霜川 剛(しもかわ つよし)さん

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COREZO(コレゾ)「カッコ悪さこそカッコ良さ、農的スローライフを実践し、真の意味でのサブカルチャーを発信し続ける、納屋カフェオーナー」賞

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霜川 剛(しもかわ つよし)さん

Contents

プロフィール

長崎県大村市

カフェレストラン waranaya café オーナー

「こむぎぷろじぇくと」「WARANAYAクラフト市」「学びの時間」他、主催

ジャンル

農的スローライフ

サブカルチャー

カウンターカルチャー

受賞者のご紹介

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霜川 剛(しもかわ つよし)さんは、長崎県大村市の山の中にある納屋を改造したカフェレストラン、「waranaya café」のオーナー。

2013年12月、淡路瓦師の山田脩二さんとご一緒に伺い、お話を伺った。

長崎県大村というと大村湾、長崎空港、海を連想するが、どんどん山中に入って行くと、広い農地が開け、その一画の大きなメタセコイヤの木が目印らしい。どこか欧州の高原の農場を思い浮かべる風景の中に、納屋のような小屋が建っていた。その日、お休みだったのに、お店を開けて待って下さっていた。

お店の内部は吹き抜けで、梁や柱が剥き出しになっていて、西部劇に出てくる、まんま納屋のようだ。中央は突き当たりの厨房まで土間になっていて、ど真ん中?に、ででーんと、ピザ釜兼用の薪ストーブが鎮座し、その両側が板の間のテーブル席で、靴を脱いで上がるスタイルになっている。

「waranaya café」オープンまでの経緯

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ー この「waranaya café」をオープンされたきっかけは?

チェ・ゲバラ、ホーチミンなどがヒーローのヘンな高校生

「長崎市内で生まれ、高校は進学校に通っていたのですが、皆んなが受験勉強をしているのを見ながら、自分は違うな、と感じていました。その頃、パンクやサブカルチャーとか、キューバ革命に興味があったり、チェ・ゲバラ、ホーチミンなどが僕のヒーローで、周りから見れば、ヘンな高校生でした。」

途上国への放浪の旅

「結局、進学せずに、卒業後は、アパレルショップの店員をしていたのですが、その内に、大学に進学していたら、社会人になるまでの猶予期間があることに気付いて、ならば、自分も一般の大卒と同じ22歳までは準備期間として好きなことをやっておこうと、地元で工員等のアルバイトなどをして、資金を稼いでは、マレーシア、ネパール、チベット、タイ等、主にアジアに数ヶ月放浪の旅をして、お金がなくなると、戻って資金を稼ぐという生活をしていました。」

「そんな生活をしていて、ネパールとか、発展途上国と自称先進国が指す国々に何か海外貢献的なことができないかと、JICAやNGO団体を調べたりしました。しかし、なんせ何も貢献できるスキルを持っていなかったので、これは取り敢えず自分を鍛えないといけないと思いました。」

漠然と『食』の大切さを考えるように

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「換金作物のモノカルチャー経済で伝統的社会を破壊されかけている国々に、少しでも貢献できたらというより、逆に、辺境の地にわずかに残っているであろう21世紀でサバイバルして行く為の技術や知恵を学べたら、という思いがありました。一方で、日本の気候風土、民族の素晴らしさを再認識して、生きていくのに欠かせない『食』の大切さを、漠然とですが、考えるようにもなりました。

『農的な生活』をしようと農地を購入

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「それで、自分たちが食べるものは自分たちでつくる『農的な生活』をしようと、10年前(2013年取材時)、25歳の時に、ここの1町歩(=1ha=3000坪)の農地を購入し、移住しました。休耕地で荒れてしまっていたので、少しずつ耕して開墾しました。」

自分の夢を叶える為に、国民の血税を使うのはおかしい

「資金は、貧乏生活しながら、少しずつ貯め、足らない分は、国民金融公庫にでも出せるような事業計画書を作成し、母から借り、3年で返済しました。これは、私見ですが、自分の夢を叶える為に、就農支援制度とか、国民の血税を使うのは泥棒と同じじゃないか!と強く思います。現実に、行政の上手い話に乗せられて多額の借金を負い、保証人への取立てなど、特に地方、離島などでは、悲惨な話が多々あるのが実状です。」

ー 確かに、おっしゃる通りで、近頃では、Uターンだとか、Iターンだとか、◯◯おこし協力隊だとか、地方での地域就労支援事業の実情を知っていますが、全く、ヒドいものです。税金の垂れ流しというより、将来の借金を無意味に増やしているだけにしか見えません。ところで、この「waranaya café」は、ご自身で改装されたとか?

