坂元 英俊(さかもと ひでとし)さん

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COREZO(コレゾ)「人生開拓と、広域観光圏事業にいつもニコニコ奔走する、スローな旅の提唱者」賞

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坂元 英俊(さかもと ひでとし)さん

プロフィール

熊本県南阿蘇村出身、熊本市在住

元、財団法人 阿蘇地域振興デザインセンター 事務局長

ジャンル

観光地域振興

広域観光圏事業

経歴・実績

1954年 熊本県南阿蘇村生まれ

1998年 福岡県八女郡星野村・財団法人星のふるさとの専務理事

2001年 財団法人 阿蘇地域振興デザインセンター 事務局長

2011年 観光庁長官表彰 受賞

観光庁阿蘇くじゅう観光圏事務局長、阿蘇ジオパーク推進協議会事務局長、観光庁:東北観光博事務局アドバイザー、内閣府:地域活性化伝道師、環境省:阿蘇草原再生協議会幹事、国土交通省:地域振興アドバイザー、経済産業省:「観光資源」を活用した新事業展開の可能性に関する検討委員会委員、経済産業省:地域中小企業サポーター、熊本県ツーリズムコンソーシアム運営委員、熊本県地域づくりコーディネーター、熊本県新幹線元年委員会委員、前熊本県観光審議会委員等を歴任。

受賞者のご紹介

いつもニコニコの坂本さん

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坂元 英俊(さかもと ひでとし)さんは、いつでも、どこでも、「ニコニコニコ」、怒った顔が見たいと、あの手この手で怒る仕掛けをしても、「ニコニコニコ、そんなことをしても怒らんと、ニコニコニコ。」、「うまくいかん時もニコニコしてたら、そのうちにうまくいくとですよ、ニコニコニコ。」と言う、「ニコニコキョー」のキョーソさまなのである。

ご縁があって、2005年、ある観光地域振興事業の対象地域選定時に初めて出会った。当時、既に財団法人阿蘇地域振興デザインセンター(以下、阿蘇DC)の事務局長をされていて、約半年間、その事業にご協力頂いた。

農林水産省の外郭団体である財団法人日本農業土木総合研究所研究員として、全国の農村総合整備計画などの策定に携わった後、民間のコンサルタントで九州各県の地域振興計画や特産品等のブランド開発を行っておられたそうだ。

財団法人「星のふるさと」専務理事に就任

その後、福岡県八女郡星野村・財団法人「星のふるさと」の活性化案の依頼を受けて、プランを提案したところ、プランを作った人に実行してもらうのが手っ取り早いと要請を受けて、専務理事に就任した。その財団は、財団の施設だけでなく、行政や商工会の施設も一元的に管理・運営し、その情報発信が主な役目だった。

役場や議会からいつも聞かれるのは、「施設に何人来て、いくら売れて、いくら利益・損益が出たか」ばかりだった。その度に、「来てもらった人々に施設を利用するだけでなく、地域に入って行ってもらって、如何にお金を落としてもらえるようにするかの方が大事」と説いて廻った。

そして、言うよりやってみせる方が早いと、地域の受け皿を作るために、行政地域を4つのブロックに分け、協力者を募って「地域づくり委員会」を立ち上げた。

村にある山や川、滝等、お父さんやおじいちゃんが子供の頃に遊んだ場所を地元の子供たちに教える取組み等を始めた。星野村は山の中、自然が豊富で、そんな場所で遊ぶのは今の子供も楽しいはずなのに、もうその頃には、「よい子は川や滝では遊ばない・遊ばせない」という様な教育、しつけがされていた。何かあった時に誰も責任を負いたくないからである。

そこで始まったのが、子供たちをそんな場所に連れて行くための整備である。山道に階段をつけたり、危険な場所には柵を取り付けたり、ロープを張ったりと整備が進むと、今度は子供たちがそのお礼にと、「河童淵」、「◯◯池」、「◯◯滝」等の遊び場所の看板を作っていった。これが一般の人や観光で訪れた人も行ける環境整備につながったのである。

ハコモノだけでは地域と外部の人々の交流は生まれない。地域の資源を見直して、外部の人々がその地域に行きたくなる魅力を創り出して発信しなければならない。そのような取組みが注目されるようになって、マスコミの取材も入るようになり、お金を掛けずに広報し、情報も発信できるようになった。

役場や議会は財団に対して外部の人々を呼び込むことばかりを求めるが、訪問客の受け皿作りが先で、結局、財団では行政と地域の協力体制や連携にも尽力した。ようやく地域と外部の人々をつなぐ仕組みがある程度出来上がった頃には、村の限界を感じ始めていた。それは、今では国や自治体も観光地域振興に積極的で、観光圏とか広域連携が当たり前になっているが、その当時は、例え隣接している地域であっても行政区分が違うと地域連携が容易に出来なかったのである。

