金岡 秀典(かなおか ひでのり)さん

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COREZO(コレゾ)「音楽を通じて、人と人の縁、地域と地域の縁、震災支援と笑顔の輪を拡げる音楽家」賞

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金岡 秀典(かなおか ひでのり)さん

プロフィール

和歌山県出身、神奈川県在住

音楽家

指揮者

コントラバス奏者

ジャンル

音楽家

指揮者

コントラバス奏者

震災復興支援

経歴・実績

1962年 和歌山県生まれ

洗足学園音楽大学付属高校卒

1986年 洗足学園音楽大学コントラバス科 卒

桐朋学園大学 指揮科 卒

洗足学園音楽大学 コントラバス科 非常勤講師

1990〜

2004年 東京ニューシティ管弦楽団 コントラバス奏者

1993〜

2003年 洗足学園音楽大学 指揮研究科

2000〜

2010年 東京吹奏楽団 コントラバス奏者

2003年 川崎市民オペラ 常任指揮者

2010年 みなみ吹奏楽団 客演指揮者

「熊川哲也」氏率いるKバレエカンパニーの全国公演オーケストラ「グランドシンフォニー東京」の立ち上げ、東急不動産系列、INAXなどの室内楽公演のプロデュース、「T-Square」のピアニスト「和泉宏隆」氏とのストリングスSOLO競演他、多数。

受賞者のご紹介

金岡 秀典(かなおか ひでのり)さんは、音楽家であり、指揮者であり、コントラバス奏者でもある。

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JR四国土讃線の「坪尻駅」(徳島県三好市)は、車ではアクセスできない山あいにあり、「秘境の駅」と呼ばれていて、以前は、定期的な利用客がひとりだけおられたそうだが、その方も利用されなくなり、現在では、時折、観光客が利用するのみになっている。2012年12月、その坪尻駅で開かれたクリスマスコンサートにプロの演奏家としてただ一人出演されたのが、金岡さんだった。

2012年12月に開催した第1回COREZO(コレゾ)賞表彰式で、大歩危・祖谷の皆さんにお世話になったご恩返しにと、そのコンサートのお手伝いに行った。アマチュアばかりではなく、おひとりだけでもプロの演奏があったおかげで、そのコンサートのクオリティがググッと上がった。

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主催者である当時のJR四国阿波池田駅長だった兵藤さんから金岡さんのお世話を頼まれたので、尋ねると、神奈川から来られて、その夜の宿泊先を決めていないとおっしゃるので、大歩危峡の「ホテルまんなか」さんにご案内し、夕食をご一緒して、その流れで大歩危駅前の山口屋さんで開かれたキッチン会議までご一緒した。

いろいろ話をしていると、大歩危と深いつながりのある後藤新平伯の記念館がある岩手県奥州市の市民楽団の指揮と指導をしておられて、2013年3月には、その市民楽団を神奈川県川崎市に招いて、復興支援のチャリティコンサートを開催するとおっしゃる。そうなると、黙っていられないのが、大歩危・祖谷の皆さんで、JR四国池田駅、大歩危峡まんなかさん、山口屋さんを中心に募金活動を始めた。

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それ相当の募金が集まり、JR四国阿波池田駅長、大歩危峡まんなかの大平社長ご夫妻らが、チャリティコンサートに持参して、大歩危・祖谷の皆さんと奥州市の「みなみ吹奏楽団」の皆さんとの交流が生まれ、2013年5月、岩手県奥州市、徳島県三好市、愛媛県伊予市、そして西条市、4市による交流事業として、「線路でつなぐ交流チャリティコンサート in 四国鉄道文化館」という東北復興支援のチャリティコンサートが、JR四国予讃線の西条駅に隣接する四国鉄道文化館で開催され、今度は、金岡さんと「みなみ吹奏楽団」のフルート奏者の方がわざわざお越しになって、演奏された。

坪尻駅で開かれたクリスマスコンサートに出演したワケ

「ハッハッハ、実は、私、鉄道マニアなんですよ。坪尻駅はその筋ではかなり有名な駅で、一度訪れてみたいと思っていましたし、下見に行ったのですが、すり鉢状の谷間の駅で演奏したらどんなだろうという興味もありました。」

ー で、寒くて、雪がパラついて、演奏中に列車は通るわ、最悪のコンディションだったのでは?

