澤田 研一(さわだ けんいち)さん

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COREZO(コレゾ)「酒米作りにも取り組み、全量、昔ながらの甑、和釜、麹蓋で、地域に寄り添い、食を一層引き立てるお酒を造り続ける一徹な蔵元五代目」賞

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澤田 研一(さわだ けんいち)さん

Contents

プロフィール

愛知県常滑市

清酒白老醸造元 澤田酒造株式会社 代表取締役社長

ジャンル

食づくり

酒づくり

伝統文化継承

受賞者のご紹介

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澤田 研一(さわだ けんいち)さんは、愛知県常滑市にある「澤田酒造株式会社」の五代目、代表取締役社長。今は珍しくなった、昔ながらの木製の甑(こしき)、和釜(わがま)、麹蓋(こうじぶた)を使って全量醸造しておられる。この全量って意味がおわかりだろうか?酒母づくりにもこちらは全量ではないが、暖気樽(だきだる)を使っておられる。

2014年7月、日東醸造の蜷川社長が、澤田社長をご存知だとおっしゃるので、お連れ頂いた。

知多の酒造りの歴史

ー 知多では昔から酒造りが盛んだったのですか?

兵庫・灘に次いで日本2位の一大産地だった

「そうです。愛知は昔から酒どころで、今でも県内には造り酒屋が約40軒あり、生産高では全国第4〜5位です。中でも知多は、海運の要所であり、江戸が繁栄して巨大市場となったことと尾張藩の後押しもあり、酒造業が発展しました。江戸時代後期から明治にかけて、最盛期には200軒以上の造り酒屋があって、兵庫・灘に次いで日本2位の一大産地でしたが、現在は6軒にまで数が減ってしまいました。」

知多半島で酒造りが栄えた理由

「江戸時代の初めの頃は、知多半島の造り酒屋は地元の人たちを対象にしたごく小規模なものでした。江戸の人口が増えると、大阪から船で大量の物資が送られるようになり、当時は海運しか大量輸送手段がありませんでしたが、船も小さかったので、沿岸に沿って航路が拓かれていました。」

「知多は、天然の良港に恵まれ、上方から多くの船が寄港し、その海運業者の繁盛ぶりを目の当たりにした人々が、自分たちも江戸に荷物を運びたいと願い出たところ、財政的に厳しく、収入を得たい尾張藩の利害と一致して、元禄(1688〜1704)の頃、尾張藩が所有する船に荷積する免許が、ここ常滑や半田等に下されました。」

「江戸に酒を送れるのは11藩に限定されていましたが、徳川御三家の筆頭格で最大の藩であった『尾張』の政治力で、酒も送れるようになりました。天明4(1784)年には、江戸に運ばれた酒の内、尾張の酒はごく僅かでしたが、その後、急速にシェアを伸ばして、6年後の1790年には、30%以上を占めるようになり、その大半が知多酒でした。私どもの蔵はずっと後になりますが、初代、澤田儀平冶は、嘉永元年(1848年、ペリー来航は1853年、明治元年は1868年)、水質に恵まれたこの地に酒造業を興しました。」

石高とは?

「江戸時代、米はお金に代わる基軸通貨的な役割をしていて、石高は玄米の生産高で示される土地評価の単位であり、農民の年貢は石高を元に徴収され、藩の規模、武士や農民の階級を規定付けるものとして機能していましたから、米価の安定は幕府にとって幕藩体制の根幹にかかわることでした。」

「『石』とは、江戸時代以前の日本の容積の単位で、1石は180L、米1石は150kgで、人1人が1年間に食べる量に相当していました。」

「酒株」とは?

「幕府は、『酒株』という一種の酒造業免許を発行して、これを持っていない者には酒造りを禁じ、酒造人には、酒造株高に応じて酒造人が酒造で消費できる米の上限が決められましたが、厳密に管理できないため、酒造現場で実際に使う米の量はそれを上回っていました。酒造株高に応じて課税されていたため、幕府は数度に亘る酒株改めを実施し、課税を強化しました。」

「特に元禄11(1698)年には、実態を全国的に厳しく調査し、この翌年以降、実態調査に基づいた数値を基準に、凶作年には、その2割とか3割に酒造が制限されるようになり、さらに新税によって課税が強化されました。」

