立花 律子(たちばな りつこ)さん

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COREZO(コレゾ)「逆転の発想、寂しいはずの過疎の島で、日本一楽しい最先端の過疎づくり」賞

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立花 律子(たちばな りつこ)さん

プロフィール

香川県小豆島生まれ、育ち、在住

NPO法人「DREAM ISLAND」代表

りっちゃんのブログ

棚田デリカフェ「こまめ食堂」経営

ジャンル

観光・地域振興

国内観光ガイド

ツアーガイド(島歩き担当)/

食・飲食店 経営

経歴・実績

1985 社団法人小豆島観光協会 勤務

1997 社団法人小豆島観光協会 事務局長

2006 社団法人小豆島観光協会 退職

DREAM ISLAND 活動開始

2007 特定非営利活動法人DREAM ISLAND 設立

2011 こまめ食堂 リニューアルオープン

受賞者のご紹介

「りっちゃん」こと、立花 律子(たちばな りつこ)さんとはご縁があって、2008年、「大歩危・祖谷いってみる会」の総会で初めてお目に掛かった。確か、「観光地を元気にする女性力」というようなタイトルで、「女性目線での観光・地域振興への取組み」に関してのパネルディスカッションにパネラーとして出席しておられた。

他の3名のパネラーの皆さんは旅館の女将さんたちで、観光・地域振興に関してはそれぞれに一家言お持ちだったが、立花さんは他の皆さんとは違った角度からの意見が多く、興味を魅かれた。それもそのはずで、観光協会に勤務し、事務局長まで務められた後、お客様により近い位置で仕事がしたいと退職して、着地型のツアー事業他、小豆島の内外をつなぐ活動をするNPO法人を設立し、代表に就任。自らもツアーガイドや地域コーディーネーターを務めておられるとのことだった。

実際にどのような活動をされているのか自分の目で確かめたいと思い、高松まで行った折に連絡をしたが、立花さんの都合が合わずそれっきりになっていた。

2012年、何気なくTVを見ていると、小豆島を紹介する番組で、立花さんが案内役をされていた。醤油を仕込む杉の大樽を自分で作ったという醤油屋さんが紹介されていて、「これは訪れてみたい。」と思い、立花さんに電話で趣旨を伝えると、ご紹介頂けるとのご返事。

新岡山港からフェリーに乗り、30年以上ぶりの小豆島へ。立花さんは土庄港で出迎えて下さった。他の乗客が土庄港に着岸する際に見える大きなごま油の看板を指差して、「小豆島はやっぱり醤油の島だね。」と勘違いしていたことを話すと、「かつてごま油も島の特産品で、全国的に有名な大手メーカーの発祥の地でもあり、今でも工場がありますよ。」とのことだった。

棚田が目の前に広がる「こまめ食堂」

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「ヤマロク醤油」さんをご案内頂いた後、車中で近況を伺いながら、立花さんたちが運営する「こまめ食堂」に向かった。「こまめ食堂」は小豆島のまん中辺りの中山という地域にあり、国道から山道に入ってしばらく上ると、棚田が目の前に広がった。寒霞渓にはロープウェイで何度か登ったことはあったが、小豆島にこんな見事な棚田があるのは気づかなかった。

1999年には農水省の棚田百選にも選ばれたそうで、以前、別の場所で見せてもらった棚田百選の棚田は半分近くが休耕田で荒れてしまっていてガッカリしたが、こちらはきれいに手入れされ素晴らしい景観だ。棚田の上流域からは湧水が1日600トンも湧き出ていて、「湯船の銘水」として銘水百選にも選ばれ、棚田に利用し、中山集落の各家庭にも簡易水道で引かれているそうだ。

「ここなんです。」と、車が停車した場所は奥に神社があり、手前には歌舞伎舞台があった。「どうしてこんなところに?」と尋ねると、小豆島はかつて仮設も含めると146の舞台があり、700名を超える役者がいたほど歌舞伎が盛んで、「歌舞伎の島」と呼ばれていたが、今ではこの中山農村歌舞伎舞台と肥土山という集落にある2つを残すのみとなり、神社への奉納芝居として続けられているそうだ。