「ええ、まあ、指がかじかんで、出番待ちの時間は辛かったですね。でも、ああいう環境で演奏することはないので、とてもいい経験ができましたよ。」

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ー 「線路でつなぐ交流チャリティコンサート」でも、演奏中に後ろを子供が走るし、共演した大歩危の小学生たちが帰る電車の時間が来て、演奏のプログラムが中断されたり、お気の毒でした。

「演奏に集中していたので、後ろを走ったのは気が付きませんでした。鉄道文化館の0系新幹線の前で演奏できて、楽しかったですよ。」

音楽を始めたきっかけは?

「4歳の時、近所の女の子が足踏みオルガンをひいているのを見て、楽器に興味を持ち、周囲の勧めで、オルガンではなく、クラシックピアノを習い始めました。」

指揮に興味を持ったのは?

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「10歳の時、ブラスバンド部に入部して、トランペットを担当したのですが、指揮者が楽団で一番目立てると思ったのがきっかけで、将来は指揮の分野に進もうと考え始めました。」

「ピアノの個人レッスンは楽しくて、続けていました。やがて、クラシック音楽に関心を持つようになり、中一の時に、勧められて、演奏会に出たのですが、レベルの違いを実感し、音楽を続けるなら、音大の付属高校へ行った方がいいよ、と言われました。」

「私は一人っ子だったので、両親に反対されましたが、神奈川県川崎市にある洗足学園音楽大学付属高校の音楽科に進学しました。女子校ですが、音楽科は共学で、それでも360人中、男子生徒は12名だけでした。川崎で下宿し、一人暮しをしていました。」

ー 食事はどうされていたのですか?

「ほとんど学校の食堂です。」

コントラバスを始めたのは?

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「高校からです。指揮をするなら、耳が鍛えられる低音楽器の方が有利だろうという考えから、コントラバス専攻に転専攻しました。」

ー どうして低音楽器の方が指揮者に有利なのですか?

「ご存知のように、音楽はメロディー、リズム、ハーモニーの3つの要素でできていますが、メロディー楽器はどうしてもメロディーに偏りがちです。低音楽器、特にコントラバスは最も低音部を弾くので、上の音は聞こえ易く、全ての楽器の音がわかるのです。有名な堤俊作先生は、コントラバス奏者でしたし、トロンボーンやチェロ出身の指揮者もたくさんおられます。」

ー コントラバス専攻は何人おられたのですか?

「私、1人だったので、マンツーマンの授業でした。ある高名な先生に師事して、本格的な音楽の勉強が始まりました。レッスンがキツい上に、おっしゃっていることが高尚過ぎてついて行けず、違う先生のところへ行け、と言われて、2年で破門されました。」

ー で、どうされたのですか?

「諦めの早いのが取り柄でね、すぐに、別の3人の先生に師事して、遅いスピードの弓奏法の方が良い音が出ることに気づかせてもらったり、コントラバス奏法の基礎を固めることができました。振り返ると、破門されたことが、今に生きているようにも思います。」

「オーケストレーション、弦楽奏法他の音楽理論、段数の多いオーケストラスコアをピアノで弾くスコアリーディングピアノ、バロック音楽に用いられる通奏低音奏法等々を学び、放課後は演奏会に行くというような、音楽三昧の日々でした。」

指揮の勉強は?

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「オーケストラ経験なくしては指揮者は成り立ちませんので、音大卒業後は、とにかく経験を積みました。それから、弓の速度、呼吸速度、強弱などの表情を指揮棒1本で表現される、秋山 和慶(あきやま かずよし)先生に出会い、その素晴らしさに感動して、師事しました。その先生のご指導を受け、改めて、桐朋学園大学指揮科、洗足学園音楽大学指揮研究科で、指揮法を学びました。レッスンのレベルが高く、30歳を過ぎてからだったので、かなりキツかったのですが、11年間勉強しました。」

ー 指揮者デビューは、川崎市民オペラ合唱団ですか?