酒造りは幕府の都合で税収増と米価安定に利用されていた
「ところが、豊作年が続くと、米価下落を防ぐため、届け出さえすれば酒を造れる『勝手造り令』を公布して、今度は一転して、酒造りが奨励されれたのです。酒造りはこのように幕府の都合で税収増と米価安定に利用された面もあり、規制と緩和が繰り返され、やがて、酒株持ち酒屋と無株者酒屋の軋轢を生み、密造酒も横行して、酒株制度は、江戸時代末期にかけて混迷の度合いを深めました。」
明治時代になると、新規参入が激増

「明治時代になると、それまでの既得権や規制がなくなって、特権を保証された酒株も廃止され、新免許制度の下、お金さえ払えば、誰でも酒を作ることができるようになり、新規参入が激増しました。ところが、当時の税収は主に地租で、次の酒税が2〜3割を占めていましたが、各地で一揆が起こったため、地租は下げざるを得ず、それを補うために、酒税は毎年のように上がったので、消費量は減少し、一気に不況が訪れ、破産するところも次々と現れました。」

『豊醸組』を結成し、『速醸酛(もと)』を開発

「明治19(1886)年、知多の酒造業者は、そうした危機感から組合、『豊醸組』を結成しました。実は、日本は世界で最も高度な酒造り技術に到達していたとはいえ、酵母類もアルコールという成分もよくわからずに酒を造っていたため、よく腐りました。腐造が2年続けば倒産すると云うほど、経験と勘に頼る酒造りはリスクの高い商売でした。」

「酒造りのメインとなる醗酵を力強くするために、『酒母』あるいは『酛(もと)』を造り、酵母を大量に培養するのですが、西洋の学問が入ってきて、その際に酵母の大敵である雑菌の繁殖を防ぐのが乳酸であることがわかってきました。そこで、東京から技師の江田鎌治郎先生を招いて、優良な酵母を純粋かつ大量に増殖する研究を開始しました。当時、弊社の蔵に設けられていた『豊醸組』醸造試験場の他に、全国2カ所で行われましたが、1905年、当蔵で画期的な『速醸酛(もと)』が開発されました。」

「速醸酛(もと)」と「生酛(きもと)」

「『酛』は、乳酸の由来によって『速醸系酛』と『生酛系酛』に分かれますが、『速醸酛(もと)』というのは、読んで字の如し『速く醸せる酛(もと)』という造り方で、酒母を造るときに、麹・蒸し米・水のほかに、市販あるいは別に造っておいた純度の高い醸造乳酸を加えます。2週間ほどで安定した品質の酛(もと)を造ることができるため、現在、広く使われています。」

「これに対して、生酛(きもと)というのは、半切り桶と呼ばれる容器に麹、蒸し米、水を仕込み、その蔵や自然のなかに生息している天然の乳酸菌を取り込んで、それが増殖して乳酸を生成するのを待つ造り方で、櫂棒を入れて摺る「酛摺り」という作業を行い、麹の酵素の作用で蒸し米のデンプン質が糖化するのを助けます。」

『山廃』とは?

「山廃酛(やまはいもと)というのも、生酛系酛の一種で、麹の酵素が米を溶かすことがわかり、とても重労働であった『酛摺り』、すなわち『山卸(やまおろし)』の作業を省略したもので、『山卸』を『廃止』したので『山廃』と呼ばれていて、生酛系酛の多くを占めるようになっています。」

『速醸酛』と『生酛系酛』の味の違い

ー 出来上がったお酒の味の違いはあるのですか?

「私どもでは、開発に関わったこともあり、全量、『速醸酛』で造っていますが、濃醇タイプのお酒を多く造っています。ですから、一概には言えないと思いますが、一般的には、『速醸系酛』は、すっきりとした淡麗型で、『生酛系酛』は、濃厚型と云われています。」

「白老」酒造工程

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ー お米を蒸すのに木製の甑(こしき)を使っておられる理由をお聞かせ下さい?

「今は季節柄、酒造蔵では仕込みをしておらず、開店休業中ですが、酒造工程をご覧いただきながら、ご説明しましょう。」と、ご案内下さった。

黒塀の酒蔵とはこうあるべきという年季の入ったステキな建物で、この地を襲った多くの台風にも大きな被害を受けなかったそうだ。

仕込み水

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「まず、水です。お酒の80%以上は水であることと、醗酵に大きな影響を及ぼすことから、大変重要な要素ですが、知多半島は雨の少ない地方で、海運に便利なように、港に近いところに建てられた酒蔵が多かったので、塩分を含む井戸水は使えず、遠くから運んで来たり、水には大変苦労をしている地域なのです。」