「こまめ食堂」はその道路向いにあった。「棚田デリカフェ」と名付けておられるだけあって、中山集落の千枚田と呼ばれる棚田を一望でき、実に懐かしく、味わい深い木造の一軒家だ。昭和30年代には大阪市内でもこのような家や商店が残っていたのを思い出した。

「こまめ食堂」を始めたきっかけ

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この「こまめ食堂」は2010年夏に開催された「瀬戸内芸術祭」に合わせて開店したそうだ。「瀬戸内芸術祭」というのは瀬戸内海の島々を舞台に開催する現代アートの祭典で、直島をはじめ、小豆島も舞台となって、18の国と地域から75組のアーティスト、プロジェクト、16のイベントが参加し、次回は、2013年に開催するそうだ。

その芸術祭をプロデュースした方から、「会場となる場所に食べるところがないからカフェをやって!」と依頼され、断る勇気もなく、はじめたそうだ。しかし、飲食店の経験もなく、料理も得意でなかったので、「おにぎり」を一生懸命結んでいたら、いつのまにか店に行列ができるようになった。100日間の期間中には90万人もの人々が海を渡り、島々を旅したが、芸術祭終了後はお店も閉店した。祭りのあとの寂しさというか、賑やかだった夏の日々の記憶といくつかの未来への希望、そしていつもの静かな島の日常が残った。

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開催期間中には、「騒がしい。」と、口には出さなくても眉をひそめていた地域の人たちもいたようだが、「寂しくなったね。」、「賑やかすぎるも困るけど、静かすぎるのもね。」、「ほどほどならいいんだけど・・・。」という声も聞こえてきた。ほどほどに忙しく、ほどほどに賑わいがあるような、そんな「ほどほどなお店」を目指して、2011年4月にリニューアルオープンしたそうだ。

元々は、地域の精米所だった建物で、向いで酒屋とたばこ屋を営んでいた家主のおばあちゃんが亡くなられた後、しばらく空家になっていたが、せっかくの資源を有効活用して地域を活性化しようと、所有権を自治会が譲り受け、運営を立花さんの法人「DREAM ISLAND」が任された。

築年数は定かではないらしいが、戦後には既に建っていたとういう話からすると、昭和初期のものらしい。立花さんたちはその年月を重ねてきた木や土壁を活かして、建物や空間から歴史や時代を感じてもらえるよう元気だった当時の元の状態に戻そうと、建物修復工事のテーマを「RE-SORT(再び–並べ替える)」と決め、「瀬戸内芸術祭」のボランティアサポーターの助けも借りて、2トン車10杯以上ものゴミが出る程、埃まみれになって掃除をし、痛んだ部分を修復しながら元の状態に復元していった。

畳の下に敷かれていた床板は看板や家具になり、納戸に眠っていた昭和レトロな手動式かき氷機やノベルティーグッズはオブジェとして、お酒のケースはイスやテーブルの足に、どこかの小中学校にあったようなスクール机やイスも再利用されている。

役目を終えた資材や道具等、あるものを活かしながら、ホコリまみれだったものもキレイに磨いて新たな光りを当てていった。それらの道具類と古い柱や梁、土壁は、新たに無垢材で造作された厨房スペースやサービスカウンター、ギャラリースペースとも見事に調和し、裏のテラスに出ると見事な棚田と里山の風景が一望できるこの地域ならではの空間になっている。

小豆島特産の素麺の特徴とは?