「いいえ、指揮者デビューは、33歳の時ですね。専修大学のオーケストラで指揮をしました。『川崎市民オペラ合唱団』は、十数年前から市民と共に作る手作りオペラやコンサートの公演を続けている『川崎市民オペラ』の専属合唱団として発足した2003年から常任指揮者を務めています。」

東日本大震災から2年が経過してチャリティコンサートを企画した意図

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「みなみ吹奏楽団は、岩手県奥州市を中心に、岩手県内外から音楽好きな高校生から社会人が集まり活動しているアマチュア楽団です。彼らが参加していた岩手県南地区での吹奏楽コンクールの審査員をしたのがご縁ですね。指揮、指導をしておられた前任の方が辞めて困っていると、依頼を受けたので、引き受けました。」

「2011年3月11日は、前日に岩手でみなみ吹奏楽団の指導をして川崎に戻ってきた日でした。楽団員の皆さんとは1週間以上、音信が通じませんでした。幸い、団員に犠牲者は出ませんでしたが、自宅が全壊した人もおられて、40名いた団員は20名にまで減りました。震災後、2年が経過して、復興が進んでいるように思われていますが、沿岸部は一向に進んでいません。そんな現実を改めて認識してもらい、復興が進んで、みなみ吹奏楽団に復帰できる楽団員も増えて欲しいと願って企画しました。」

「私は、震災直後から、みなみ吹奏楽団のこともあって、何度も東北に行っていたのですが、川崎市民オペラの代表も復興の応援をしようと被災地を訪れて、復興が進んでいない状況を目の当たりにしたことがきっかけでした。川崎の方でも、何かできることはないか、ということになって、やるなら音楽だろうと、準備を始めましたが、言うは易し、行なうは難しで、なんとか実施に漕ぎ着けました。」

「ホール借用料、印刷物や楽器借用運搬費などは川崎市民オペラが負担し、ソリストには出演料無料でご協力頂きました。コンサートの入場は無料でしたが、義援金箱を設置して、協力をお願いし、大歩危・祖谷の皆さんから頂いた義援金も合わせて、全額、みなみ吹奏楽団にお渡ししました。」

音楽が取り持つ支援の輪が拡がっていけば…

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「チャリティコンサートは、多くの皆さんの協力が必要ですが、震災を忘れず、復興の現状を知って頂くためにも、継続していきたいと考えています。音楽が取り持つ支援の輪が拡がっていけばいいな、と思います。音楽を通じて、今回のような人と人の縁、地域と地域の縁が拡がるのは素晴らしいことです。私も、機会さえあれば、どこにでも出掛けて行って、音楽や演奏を通じて、いろいろな人とつながっていきたいと思います。」

COREZO(コレゾ)賞・財団の趣旨をご説明して、受賞のお願いをしたところ、快諾して下さった。

2013年8月、大歩危峡まんなかの大平社長ご夫妻と岩手県奥州市に出掛けた際、みなみ吹奏楽団の練習日だと伺っていたので、練習場所に表敬訪問をした。指揮棒を振っておられるのが金岡さんではなかったので、尋ねると、近々開かれる演奏会は、別の方が指揮されるとのことだった。せっかくだからと、演奏会で披露する震災復興支援ソング「花は咲く」を聴かせて下さったのだが、とてもハートウォーミングな演奏で、同行した大平昌代さんは、感動して涙を流しておられた。

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和気あいあいとした練習風景だった。これも指導者のお人柄だろう。2012年12月、徳島県祖谷の「ホテルかずら橋」で開かれたクリスマスコンサートで、従業員の方と共演されたのだが、練習時には、共演者のヤル気を引き出すように優しく指導されていたことを思い出した。

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金岡さんは、我々が訪問するので、楽団員の皆さんと一緒に宴会をするためだけに、川崎から8時間、車を飛ばして来て下さったそうだ。恐縮して、2夜連続で宴会をしたのはいうまでもない。被災された方も多いと伺っていたが、団員の皆さんは、演奏することで、聴いて下さる方が元気になれば、自分たちも元気になれる、と口々におっしゃっていたのがとても印象的だった。

音楽って素晴らしいと改めて思った。

COREZO(コレゾ)「音楽を通じて、人と人の縁、地域と地域の縁、震災支援と笑顔の輪を拡げる音楽家」である。

後日談1.第2回2013年度COREZO(コレゾ)賞表彰式

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コントラバスの演奏も披露して下さった

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懇親パーティー終了後の二次会では、コントラバス演奏の指導も…

後日談2.第3回2014年度COREZO(コレゾ)賞表彰式

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奥州市で指導があるのに、雪の中駆けつけて下さった

金岡 秀典(かなおか ひでのり)さんに関するお問い合わせは

メールで、info@corezo.org まで

※本サイトに掲載している以外の受賞者の連絡先、住所他、個人情報や個人的なお問い合わせには、返答致しません。

COREZO (コレゾ)賞 事務局

初稿;2013.11.20.

最終取材;2013.09.

編集更新;2015.03.14.

文責;平野龍平

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