「私どもでは、江戸時代から木曽ヒノキをくり抜いた木管を地下に設置し、周りを1m程粘土で固めた水道を私設して、約2km離れた丘陵部から湧き出る水を引いてきています。今では、水道の上を道路が通ったりして接合部が外れる心配もあることから、管だけはブラスチック製に替えています。もちろん、水源地は大切にしていて、草刈りや清掃を定期的に行っています。」

柿渋

「柿渋はご存知ですか?柿渋は、夏の朝、もぎたての渋柿を搾って、発酵させた後、地中に埋めた渋がめに貯蔵、熟成してからしか使えない、手間のかかるものですが、酒造りとは切っても切れない関係にあります。清潔を旨とする酒蔵では、清酒を絞る際のオリ下げ剤や酒袋の目止めに使ったり、桶や木製道具に塗って防腐・防カビの役目もします。」

「日光に当てて乾燥させる間の2〜3日は、特異な臭いが立ち込めますが、人々の生活の中に溶け込んでいました。今では扱いも簡単な最新の化学薬品が普及しましたが、本来、無臭のカビの方が、薬品に抵抗するうちに代謝系が変わって、変な臭いを出すこともあります。なんとか昔の知恵を残していきたいですが、渋柿だけでなく、清酒も酒造道具もどんどん消えつつあるのが現状です。」

酒造米

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「お酒は米で決まると言っても過言ではありません。元々、造り酒屋は地元で穫れた米を原料にお酒を造っていましたが、酒造技術の向上に伴って、酒専用の酒造米に特化されていきました。今では、高品質のお酒は全て酒造好適米で造られています。」

「ご飯のお米は7〜8%を糠にして白米にするのに対して、酒造では、雑味の原因になる米粒の外側の脂肪分やタンパク質を取り除いて、純粋なデンプンにするためなのですが、20〜30%、さらには高級なお酒になると50〜60%を糠にして、精米することもあります。そのような精米に耐えられるように、大粒で割れ難く、元来、脂肪分やタンパク質が少ない品種が良い酒造米とされています。」

「各地で品種改良されて、造り酒屋から好んで使われる有名な酒造好適米も数多くありますが、一方で、地元の米での酒造りも見直され始めています。私どもでも、自社の田んぼで、県産酒造好適米である『若水』の栽培をしています。種籾の消毒だけはしますが、田植え後の一切の農薬を控え、肥料も控えめにして米作りをしています。」

「しかし、年度によっては、収量が著しく減小したりと農業の難しさを経験しているところです。また、『地元が誇る知多半島で栽培した良い酒米で美味しいお酒を造りたい』という想いを同じくする熱心な農家の方々にも酒米をつくってもらっています。」

酒米の基礎知識

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ここで、酒米について少しおベンキョー、

「酒造好適米」と一般的な食用米(うるち米)の違い

酒造りに使う酒米は正式には「酒造好適米」と呼ばれ、同じ米でも一般的な食用米(うるち米)に比べ稲の背丈は高く、稲穂の長さも長く、米の粒と心白部分も大きい。代表的な品種は「山田錦」である。ところが、酒造好適米に分類されない一般のうるち米も酒造好適米より安価なので、普通酒などに多く使用されるという。日本晴、トヨニシキなどの品種は酒の原料米によく使われ、酒造適正米と呼ばれることもあるとのこと。

酒づくりにつかうお米

麹米(麹づくりに使う・酒造り全体の20〜30%)、酒母米(酒母づくりに使う・同7〜10%)、掛け米(もろみづくりに使う・同70〜73%)のうち、麹米と酒母米には全量酒米が使われることが多く、掛け米には酒米以外の米が使われることが多いそうである。

プレミアムの付く有名なお酒でも掛け米にはうるち米を使っている⁉︎

澤田社長が、「高品質のお酒は全て酒造好適米で造られています。」とおっしゃったことがおわかりになっただろうか?ちなみに、プレミアム価格の付く有名なお酒でも掛け米にはうるち米を使っていると聞いたことがあるが、優れた杜氏の技量によって、安価な米からでも優れたお酒が造られている例も多くあるそうだ。

精米/洗米

「収穫されたお米は、乾燥後、米専用の堅型精米機で精米します。現在、専門の精米業者さんにお願いしていますが、米の温度が上昇すると後の工程で割れ易くなるため、精米歩合が高いほど時間がかかります。10数時間〜数10時間、場合によっては100時間ぐらいかけて、米粒の原型が失われないよう、丁寧に精米します。」