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「この素麺は是非食べてみて下さい。」と、素麺をご馳走になった。小豆島特産といえば、醤油、佃煮、オリーブ、それに素麺である。小豆島の素麺づくりは今から400年以上前に、島民が伊勢参りの道中で大和三輪に立ち寄り、その技術を持ち帰ったと伝えられている。原料となる小麦や塩が島内で手に入り、冬の農閑期を利用できて、家族だけで製造できること等から島内に広まったといわれている。

小豆島の素麺は、麺を延ばしてヨリをかける行程の前に島の特産品だったごま油(他地域では別の植物油)を薄く塗る油返しを行なう。ごま油は酸化し難く、ほんのり香ばしい香りがして、淡く黄色い生成り色の麺が特徴だそうだ。

結構な素麺好きで、その細さと麺のコシとのどごしが命と思っているが、今まで食べた中でも極上の素麺であるのは間違いない。思わず、「こりゃー、ウマい!」と言うと、「でしょ?この素麺の製麺所はウチのツアーでもご案内するんですが、私、紙芝居屋さんもするんですよ。事前にご覧頂くと見学も楽しいでしょ?」と、この手延べ製麺の工程を手づくりの紙芝居で紹介して下さった。

こだわりの手延べ製法の説明は別の機会に譲るとして、この素麺を「湯船の銘水」で茹でて、よく洗ってシメて、ヤマロクの醤油を使った麺つゆで頂けば美味くないはずがない。今回は時間が無かったため、次回、改めてこの製麺所にもご案内頂くことになった。

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食後にアイスコーヒーを頂いたが、これもウマい。

「でしょ?ここは水がいいのが自慢です。コーヒーにもこだわっていますが、美味しい食にはいい水が欠かせません。いいお米ができますし、いい水で磨いで、いい水を使って、ガス釜でふっくらと炊き上げたご飯は最高です。お店に来て下さったお客様にはこの棚田を見ながら棚田のおにぎりを食べて頂いて、このお米のおいしさを知ってもらえたら嬉しいなと思っていたのですが、農業の担い手も減少していて、この棚田で作られるお米のほとんどが自家消費米で、市場には出荷されていませんでした。何とか自分たちの想いが通じて、生産者の皆さんに協力して頂けるようになり、棚田のおにぎりが実現したんですよ。」と、立花さん。

小豆島を楽しむ会社「DREAM ISLAND」を設立した理由

2006年秋、立花さんは、「生まれ育ったふるさと小豆島を、もっとパーソナルな視点で伝えたい。お客様に近い位置で仕事がしてみたい。」と、生まれてはじめて起業を決意した。22年間勤め、事務局長まで務められていた小豆島観光協会を退職し、独立の道を歩みはじめた。ちょうどその頃、たまたま小豆島にやってきて直感で移住してしまった連河(れんかわ)さんと出会い、進みたい方向性が似ていたことから、なんとなく二人で小豆島を楽しむ会社、「DREAM ISLAND」を設立し、とりあえず年の功で代表に就任した。

小豆島は温暖な気候風土で、海あり山ありの自然や食資源に恵まれ、年間に100万人近い訪問客が訪れる一方で、約3万の人口が年間約500人のペースで減少している過疎の先進地でもある。休耕地が増え、田んぼも山も荒れていく・・・。

元々、小豆島は江戸幕府の天領(直轄地)で、その温暖な気候を利用して、塩づくりで栄えた。ところが、瀬戸内海沿岸のいたるところで塩をつくり始めたことから、生産過剰となり、幕末に塩バブルがはじけ、製塩業は急激に衰退し、失業者が急増した。塩をつくる燃料として山の木々を乱伐したことで、島は度々干ばつに見舞われるようになったばかりか、山からの栄養が海に流れなくなり、漁獲高も激減し、餓死者が出るほど深刻な事態に陥ったこともあるそうだ。

「何とかしたい。」、「どうにかしたい。」と思っているだけでは何も変わらない。高齢化や過疎化の流れを変えることはできないかもしれないが、過疎を楽しくすることなら出来る。人が少なくなるのは寂しいが、人に喜んでもらったり、楽しんでもらうことならできる。考え方を変え、手を加えれば、過疎が素敵なものになる。どうせなら「日本一楽しい過疎にしたらどうか。」と、思うようになり、「過疎の最先端で、最先端の過疎づくりプロジェクト」と名付けて活動を開始した。見事な発想の転換だ。

