山村 健(やまむら たけし)さん/久留米絣・藍染絣工房

COREZOコレゾ「正藍染めと手織機で織る経緯(たてよこ)がすり、伝統の久留米絣の技法を守り、伝える藍染絣工芸家」賞

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山村 健(やまむら たけし)さん

プロフィール

福岡県広川町出身、在住

「藍染絣工房」代表

ジャンル

伝統工芸

久留米絣(がすり)

経歴・実績

1950年 福岡県八女郡広川町生まれ

1980年 重要無形文化財保持者会会員

1994年 西部工芸展にて「あかり」が朝日新聞社銅賞

1996年 西部工芸展にて「きらめき」が朝日新聞社銀賞

1999〜

2009年 日本伝統工芸展入選

2002年 日本伝統工芸会正会員となる

2009年 日本伝統工芸展にてNHK会長賞受賞

2011〜

2013年 日本伝統工芸展連続入選

受賞者のご紹介

2013年10月、八女市の北島 力さんにご紹介頂き、福岡県広川町の「藍染絣工房」に山村 健(やまむら たけし)さんを訪ねた。藍染め作業中の手を休めて下さって、お話しを伺うことが出来た。

久留米絣とは?

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ー 不勉強で申し訳ないのですが、久留米絣について簡単に教えて頂けますか?

「久留米がすりは、江戸時代(1800年頃)に現在の久留米に住んでいた井上 伝(でん)という女性により考案されて、200年の歴史があります。」

「かすりというのは、織り文様を作る表現方法のひとつで 絞り染めの技法を用いて作ります。同じく久留米出身の『からくり儀右衛門』と呼ばれた田中久重(のちの東芝創業者)が開発した 織り機などの技術開発により、より高度な柄が出来るようになりました。」

「久留米がすりの織りは、経糸(たて糸)と 緯糸(よこ糸)を交差させる平織りです。 経糸、あるいは緯糸の一方 または経緯糸、双方の柄になる部分を糸や麻で出来た紐で固く縛って、これをくくり作業といいますが、縛ったところは染まりません。こうして、しぼり染めにした糸であるかすり糸を使って模様を織り出した織物です。」

「かすり糸を経(たて)糸だけに用いたものを経(たて)がすり、緯(よこ)糸だけに用いたものは緯(よこ)がすりと呼び、双方に用いたものを経緯(たてよこ)がすりといいます。 経緯がすりは経糸と緯糸、二つの模様を合わせて織らなければならないので難しくなります。経緯(たてよこ)がすりには表裏がありません。職人の熟練した技に、色や柄の微妙なズレが合わさって、優しく自然な風合いが生まれ、模様が「かすれる」というのが、絣の語源です。」

藍建てとは?

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ー 藍染めは、徳島で布地を染色している方を取材したことがあるのですが、久留米絣の藍染めはそれとは異なりますか?

「久留米絣は糸から藍染めをしますが、藍染めの技法は同じだと思います。日本で主に使われているのはタデ科の藍で、ウチでは藍から作った徳島産と北海道産の『すくも』を使っています。藍は発酵させて『すくも』という状態に加工したものから染料を抽出させるため、発酵(藍建て作業)させてから糸などを染めます。

ー 藍建てについて教えて下さい。

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「先程、ご覧頂いたように、深さ2メートルの藍甕(あいがめ)に藍(すくも)を入れて水に溶かし、日本酒などの栄養を与えて25℃前後に保温しながら発酵させます。冬場は甕を温めたりして温度を保ちます。ウチでは和ロウソクの原料である櫨(ハゼ)の実の搾りカスを分けてもらって使っています。これは豆炭や練炭のように一酸化炭素を発生しないし、温度が高くなり過ぎず、長時間燃焼してくれるので、藍建てにはとても都合がいい燃料です。」

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※藍の色素成分であるインディゴは水溶性ではないため、天然灰汁発酵建てであれば、ここでの水は、水に木灰汁を加えたアルカリ性溶液を使っておられると思われる。

藍染めのしかた

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ー 藍の色素は水溶性ではないので、藍建てをして色素をアルカリ性の溶液に溶かして、繊維を浸けた後、空気にさらして酸化することで染色できるという話を伺いましたが?

「その通りです。藍染は、空気に触れないと藍色にはならず、空気に触れることによって藍色になります。糸を染める時は藍液に浸した糸を絞り、糸をたたいて空気に触れさせます。これを一回として染めを繰り返します。濃度の低い下藍(したあい)から染めていき次に中藍・上藍へと繰り返し染めていきます。はじめから濃い上藍で染めていくと早く色は付きますが色落ちしやすいので、何度も染めを繰り返します。

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「藍色は染めの回数によって濃淡が決まり、代表的な色だと薄いものから甕覗き(かめのぞき)→浅葱(あさぎ)→縹色(はなだいろ)→藍→紺→濃紺となります。ほとんど黒に近い色にするには50回以上染めなければなりません。ですから、今では、正藍染めは、手間がかかるので、すぐ染まり、値段も安い化学染料を使ったナフトール染が増えています。」

正藍染めと化学染料染めの違い

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ー 正藍染めと化学染料染めはどのように違うのですか?

「風合いが全く違うので、ご覧になればわかると思います。わかりやすいのは、水洗いすると、化学染料や人工インディゴ染料だと青い液になりますが、正藍染めは茶褐色の灰汁(あく)が出ます。正藍染は洗濯していくことで灰汁が抜けて白い部分がますます白くなり、藍色はさらに藍らしくなります。また、生地もやわらかくなっていくので、とにかく、着て頂いて、着心地の良さを体験して頂きたいですね。」

久留米絣の手入れ方法

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ー 久留米絣は水洗いできるのですか?