「それでも精米したては30数度にまで温度が上昇し、水分が蒸散するため、すぐには使えず、2週間以上、常温の倉庫に入れて、水分量を回復させます。高精米の米は水を吸い過ぎやすく、ストップウォッチ片手に時間との勝負で洗米します。最近は、優秀な洗米機が開発されたので、これを導入し、ザルに入れ、水分が一定になるよう優しく撹拌して、一晩置きます。」

蒸し

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「翌朝、5時から甑に米を張る作業を開始します。6時頃、バーナーを点火すると、7時頃には大釜からの蒸気が甑に立ち上ってきます。8時頃には蒸し上がり、お米を掘り上げる作業になります。『酒造りは蒸しから』という言葉があって、年度、産地、品種によって、硬軟、含水率が異なる米を最適に蒸すことは、モロミ経過や粕歩合など、その後の工程に大きく影響を与えることから、大変重要です。」

甑(こしき)をつかう理由

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「特に突破精(つきはぜ)という、破精込みの深い良い麹を造るために、麹の菌糸が内側にしっかり入り込むように『外硬内軟』に蒸しあげることが要求されます。そのためには、やはり木製の甑が一番優れているのですが、熱い桶の中で米を掘るというのは大変な作業で、蒸し終わる度に、移動、洗浄、乾燥という手間も伴いますので、今では、蒸し時間、温度、蒸気量を自動的に調整して、洗浄も容易な『連続蒸米機』に変わってしまいました。新しい木甑を作るということは、ここ何十年間、ほとんど数えるほどしかなく、甑を作る技術を持った職人さんも全国でもごく僅かと云われています。」

甑(こしき)とは?

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「甑はご覧のように桶の底に穴を開けて、釜から上がった蒸気を桶全体に均一に回らせる木製の『こま』と呼ばれる道具を取り付けたものです。私どもでは、1997年、一度に2t蒸せる大甑を新調し、もう少し小さなものが必要になって、今のところ、最後に甑を新調したのが2002年のことです。」

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「弊社の木製の酒作り道具を一手に引き受けて頂いていた職人さんはその当時95才で、体力仕事は難しいご年齢でしたが、喜んで引き受けて下さいました。車で40分の道のりを自転車で颯爽と現われ、陣頭指揮を取り、こちらがその技術を引き継いでもらいたいと願う大工さんたちを指導して下さいました。」

「甑製作に設計図などはなく、こちらの希望する容量に合わせて、底板の直径と横板の高さが決まります。木製(杉か椹)の甑は高温で米を蒸しても、断熱性が高くて、余分な水分を吸うため、外硬内軟の理想の蒸し米ができるのです。」

清酒白老のWebサイトに甑づくりの過程が紹介されている。

麹づくり

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「酒造りは、昔から、『一、麹、二、酛(もと)三、醪(もろみ)、または、造り』と云われ、麹づくりとは、蒸し米に麹菌(種麹)を振りかけて育てることを指しますが、麹の良し悪しで酒の品質が決まるため、どこの蔵でも杜氏が最も心血を注ぎます。出来上がった麹は米のデンプン質をブドウ糖に変える糖化の働きをします。」

「麹菌が順調に繁殖し始めると、どんどん発熱して、室温が上がり、そのままにしておくと繁殖しすぎるので、換気をしたり、麹を攪拌したり、盛った麹蓋を入れ替えて、温度調整をします。現在では、コンピューター制御の完全自動製麹機も普及していますが、高価なため、小規模な地場の造り酒屋では、『大箱麹(15〜45kgの麹を盛れる)』という方法が用いられることが多いようです。」

※盛り=熱を帯びてきた米麹を小分けにすること

『麹蓋』を使う理由

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「私どもでは、昔から用いられてきた『麹蓋(浅い小箱、1.5〜2kg盛れる・米約1升分)』を使っています。麹づくりは、この麹室(こうじむろ)という室温を30℃近く、湿度を60%前後に保った高温多湿な専用の部屋の中で48時間~56時間かけて行いますが、『部屋』という特性上、中央と隅、手前と奥、天井に近いのと床に近いのでは、その温度や湿度が若干異なります。」

「そこで、この麹蓋にお米を小分けにして盛り、細かく場所を移動させれば、温度と湿度の面で全てのお米の条件を同じにすることができます。約3時間おきに移動や積み替えを繰り返すことで、すべての米粒のなかに均一に麹菌を繁殖させて行く作業を夜通しで行います。」