財団法人阿蘇地域振興デザインセンターの事務局長に就任

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星野村でやれる仕事が一区切りついたところで、熊本県と阿蘇郡市8市町村で設立された財団法人阿蘇地域振興デザインセンターの事務局長の全国公募があり、市町村の広域連携を前提とした観光地域振興に携われるのではないかと考え、応募したところ、約25名の中から坂元さんの採用が決まり、事務局長に就任した。

就任時には、「全国草原サミット」や「JR九州全役員会議」が阿蘇で開催されることが決まっており、そのホスト役として人脈を拡げ、「『阿蘇にマイカーなしで、ゆっくり訪れ、のんびり過ごす・滞在する』そんな『スローな旅』が阿蘇にはぴったりで、それが魅力となる。地域でゆっくりと時間を過ごしてももらうには車を使わないで済むように公共交通機関の整備をして、農村や商店街、自然散策等の拠点を結べば、平日に九州以外からのお客様を呼ぶきっかけともなる。」と繰り返し訴えかけた。早速、賛同したJR九州が、阿蘇と由布院を結ぶバスの運行を開始して下さった。

阿蘇地域の活性化のポイントは農村資源の活用。そこに住む人や商店街、草原や森、渓谷等の自然等、阿蘇の素顔を見せることだと確信し、「素顔の阿蘇の発見」をキーワードに、自然・歴史・文化を体感する「エコツーリズム」、農村で時間を過ごす「グリーンツーリズム」、温泉街・商店街を楽しむ「タウンツーリズム」以上を総合した「阿蘇カルデラツーリズム」と広域的な公共交通網を組み合わせた「スローな阿蘇づくり」を推進し、熊本県、市町村行政、観光協会、温泉旅館組合、商工会などの各種団体、民間の人々との協働で滞在交流型観光のしくみづくりを始めた。

「ニコニコニコ、採用試験の論文に書いたことを実行したとですよ、ニコニコニコ。」と、坂元さん。

それらと並行して、広い阿蘇全体の観光地域振興には、成功事例作って、他の地域の担い手の人々もヤル気にするような波及効果を狙わなければならない。モデルに相応しい地域や施設、担い手の調査、検討も丁寧に行ない、そこで目をつけたのが阿蘇神社の門前町商店街であった。空き店舗が目立ち、ゴールデンウィークの最中にも通りでキャッチボールが出来る程に人通りがない寂れ方で、この商店街の若い跡継ぎたちは「なんとかせにゃイカン。」と、坂元さんの話に熱心に耳を傾けていた。

マイカー時代に地域内循環バスの実証実験

2002年、「このマイカー時代に何をいまさら」と言う反応も多かったが、ホテルのバスを利用して、地域内循環バスの実証実験を行なうことにした。

「商店街や農村に循環バスを走らせる実験をしたい。お客さんが来た時に商店街はどんな対応が出来る?」と、坂元さんは問いかけたが、具体的な答えはまだ返って来なかった。

商店街に30分滞在してもらうにはどうしたらいいか?

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「では、商店街に30分滞在してもらうにはどうしたらいいか?通りの景観、休憩所や公衆便所等、滞在できる仕掛けはもちろん重要だけど、店に利益の上がる商品を売ろうとするとが、それは本当にお客様が求めている商品なの?お客様がわざわざこの商店街まで来て、時間を使ってまで買いたいと思う商品を考えてつくらんといかん。」

「一番は目玉になる食べ物。名物が三つ揃えば、お客さんの滞在時間は長くなるし、マスコミも注目してくれる。滞在時間が1時間になれば、阿蘇神社に来た大型バスのお客さんの昼食も見込めるようになる。この商店街が本当に好きなの?地元のもんが地元を好きになって努力ばせんと、お客さんに笑顔も見せられんし、喜んでもらえんとよ。」と、坂元さん。

それを聞いた商店街の若者たちは奮起した。幸い、商店街には「馬ロッケ(バロッケ・甘辛く煮た馬肉のコロッケ)」、「田舎いなり(ジャンボいなり)」、「たのシュー(小振りのシュークリーム)」という名物になりそうな食べ物があった。試食を繰り返して、商品に磨きをかけると同時に、商店街通りで食べ歩きをしてもらえるようパケージに工夫を凝らした。

坂元さんもこれならイケると判断して、星野村時代に付き合いのできたマスコミ担当者に売り込みをかけ、TV取材が放映されると、お客様が信じられない程やって来た。普段の3倍以上も売り上げた。「1週間もすれば、ほとぼりが冷めるだろう」と思っていたが、次々に雑誌にも取り上げられるようになり、お客様が途切れる事なく来て下さるようになった。商店街の若者たちは喜んだ。手応えを感じて、店もキレイにしようと改装の検討もするようになり、よい方向に廻り始めた。

「売れると思っていたとです。どれもうまかでした。店の成長は店主の成長に他ならんと。商店街の活性化は店主自身の活性化から始まるとです。農村の活性化もそこに住む人がどれだけそこを好きかということが大切。好きな人なら、好きな風景とか場所とかをたくさん言えるはず。それを聞いた人は行ってみたくなる。住むことが誇りになるような地域づくりが基本です。住んでいる人に魅力のないところへは誰も来ません。」

