ。」って言ってね、「紙ばかり焼いていると神さまに申し訳ないから、紙の次は土を焼くぞ、それから、山田だから、山に入って木を焼いて炭も焼く。」って、23歳の時に宣言しちゃったんですよ。

それで、42歳の時にカメラマンからカワラマンになって、ほぼその通りに生きてきたんで、あとは、炭を焼いて、最後は、灰になって、「ハイ、サイナラ」ってね、ハハハハ。

どうしてカワラマンに?

普通は、下積みでこき使われたり、修行中に努力して、カメラマンになると、なかなか辞められませんよね?でも、元々、なりたくてなったワケではなかったので、割と未練もなかったし、それに、さっきも言いましたが、20代後半と30代には、いい仕事にも恵まれたので、ここまでやったら、できたものを撮るより、それをつくる側の仕事の方がおもしろそうだ、と思いました。

抹茶茶碗とか焼き物の世界は1つで完結するんですが、瓦は1枚では成り立たなくて、瓦の面白さは印刷物と一緒で、ずっと連なって、家並みもお寺の屋根なんかもそうですが、甍の波というように瓦が何枚も重なって連なってはじめて1つの風景をつくっているんですね。そういうのがおもしろそうだから、瓦屋をやろうと思ったんです。

30年以上前から地方創生

何で淡路だったのかというと、実は、突然カワラマンになったのではなく、カメラマンをしながら、日本全国を旅をして、瓦の名産地も見て廻ってました。引き受けていた仕事もあったので、カメラマンとしての引き際のタイミングもありましたし、どこで瓦を焼くのがいいのかを調べたり、相応の準備はしていました。

少し前までは、関西の人なら海水浴に来たり、最近では、玉ねぎがおいしいとか、ハンバーグがおいしいとか云われてますが、瓦の名産地の中でも、いぶし瓦の本場である淡路島が気に入って、実際に住んで、瓦を焼いて、建築素材としての瓦のよさを発信したい、と思ったんです。最近、地方創生とか云われていますが、僕は、もう既に30年も前からそういうことをしたいと思ってやってきたんです。

最初は謙虚に敷瓦から

カメラマンがカワラマンになって、いきなり新参モンが屋根に上がると頭が高いと言われるので、最初は、謙虚にですね、お寺の庫裏とか座禅場の床に敷く瓦を敷瓦というんですが、その敷瓦から始めましてね、有名な建築家さん達にも協力してもらったりしながら、もっと多くの人に日本の屋根瓦のよさを知ってもらいたいな、と思いながら瓦を焼いています。

次回出演予定

ABCラジオ「ちょっといい話」2015年06月14日(日)08:00〜08:10

まとめ

正味、8分程の駆け足の半生記だったので、失礼ながら、存じ上げている部分を少々補足させてもらった。次回の「だる窯」の話では、今のガス窯で焼いた工業瓦と昔ながらのだるま窯で焼いた瓦の違いの話なども聴けるのではないかと思う。

山田さんは、カメラマン、カワラマンとしてだけでなく、立派な大酒飲みを目指して日々酒行に励んでおられる大酒飲みとしても有名であるが、由布院の中谷健太郎さん、溝口薫平さん、小布施の市村良三町長、市村次夫さん、デザイナーの梅原真さん、華道の嵯峨御流の大御所と親しかったり、カメラマンとしての最後の仕事が、篠山紀信さんの「写楽」であったり、山田さんがつくられた「だるま窯」の窯開きに舞踏家で俳優の田中泯さんが舞踏を奉納されたり、とその人脈を見れば、この方のスゴさが垣間見える。

折に触れ、いい酒の飲み方のご指導を賜っている。心より感謝申し上げる次第である。

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COREZO (コレゾ)賞 事務局

初稿;2015.05.03.

編集更新;2015.05.03.

文責;平野龍平

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