「元々、綿糸を絣染めにした庶民の日常衣料でしたから、とても丈夫な着物です。たまに藍の調子が悪い時や、生葉の藍染めだと、青い色が出たり、多少の色落ちがある為、他のものとは洗わず手洗いをして下さい。中性洗剤を溶かした液につけ置き洗いをして、すすぎを充分にし、日に当たると退色しやすいので、裏返して、陰干して下さい。」

正藍染で手織する久留米絣が減少する理由

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ー 代々、久留米絣をされて来たのですか?

「はい、私で4代目ですが、小学生の頃から手伝っていました。父は身体が弱かったので、正藍染めができなかったのでしょうね。私が手伝い始めた頃には、既に、化学染料染めに切り替っていました。」

ー では、正藍染はいつから始められたのですか?

「ずっと正藍染をしたいと思っていました。仕事として関わるようになってから、藍の建て方のみを習って、その他は教えてもらえなかったので、後は、試行錯誤の末、独学で技術を身に付けました。」

ー 今、久留米絣を、正藍染で手織しておられるのは何軒ぐらいあるのですか?

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「今や、天然藍は生産量も少なく、非常に高価なので、10軒位しか残っていません。手織しているのはその内、6軒でしょうか。最盛期には200万反(1反=着物1着分、12〜3m)、その内、手織でも1万反位生産していたと思います。ウチは、全て手織りで、出し織りといって、10数軒に外注もしていましたが、300反/月程、生産していました。現在、15〜20反/月程、正藍染で手織しています。」

ー 随分と少なくなってしまったのですね?

「着物を着る人が少なくなったのが、一番の原因でしょうね。今では、着物に使われるのは僅か1%程度で、ほとんどが、洋服やインテリア等に使われています。最近では、丈夫でリフォームもできて実用的で、柄も流行を追うものではないので、長い目で見れば値打ちがあるということが見直されていて、海外でも注目されています。」

山村さんの久留米絣と他との違い

ー 山村さんの久留米絣の特色は?

「今、織られている久留米絣のほとんどが、経(たて)がすりか、緯(よこ)がすりで、一方は無地で、模様は、横糸か縦色のどちらか一方でつくります。私の久留米絣は、経緯(たてよこ)がすりといって、経糸と緯糸、二つの模様を合わせて織らなければならないのでとても難しくなります。」

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「これが柄の図案の設計図のようなものなのですが、白のところ、色を染めるところを経(たて)糸と、緯(よこ)糸でピッタリ合うように計算して、糸を染めます。」

ー 糸も別々に染めるってことですね?

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「そうです。こういうジグザグになった模様は染める糸のパタンが何種類も出てくるので、特に難しい。色が増えるとさらに難しくなります。」

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「投げ杼機(なげひばた)という投げ杼の手織機で織るのですが、織りにはとても高度な技術が要求されます。投げ杼で緯糸を通して、経糸の図柄に緯糸を合わせて、オキをトントンと打ち込むのですが、二つの模様を合わせて織るのは、オキの打ち加減、足の踏み加減等々によって決まるので、熟練の経験と技術が必要です。私の母はまだ現役で織ってくれています。」

難しい技術で織る理由とは?

ー その難しい技術で織っておられるのは?

「同じやるなら、本物の技術を残したいというのもありましたが、数学が好きだったのでしょうね、計算した通りの図柄が織り上がるとそれは嬉しいものです。」

販売方法

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ー どのような販売方法を取っておられるのですか?

「問屋さんに卸すと売れ筋の販売価格、色、柄等、問屋さんの意向が優先されて、自分の作りたいものが作れませんので、今はお客様に直接販売するのが中心ですね。久留米絣の顧客のほとんどが中高年の女性です。口コミが多いのですが、実際にこちらの工房をご覧頂いたり、お客様のアイデアの中にも新しい図柄のヒントがあったりして、お客様の好みを伺ってオリジナルで製作することもあります。」

久留米絣の未来

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ー 久留米絣は庶民の普段着であったと伺いましたが、その手間や工程を拝見すると、高価にならざるを得ない気がするのですが、これからの抱負をお聞かせ下さい。

「久留米絣は、木綿織物であり、庶民の日常着だったので、安価なことが求められましたが、工芸的な発展を遂げたことから、多くの時間と労力を必要とし、価格もそれだけ高価になってしまいました。既に、工芸的な手織り、藍染め等と大衆的な化学染め、機械生産の二つの流れがあるように思います。」

「私たちは、着物を作る反物を織るのが本来の仕事ですが、久留米絣の良さを若い人にも知って頂きたいと眼鏡ストラップやポーチ、クッション等の小物も作っていますし、地元の小学生には久留米絣の織り方を教えています。これからも地域の伝統文化であり、伝統工芸である久留米絣を守っていきたいと思っています。」

COREZO(コレゾ)賞・財団の趣旨をご説明し、受賞のお願いをしたところ、快諾して下さった。

COREZOコレゾ「正藍染めと手織機で織る経緯(たてよこ)がすり、伝統の久留米絣の技法を守り、伝える藍染絣工芸家」である。

COREZO (コレゾ)賞 事務局

初稿;2013.11.17.

最終取材;2013.09.

最終更新;2015.03.18.

文責;平野 龍平

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