廃屋同然だった納屋を、自分たちの手で改装

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「そうです。元々、廃屋同然だった納屋を仲間たちにも手伝ってもらって、自分たちの手で改装しました。カフェをするつもりはなかったのですが、改装しているうちに、カフェにしようかということになって、2006年、『waranaya café』をオープンしました。やってみると、自分たちが育てた野菜等の農作物を提供できて、それをおいしいと喜んで食べて頂けると、嬉しくなります。」

「こむぎぷろじぇくと」とは?

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「カフェでお出しするビザやパスタ、パン等も手づくりなのですが、原料は小麦です。自分たちで、一から育てて作ったら絶対うまいはず!ということで、『こむぎぷろじぇくと』という名前をつけて、数年前から、隣の6反(=0.6ha=1800坪)の畑をお借りして、小麦も無農薬、無化学肥料で作り始めました。」

日本の小麦の自給率は10%程度

「ご存知かと思いますが、日本の小麦の自給率は10%程度です。あとは、アメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入されています。アメリカでは、収穫後に農薬を散布することは禁止されていますが、輸出する時には、船で輸送する訳ですから、虫が付かないよう、また、相手国で虫が出ないよう、農薬で燻蒸処理がされているそうです。」

自分で栽培したものが一番確か

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「要は、殺虫剤や防カビ剤がまかれるということです。オーガニックや有機栽培にしても、その基準とかがよくわかりませんし、何が安全で安心かは人それぞれですが、そんなことを考え出すと、自分で栽培したものが一番確かなのは間違いありません。」

『人間は何を食べて行きて来たか』に感動

「そのプロジェクトを始めたのは、『人間は何を食べて生きて来たか』という、20年以上前に製作されたドキュメンタリー番組のDVDをたまたま図書館で見つけて、観たのがきっかけでした。世界各地のその土地ならではの『食』と、そこから生まれる豊かな『文化』が、とても興味深く紹介されていて、『大地に根ざした食、暮らしって、なんてキラキラして力強いんだろう!』と、大いに感動しました。」

食をつくるのは楽しい

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「小麦は、11月に種蒔きをして、6月に収穫するのですが、収穫後は、連日の草刈りと小麦の残根を鋤き込むために、畑を耕します。広いので、自分たちだけの手に負えませんが、なんだかんだ言っても、『作る』ということは楽しいものです。ましてや、人間の根源である『いのち』を育む『食』に携わるのならなおさらです。こんな素晴らしい体験は、是非、シェアしなければと、『こむぎぷろじぇくと』を農業体験イベントにして、興味を持って下さった方々に手伝ってもらっています。」

労働の対価はそれ相応の収穫物

「時間などはお任せで、力仕事の得意な方には、ガンバッテ頂いて、家族連れの方には、ノンビリと、参加した皆さんのやれる範囲で、決して無理せず、ギリギリ楽しめるところで参加して頂いています。労働の対価は、それ相応の収穫物をお分けしています。今では、自家製の小麦を製粉歩合7割に挽いてもらって原材料に使っています。」

『WARANAYAクラフト市』

「それから、『WARANAYAクラフト市』という、遠くは山口や広島から、仲間の陶芸家、服飾家、鍛冶、家具、織・染め、銀工・彫金、皮革、革靴などの職人が、自慢の手づくり逸品を持ち寄った展示即売会を開いたり、また、『学びの時間』と題して、講師をお招きし、食事とコーヒーつきで、気軽に学ぶ勉強会を開いたり、アーティストのライブやワークショップ、トークイベント等も随時、開催しています。」

絶滅が危惧される在来種の対州馬、サトコ

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ー 馬小屋に馬も見えましたが?

「はい、馬やヤギも飼っています。対州馬(たいしゅううま)という長崎県対馬で主に飼われていた在来種の馬で、サトコという名前です。体高が125〜35cmの小型の馬で、とてもおとなしく温順な性格なので、あとで乗ってみて下さい。」

「険しい山道の多い対馬では、かつては農耕や木材・農作物・日用品等の運搬に活躍し、生活に欠かせない存在でしたが、農業の機械化で育頭数が激減して、今では、30頭弱しか残っていません。他にも日本在来種には北海道の道産子や与那国島の与那国馬等、8種類がありますが、どれも農耕馬で、絶滅が危惧されているそうです。」

「バナー」と「ソラリゼーション」

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店内には、知る人ぞ知る、かのビートルズの数ある写真の中でも最も有名であろう、米国の写真家、リチャード・アヴェドンが手がけた、4人の「バナー」と、4人、ひとりひとりの「ソラリゼーション」のポスターが飾ってあった(サイモン&ガーファンクルの『Bookend』のジェケット写真もこの人)。どこか(場所を伺ったが失念した)で見つけて、衝動的に買ってしまった初版版らしい。

MoMAにも所蔵されているぐらいなので、それなりの値がついていたはずだ。

この写真が撮られたのは、サージェントペパーズの頃なので、1967年頃の作品だと推察するが、山田さんや同行された同期生の方は、真っただ中の世代で、特にお二人ともデザイナーと元カメラマンというご職業柄、よくご存知で、とても懐かしんでおられた。

で、ワタクシはというと、実体験したかどうかのギリギリの世代なのだが、おそらくというか、間違いなく、霜川さんが生まれる10年以上前の話だったハズだ。当時は、ポップ・カルチャーと呼ばれていたように思うが、そういうところからも、霜川さんの鋭い感性を垣間見たような気がする。

「サブカルチャー」とは?