独立したものの、閑古鳥の鳴く事務所で始めたこと

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しかし、独立したはいいが、電話は鳴らず、仕事も何も無い。閑古鳥の鳴く事務所で、苦し紛れにブログを書くことにしたが、何を書いていいかわからない。仕方なく、自分が知ってる小豆島のことをいろいろ書いてみることにした。すると1ヶ月後には、香川県のブログランキングでTOPに躍り出て、さらに国内旅行部門でも1位にランクインし、少しずつ仕事が入り始めた。 現在も毎日欠かさず、発信を続けている。

2007年秋からはネットでは伝えることのできない島の心地良さや風土、おもしろい人たちのことを伝えたいと、小豆島を伝えるガイドツアーに着手した。しかし、運動神経が鈍かったこと、商売経験がゼロだったことに改めて気付くが、時すでに遅しであった。失敗を重ねながらも、お客様からのたくさんの笑顔とありがとうの言葉に支えられ、感謝の気持ちと共に、ガイド業の楽しさに目覚めたそうだ。

2009年からは、いろんな人たちとの出会いから、自然な流れで 『瀬戸内国際芸術祭』 の裏方として外と中を繋ぐ役割を担うようになり、「こまめ食堂」の運営に携わっていくことになった。

「DREAM ISLAND」のツアーメニューの特色

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「DREAM ISLAND」のツアーメニューを覗いてみると、海歩きの「シーカヤック」メニュー、島歩きメニュー、山歩き「トレッキング」メニュー、お遍路メニュー等、おもしろそうなコースが盛りだくさん。そんな基本コースの他、「コースアレンジ、時間調整可能。ガイドまかせ、お天気まかせな行き当たりばったりの旅もOK!お客様のわがままにお答えします。無理難題なんでもどうぞ!」とある。

島歩きメニューの中から、「小豆島の 『おいしい』 を訪ねる
グルメな大人の 食文化 探検ツアー」では、「讃岐と言えば 『うどん』 が代名詞ですが、同じ香川でも小豆島は素麺です。原料はどちらも同じ水と塩と小麦のみ。なんで違うの? その答えは山に行くとわかります。」と言う記載が・・・。んっ?なんで?気になる、気になるゾ。

「訪れた人たちにありのままの小豆島を見てもらい、知ってもらい、そして、島を好きになってもらえるような、小豆島を楽しむツアーを運営することにしました。島を好きになってくれる人が増えたら、そのうち島に移り住んでくれる人も現れるかもしれません。地味ですが、コツコツ継続していけば、何かが変わるかもしれないと考えました(既に十数名が移住してきたそうだ)。」

「遠くで暮らす友人が自分の街に遊びに来ることになったら、どこへ連れて行きますか?逆に友人の住む街に訪れた時には、どんなところに連れて行って欲しいですか?定番の観光地もいいですけど、その人ならではの秘密の場所やとっておきの素敵な場所、居心地のいいCAFEなど、ホッとしたり、リラックスできる場所に一緒に行った方が、うれしい気持ちを共有できるのではないかと思いました。」

「でね、小豆島に暮らしている私たちがいいなと思う、気持ちのいい場所や、楽しい場所に行ったり、島のおもしろい人と出会うツアーを造りました。何もない海の上、無人島、山のてっぺん、洞窟、お寺、田んぼの畦道、路地裏・・・。どうせなら地図やガイドブックに載ってないような場所にお連れしたいし、ついでに寄り道しながら島にしかないおいしい食べものも教えて差し上げたい。また、島の伝統を伝える職人さんや、おもしろい人を訪ねたりしながら、都会とは違う考え方や発想に触れて、『ホ〜ッ、なるほど!』というような気づきがあったら楽しいじゃないですか? それに、偶然、道端で出会ったおじいちゃんやおばあちゃんの話を聞いたり、ついでに畑で野菜を採らせてもらったり・・・、とかね。」

「旅って、どこでどうなるかわからないからおもしろいのでしょ?偶然見つけたり、予期せぬ出会いがあるからこそ感動がありますよね?知らない土地で人の親切に触れたり、新しい自分を発見したり、ワクワク、ドキドキするから旅は楽しいと思うんです。」