「この『麹蓋』使用後は、完全な清潔さが要求されるので、ササラできれいに洗浄した後に、熱湯で煮沸消毒して、さらに、乾燥させる大変な手間がかかるため、これを使う酒蔵も少なくなっています。しかし、麹蓋で少量ずつ作った麹は、均質で麹菌が蒸し米の中に菌糸を伸ばす、深い破精込み(はぜこみ)を可能にして、米の旨みをお酒の中に溶け込ませることができます。」

麹蓋や麹箱を使う「箱麹法」と「床麹法」の違い

調べたところ、麹蓋は吟醸酒などの高級酒を仕込む時に使われ、麹蓋を大きくしたような麹箱(大箱麹)は中級酒向けで、床麹法は、箱麹法よりさらに簡略化され、麹室に設けられた大きな台の上に蒸し米を広げ、そこに麹菌を振りかけて、その台に乗せたまま、熱を冷ます方法で、普通酒を中心に用いられるそうだ。

酒母(しゅぼ)づくり=酛(もと)立て

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「酒母(=酛)づくりとは、お酒を造る酵母菌を培養する工程のことで、酵母にはブドウ糖をアルコールに変える醗酵作用があり、酒造りには、米を発酵させるのに見合った大量の優良な酵母を繁殖させる必要があります。この酵母を大量に培養したものを酒母と呼びます。先程、お話しした速醸酛は、仕込み水に麹を加えて、水麹をつくり、醸造用乳酸と蒸し米を入れ、十分に混ぜ合わせた上で、使用する酵母を少量入れ、温度管理をして培養し、酒母をつくります。」

「酒母室または酛場と呼ばれる解放された場所で行われますが、この酵母の増殖方法は、すでに江戸時代に完成された精緻な技術で、温度を低温から徐々に上げるだけで、最終的にはすべての雑菌が死滅して、純粋な酵母だけが増殖します。」

『暖気樽(だきだる)』とは?

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「私どもでは、残念ながら全量ではありませんが、この温度管理に『暖気樽(だきだる)』という木製のたるに熱湯を入れて用いています。昔から『暖気樽を使って造った酒は秋あがりする』といわれていますが、これは優良な酵母がたくさん増えることによって、しっかりした味が溶け込んだ酒ができるということではないかと思います。」

魔法の階段

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「さあ、この年季の入った階段から、1階のモロミタンクの方に下りて頂きますが、気を付けて下さい、足のかかる角が、長年の摩耗で削れて丸くなっていて、初めての方には、ちょっと怖いかもしれません。私も酒造りで上り下りしてきましたが、この微妙な減り具合が、足の裏になじみ、桶を担いで素早く滑るように上り下りできるのです。」

三段仕込みの醪(もろみ)づくり

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「醪(もろみ)とは酒造りの最終段階で、酒母に蒸し米と麹と水を三回に分けて加えていく工程で、これを三段仕込みといいます。まず、最初にタンクの中にそれらを入れて、活発で強い酵母を増殖させ (初添え) 、次の日はそれらの糖化促進と酵母増殖を十分にさせます (踊り)。」

「三日目 (仲添え) 、四日目 (留添え) に再び米、麹、水を追加し、麹のアミラーゼによる糖化と、それによってできたブドウ糖を食べて酵母がアルコールをつくる発酵が同時に行われ、これを並行複発酵というのですが、その後、20~40日で酒になっていきます。もろみの過程で、コクや芳醇さが形成してきますが、原料米とその精白歩合、麹と酵母、そして、その割合ですでに設計図は完成しており、最後の詰めの工程ともいえます。」

「今では、このもろみタンクは大型化して、3tから20tくらいの仕込みが一般化していて、なかには屋外に数百トンの仕込みタンクを設置するところもあります。私どもでは、それぞれの酒質設計に合わせて最適の管理を行うため、1.5t仕込みを行っています。」

「また、この工程中での最高温度、日数が酒質に大きな影響を及ぼすため、長期低温もろみを守り、キメこまやかで味わい深い酒造りを目指しています。お酒造りは、毎年10月から翌年4月までは息のつく暇もないほど休みなしの作業ですが、手間暇をかけていい酒が出来上がった時の喜びは一入です。」

日本酒ベースの梅酒『白老梅』

「最後に、こちらは、『白老梅』の仕込みタンクです。常滑市のお隣の知多市の佐布里(そうり)はかつて梅の名産地でしたが、一時、衰退していた佐布里梅が復活したので、その梅を原料に使い、アルカリ性が高いワラ灰水に一晩漬けてアク抜きをし、国産氷砂糖と日本酒の古酒に漬け込みました。」

「この梅酒は、元禄10(1697)年出版の『本朝食鑑』という食の大著にある処方を参考にして、江戸時代の味を再現したのですが、まろやかで梅のうまみとさわやかさがしっかり生きた梅酒が出来上がりました。」

「初年度は、従業員総動員で雑味の原因となる梅の花梗をひとつひとつ手作業で取ったのですが、腱鞘炎になる者も出て、冬の酒仕込みに支障が出ると不評だったので、次の年からは、ボランティアを募集したところ、今では、多くの皆さんが手伝って下さっています。」

知多の酒造業の現況

ー 知多の酒造業を取り巻く現況は?