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霜川さんが若い頃(今でも若いが)、「サブカルチャー」に興味を持っておられたという。

ところで、「サブカルチャー」って??漠然とはわかっていたつもりだが、気になり出したので、周囲からサブカルチャーの大家と呼ばれている知り合いに教えを乞うた。

サブカルチャー(subculture)とは、直訳すれば「下位文化・副次的文化」で、サブ(sub)は、下位・補助的という意味。メインカルチャー(主流文化)、ハイカルチャー(高級文化)に対し、一部の集団(例えば、若者の集団等)だけを担い手とする独特の文化であるが、現代社会におけるその単語の意味は、ひと言で説明できないという。

「メジャー」に対する「マイノリティ」

というのも、その歴史の側面から見ていくと、この言葉が誕生した第二次世界大戦直後は、ある社会の「メジャー・立場が強い」に対する「マイノリティ・立場が弱い」の習慣・行動・価値観を含めた広義の文化を名指すための言葉だった。

「ハイ」に対する「マス、ポピュラー」≒「サブ」

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その後、演劇に対する映画、クラシックに対するジャズやロックに対して用いられるようになり、教養、芸術性が高く、選ばれた上位の人が担い手の「ハイ・高級文化」に対する、俗で娯楽性が高く、大衆が担い手の「マス、ポピュラー・大衆文化」が「サブ・下位文化」とほぼ同義になった。

「ハイ」と「マス」の境界も時代により急速に変化

また、次第に、大衆が力を持つようになって、収入や教育水準も上がり、更に、次々に新たな記憶媒体が開発され、普及したことから、「ハイ・高級文化」にも親しむようになり、映画やジャズ音楽の中にも芸術作品と評価されるものも現れ、「ハイ・高級文化」と「マス・大衆文化」の境界も時代により、急速に変化してきた。

欧米では文化的に卓越した感性

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このように、欧米では、「サブカルチャー」という言葉自体に、格差社会の歴史、民族や階級差別の問題が関連し、政治的色彩も帯びているようで、とても奥が深い。そういう経緯もあって、「高級」とも「大衆」とも異なる「サブ」カルチャーを享受する感性が、文化的に卓越した趣味として価値を持ち、位置づけられていったそうである。

日本では=オタク文化

しかし、日本語における「サブカル(チャー)」という言葉は、オタク文化と関連して、大衆文化のマニアックでマイナーな領域という意味で捉えられている場合が多く、極めて曖昧に用いられているそうだ。

レゲエ音楽は、欧米の白人文化、支配に対する対抗文化

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例えば、サブカルチャー現象で注目された、ジャマイカからの移民が広めたレゲエ音楽は、欧米の白人文化、支配に対する対抗文化(カウンター・カルチャー)として受け入れられたが、日本の多くの人々は、そういう背景を知らないまま、目新しい音楽ジャンルのひとつとして受入れられている。

日本にサブカルチャーの概念が入ってきたのは1980年代

それは、日本にサブカルチャーの概念が入ってきたのが、1980年代で、欧米での歴史的背景とは無関係に、当時、マイナーだった特定の趣味や嗜好に対して使われ始め、やがて、漫画、アニメ、フィギア等が統合されて、おたく文化=サブカルチャーという見方がされるようになったからだという。

確かにその通りである。

「メインカルチャーへの不快感」を原動力に生まれ、進化した現在の「サブカルチャー」

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しかし、その大家を含めて、一部の「サブカルチャー」の本来の意味を理解している人たちの間では、メジャーで売れているものよりも、知名度、認知度は低くても、知る人ぞ知る、潜在価値、メッセージ性も含めて、クオリティーの高い「インディーズ音楽」や「映画」、「芝居」等の芸術、文化を発掘して、享受する、あるいは、自ら発信する、そういう感性、姿勢こそが、どの既存の文化にも属さない、卓越した「サブカルチャー」を創り、育てるということを知っていて、やってますよ、とのことだった。

その大家が、「サブカルチャー」、「サブカルチャー」、とおっしゃっていたことが、ようやく腑に落ちたのである。ここにも、あの経済と効率を最優先し、競争原理が仕組まれた現代社会が影を落としていたのである。それを押し進めるため、自然や環境から、下位の人々から収奪するだけでなく、一般大衆の均質化を潜在的に図っていたのである。「メインカルチャーへの不快感」を原動力に生まれ、進化した現在の「サブカルチャー」は、個々の自立からさらに発展して、もっと大きなウネリになることを期待したい。

※ 「mass culture」=「popular culture」=「pop culture」=「大衆文化」

以上、サブカルチャーのことを理解した上で、以下の霜川さんのブログを読んで頂きたい。

なぜ小麦を作るのか?