「でもね、美しい自然、美しい場所ほど、危なそうなところにあるんですよ。感動的に美しい場所に限って、険しい道の向こう側だったり、崖の上だったり、歩いて行けない海の向こう側だったり…。そこにお客様をどうやって安全に、楽しく、快適にご案内することができるか・・・?あわてず、『ゆっくり』に尽きるんです。」

『なんとなく』の向こう側に、新しい何か、新しい感動がある…

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「なんとなくあっち、なんとなくこっちでもいいじゃないですか?とってもあやふやだけど、その『なんとなく』の向こう側に、新しい何か、新しい感動があるのではないですか?形式にとらわれず、その日の天気や体調、気分に合わせた自由気ままな旅のお手伝いをしたいと思っています。小豆島を知ってもらい、楽しんでもらい、好きになってもらうことを活動のテーマ、人と人、人と地域、人と小豆島を『繋ぐ・結ぶ』 を私のミッションにしています。是非、島の友だちに会いに行くような感覚で遊びに来て下さい。小豆島のことならなんでも聞いて下さいね。」と、立花さん。

この人、ホンマ、小豆島のことなら何でも知っている。ネットで小豆島のことを調べると、一番知りたい情報は最後には立花さんのブログに行き当たる。小豆島で生まれ育って、観光協会に20年以上勤めていれば、島のことを知っているのは当たり前かもしれないが、ただ引出しが多いだけではなく、観光協会時代には、ずっこけてもひたすら前進あるのみの精神で、あらゆる企画に手を出し続けていたそうで、その豊富な経験の裏打ちと、巻き込んだ人脈、背景まで含めた知識の奥の深さがある。

観光協会の職員や事務局長の職務としては会員企業や施設をまんべんなく平等に扱わざるを得ず、不合理や矛盾の中で小豆島の観光・地域振興に取り組んでこられて、自分のやりたいこととのギャップを感じておられたのではないかと拝察する。

半日、立花さんに小豆島を案内して頂いたのだが、数年前に一度お会いしただけなのに、実際、旧知の友人のように接して下さった。近況、島のあれやこれやを一方的にしゃべりまくって頂き、こっちの話はほとんどできなかった。勿論、お客様の話はきちんと聞くそうだ。念のため。

小豆島にはプライベートでも仕事でも何回か訪れていて、正直、積極的に再訪したいという魅力は感じなかったのだが、観光はやっぱり「人」なのである。初めて立花さんにお会いした時に、「ん?この人、スゴイ人?」と思った直感は当たっていた。少し気になっていたことも、「ホォ〜、この手があったか」という絶妙の塩梅でクリアされていた。

「あっ、そうそう、ヤマロク醤油で買われたのをこちらに。」と言われ、お土産用に数本買った醤油の紙袋を渡すと、「瓶同士が当たって割れないかと気になっていたんですよ。」と、 醤油の瓶を1本ずつ丁寧に緩衝剤を巻いて下さった。話を伺っている間にも、お店に電話があって、棚田のおにぎりの注文が入った。「んーっ,食べたいぞ、棚田のおにぎり。」、当日は次の予定が入っていてフェリーに載る時間が迫っており、改めて訪問したくなったというか、また来るハメになってしまったゾ。すっかり、りっちゃんこと、TACHIBENA(タチベーナ)さんの術中にハマってしまったのである。

こんなステキな人たちが運営する楽しいツアー会社が全国に拡がって欲しい。

コレゾ財団・賞の趣旨をご説明して、受賞のお願いをしたところ、

「サイトも何も見てませんが、大歩危・祖谷にまた行けるのは楽しみです。」と、とりあえず、なんとなくご了承頂いた。

COREZO(コレゾ)「逆転の発想、寂しいはずの過疎の島で、日本一楽しい最先端の過疎づくり」である。

立花 律子(たちばな りつこ)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

初稿;2012.11.02.

最終取材;2012.09.

最終更新;2012.11.02.

文責;平野龍平

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