「杜氏を筆頭に酒造りに携わる人々を蔵人(くらびと)と呼んでいます。知多は、酒どころだったので、かつては『知多杜氏』がいて、県外でも活躍をしていましたが、今では、地方の冬の生活・労働環境も変わり、季節労働の杜氏制度は、南部、越後、能登、丹波、安芸津などに僅かに残るのみになりました。」

「私どもでも広島の杜氏に来てもらっていた時期もありましたが、酒造りをしたいと訪ねてくる若者もいて、今では、自社で育成、雇用しています。知多の7蔵の酒造り責任者の平均年齢も随分と若返って、担い手は女性と若者になりつつあり、それぞれが互いに情報交換をして、切磋琢磨し合っています。彼らの直向きな姿を見るにつけ、若者を中心に日本酒の消費が減り続けている中で、業界が新たな時代に入っていることを感じ、とても嬉しく思っています。」

「白老」の謂われ

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ー 澤田さんの目指しておられるおいしい酒とは?

「私どもの『白老』の『白』は、米を白く磨いて、よいお酒を造り、『老』はお客様の長寿を願うことを表していて、量より質を第一に考えております。」

「私自身は、たくさん飲める方ではないので、たくさん飲めるお酒よりも、食に合う質の高いお酒、食がさらに美味しく、楽しくなるお酒が好みですし、おいしい食事と一緒によいお酒をほどほどに楽しめば、健康にも良いはずです。さらに言えば、ここ知多半島は伊勢湾から新鮮な魚介類が上がり、農作物が豊富で、料理を盛る常滑焼きがあり、さらに、豆味噌、たまり、しょうゆ、酢、みりん等、発酵食品・調味料が揃います。お酒はそんな地元の食と楽しんでこそなんですね。」

ここでしか造れない地域に寄り添うお酒

「ですから、造るお酒に応じて、各地の銘柄酒造米を吟味し、きめ細かく使い分けるだけでなく、近年は、自社でお米を育てたり、地元の熱心な農家の皆さんにもお願いして、地元ならではのよい酒造米作りにも積極的に取り組んでいます。昔からよいと云われてきた製法はできるだけ残し、原料にもこだわって、おいしい地元の食材や食にふさわしいお酒、ここでしか造れない地域に寄り添う酒を造っていきたいですね。」

COREZO(コレゾ)財団・賞の趣旨をご説明し、受賞のお願いをしたところ、快諾して下さった。

「特別純米酒白老」(原料米:知多産「若水」、アルコール分15度、日本酒度+2、精米歩合60%、タイプ:濃醇、旨み、食を引き立てるお酒)を、唐津産のその日揚がった天然鯛、キス、イカのお刺身と一緒に頂いたのだが、これがうまい食材にうまい酒の相乗効果で実にうまかった。まさに、食を一層引き立てるお酒である。食前酒に飲んだ「白老梅」も甘いのが大の苦手なワタクシでも飲める控え目な甘さで、スッキリと梅の味がよく出ていた。

食べては飲み、飲んでは食べ進める度に、白老の酒蔵と真摯に語られる澤田社長の柔和な笑顔が浮かんでは消えた。

愛知、知多のお酒には馴染みがない方も多いかもしれないが、いい魚が手に入ったら是非試して頂きたい。めっちゃめんどくさいことをごくフツーにやってはるとてもいいお酒だ。

COREZO(コレゾ)「全量、昔ながらの甑、和釜、麹蓋で、地域に寄り添い、食を一層引き立てるお酒を造り続ける、一徹な蔵元五代目」である。

後日談1.第3回2014年度COREZO(コレゾ)賞表彰式

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「ホンモノを守り、伝え、育てる職人」トーク・セッションにもご登壇頂いた

澤田 研一(さわだ けんいち)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、一切、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

初稿;2014.11.17.

最終取材;2014.12.

最終更新;2014.11.17.

文責;平野 龍平

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