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以下、霜川さんのブログより、勝手に、抜粋、編集、転用

「なぜ小麦を作るのか?はっきり言って、市販の外国産小麦の方が価格的には数倍安い。ましてや、ピザ生地なんて、ただ焼くだけのモノがいくらでも出回っている。じゃあ自分たちがやっている事は無駄な事だろうか?」

「『学びのじかん』にも来て頂いた講師の方が、著書の中で、遠縁の親戚の方から廃鶏(出産率の低下した鶏)をもらいうけ、暫く庭先で飼い、いつか絞めようと思っていたところ、あまりにも人工的な環境で育ったため、自然の中ではまったく順応出来なかった。そんな廃鶏たちと現代の若者がダブって見えた、とおっしゃっている。」

「高度に分業専門化された産業体系、効率最優先、経済性が合うか合わないかしか考えない資本原理主義社会に生きている。無駄や非効率、不経済なことは悪と罵られ、社会の歯車としてきちんと機能するように教育されている。」

「一見無駄、矛盾した中にこそ真実が隠されているような気がしてならない。ポストモダンの生き方。自分の肉体、五感を自然とリンクさせることで孤独じゃない、色んなものに支えられて生きている、という当たり前の事を魂に刻み込みたい。ただ錆びるより、情熱的に燃え尽きたい。自分たちが生を受けたのは苦痛や孤独、自己嫌悪の為でなく、声高らかに生命賛歌を歌い上げたいではないか。」

以上、霜川さんのブログより、勝手に、抜粋、編集、転用、終わり

カルチャー(culture)の語源

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カルチャー(culture)の語源であるラテン語の「cultura」の語幹は、「colere」(人の手を加える、守る、手入れをする、耕す)。英語になって「心を耕す」=「教育によって知性を育てる」という意味で用いられるようになり、そこから「教養」、「文化」を意味するようになった。アグリカルチャー(agriculture)は、「ager」(野原、耕作地)+「cultus」(世話、耕作、装飾、教養・教化、生活様式等)、から「農業」をさすになったそうである。

霜川さんの農的なスローライフも一種のサブカルチャーなのかもしれない。

自家製の平打ち麺のパスタとパン

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お昼前に到着して、ランチに自家製の平打ち麺のパスタとパンを頂いたが、めっちゃ、ウマかった。パンはあまり食べないのだが、ここのは、いくつもオカワリした。そして、「ご馳走さま」後、自家製小麦のことを始め、お話を伺った、念のため。

自然に順応出来ない人工的な環境で育った廃鶏

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「waranaya café」店内と、周囲にはゆっくりとした時間が流れ、窓から見える景色は、まるでトスカーナ地方(行ったことはないけど・・・)のようで、夕刻までの〜んびりと過ごさせて頂き、山田翁は、サトコを飲酒乗馬させてもらって、ご満悦至極であった。

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週末、休日になると、遠方からも多くのお客様がお出でになるという。「あまりにも人工的な環境で育った廃鶏たちが、自然の中ではまったく順応出来ないこと」に気付いた人が増えているのだろうか…? そうであって欲しい。

COREZO(コレゾ)財団・賞の趣旨をご説明して、受賞のお願いをしたところ、快諾して下さった。

一番カッコ悪いのが一番カッコイイ生き方?

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最後に、霜川さんから届いたメールの中の文章をこれまた勝手に借用して、結びとする。

「サブカルチャーの範疇かもしれませんが、カウンターカルチャーという概念も僕らの精神的支柱にあります。常識や固定概念、閉塞感溢れるメインストリームカルチャーに対し、カウンターカルチャーとしての生き方、多分、一番カッコ悪い生き方をできたら人の心に響くのではないかと思います。」

「僕らが10年以上前、街のクラブカルチャーやファッションの世界から、その時、一番カッコイイと思った今の生き方を始めようとしたとき、周囲からは、バカにされたり、◯チガイ扱いされたり、アタマがおかしくなって山奥で修業していると噂になったり…、(笑)。そんなカッコ悪さの中からカッコ良さを発信し、クリエイティブ出来たら最高だと思います。」

COREZO(コレゾ)「カッコ悪さこそカッコ良さ、農的スローライフを実践し、真の意味でのサブカルチャーを発信し続ける、納屋カフェオーナー」賞

霜川 剛(しもかわ つよし)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、一切、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

初稿;2014.09.06.

最終取材;2014.06.

最終更新;2015.03.24.

文責;平野 龍平

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