商店街の親父世代も協力

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循環バスの実証実験には商店街の親父世代も協力した。若者世代が商店街で販売する「たかんぽ」と呼ぶ竹の水筒を作ったり、地域の写真展ために昔の阿蘇を撮った写真をたくさん提供した。

この循環バスに興味を持って下さった九州運輸局に説明に伺うと、「こういう事業には補助金が出せますよ。」と、2年間、国の補助事業で支援をして下さり、今では、数ルートの循環バスが地域に定着している。ガイドブックも充実させ、インターネットを活用して、動画で地域を紹介する「阿蘇テレビ」も配信を開始した。

坂元さんに出会ったのはそのような時期だった。訪れる度に、次々におもしろい取組み、魅力のある担い手の皆さんを紹介して下さった。その頃、「観光立国」政策を政府が打ち出し、国の予算が観光振興のソフトにもつくようになって、コンサルを雇い、お題目だけで中身は何もない地域は増えたが、公共交通機関の整備等は誰も思いつかなかったし、その当時、観光地域振興に積極的に取り組んでいる地域でもどこも取り組んでいなかった。

「坂元さんのようなリーダーがいて、現場でサカモトイズムを実践する若者が育てば、こりゃー、阿蘇は大化けするな。」と思ったが、その通りになった。

廃校になった洋裁学校跡地が…⁉︎

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坂元さんたちのおかげで、すっかり阿蘇のファンになってしまって、事業終了後も年に1〜2度お伺いするのだが、訪れる度に門前町商店街の人通りが増えている。事業に協力して頂いていた頃に、その商店街の奥のさらに外れにある廃校になった洋裁学校跡地に連れて行かれた。

「ニコニコニコ、ここももうすぐしたら、人がたくさんやってくる場所になるとですよ。ニコニコニコ。」と、坂元さん。

昭和12年に建てられたという平屋の木造校舎は何年も放置されているようでボロボロで廃屋同然だった。1300坪あるという敷地も粗大ゴミが捨てられて、雑草がぼうぼうに生い茂って、ただの荒れ地状態だった。

「このおっさん、何をゆーとんねん?黙って聞いてりゃ、言いたい放題かい?なんぼ何でも、ここに人は来んやろ?ちょっとうまいこと行ったゆーて、調子に乗っとったらアカンで、もし集まらんかったら、ただのオオカミおっさんやん?」とは、口に出しては言わなかった。

数年後、頼んでもいないのに再度、洋裁学校跡地に連れて行かれて、腰が抜けそうになった。オンボロ校舎はアンティークインテリア雑貨の店になり、カフェレストラン、ギャラリー、骨董品店等が敷地内に出来て、見事に再生利用され、かなりの人で賑わっていた。

坂元さまにシンミョーに手を合わせ、以来、「ニコニコキョー」のキョーソさまとして崇め奉っているのは言うまでもない。

観光庁長官表彰を受賞

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実は、坂元さんが構想していた公共交通機関の整備は、2011年3月の九州新幹線鹿児島ルート開業を見据えた取組みだったのである。開業から1年間、地域を34のパビリオンに見たて、新幹線と公共交通機関を利用して移動し、日常的な滞在交流を進める屋根のない博覧会「阿蘇ゆるっと博」を開催した。同年、地域づくりと観光と公共交通を統合化した滞在交流型の観光戦略と九州の観光振興に寄与した功績で、観光庁長官表彰を受賞された。

2012年春、阿蘇に坂元さんを訪ね、コレゾ財団・賞の趣旨をご説明し、受賞のお願いをしたところ、

「ニコニコニコ、コレゾ賞とはよか名前ですね。私、今年の9月で阿蘇DCを辞めるとですが、よかとですか?ニコニコニコ。」と、坂元さん。

「えっ?そんなの聞いてないよーですが、今、ご説明したように、坂元さんの考え方やこれまでの行動、実績に対して差し上げる賞なので、観光庁長官賞に先を越されたのはちょっと◯◯ですが、全く趣旨が違うので、よかとですよ。」と、ムッツリお応えした。

阿蘇DCの局長としてやれることは全てやって、「阿蘇ゆるっと博」で一応の仕事の区切りもつけられたのではと拝察する。地域づくりは観光関係者だけで動く仕組みでは限界があり、農林水産関係者や、商工関係者他との産業横断的な連携が課題だという。今後は阿蘇DCでの経験、実績を活かしてさらに九州全域の観光圏整備事業に携わりたいという希望を持っておられる。さらなるご活躍を期待したい。

COREZO(コレゾ)「人生開拓と、広域観光圏事業にいつもニコニコ奔走する、スローな旅の提唱者」である。

坂元 英俊(さかもと ひでとし)さんに関するお問い合わせは、

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

COREZO(コレゾ)賞 事務局

初稿;2012.11.02.

最終取材;2012.09.

編集更新2015.03.01.

文責;平野龍平

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